2017-06

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赤松隊末期の変節

 ni0615氏が自身の資料に、赤松部隊「陣中日誌」の原本と改本を、対照表として掲載されている。見比べてみると、興味深い点が見い出せる。例えば、八月十三日の記載が、原本と改本では大きく異なっている。
 辻中尉記載の原本では、
「一二〇〇 松下一等兵留利加波連絡所ニテ戦病死ス 、二二〇〇頃 竹島伍長 藤本伍長敵陣ニ斬込ムト遺書ヲ残シ脱走ス」と二項目の記載がある。が、谷本伍長編集(1975)の改本では、最初の項目の記載はあるが、次の項目「二二〇〇頃 …… 脱走ス」の記載は削除されている。その代わり住民の投降する様子、米軍の動向などを大幅に書き加えている。

 改本の前日(8月12日)記載には、住民の投降に対しては「戦隊長の意思通り住民の意思決定を尊重し敢えて之を阻止、攻撃せず。」と書いている。
 兵士2名の脱走に関しては、「ある神話の背景」にも記述がある。皆本少尉が、
「(書置きがあるが)実は逃亡だと思われます、と言った訳です。そうしたら『去る者を追うのはよそう』と言われましてね。赤穂も最後は四十七人しか残らなかった。それで戦おう』といわれました」
と、赤松隊長は大らかな態度を取ったようである。(「集団自決の真実」P264~265)  6月30日に曾根一等兵が軍夫や慰安婦連れて逃亡した時には、血眼になって捜索していた。この時は見せしめに他の軍夫が処刑された可能性がある。(川田文子「赤瓦の家」」)
 この時の対応と比べると、考えられない変化である。更に、8.12の記載では、住民の投降への動きに対しても、赤松隊は実に大らかな態度を取っているのである。これの1月前(曾根逃亡の2日後)7月2日には、伊江島の男女6人と大城徳安訓導の処刑を行っている。その他、少年2人を含む多数の沖縄住民をスパイとして殺すという、冷厳な態度を取っていたのにである。

 この事に関して、曽野綾子が知念少尉に質問している記述もある。
 曽野 「いつ頃から、投降する非戦闘員・民間人に対しては、投降の方向にすすめようという決議をなさったのですか」
 知念 「8月8日頃からです。将校会議がありまして、陣中日誌には書いてありませんが」
(同p272)
 住民投降に対する態度の変化は、8月8日頃の将校会議で決定されたようだ。
 何故に、この頃から住民及び脱走兵士に対する顕著な変化が起こったのだろうか?

 それは、赤松隊長ら幹部が日本降伏という、戦争終結が間近だと確信し、自分らが生き残れる事に大きな望みが出てきたからではないかと思う。何時、戦争が終わるのか分らない段階では、自分らは死ぬ可能性のほうが高いと思っていた。故に、住民らが米軍に投降して命を長らえる事は許しがたいものだったのである。
 赤松隊は注意深く米軍やNHKの放送を傍受して、この戦争の帰趨を窺っていただろう。8月の上旬くらいには、日本の敗戦を確信したのである。そうでなければ、あの寛容さへの急な変化の説明ができない。

 「集団自決の真実」P247で、赤松はこう言っている。
 「… 色々と処置(処刑)するのにさほど抵抗を感じなかったように思いますが、それは私達も、今に近く死んでいくのだという気持ちが根底にあったからではないでしょうか。……」
 つまり、8月になって、もう死ぬ可能性は少なくなったから、住民及び、脱走兵士に寛容に成ったのであることは間違いない。

 その辺りを考えれば、赤松はあの8月16日朝の、住民2名の処刑を知らなかったのかもしれない。知っていれば処刑を止めさせたかも知れない。だが、隊長の関知しないところで末端兵士の犯罪行為だったとしても、それが隊長責任が無いことにはならない。それを「ある神話の背景」で、「誰何」したが逃げたので射殺したという嘘を、曽野綾子と一緒に語ったのは、自分の戦争犯罪をなきものにしたいが為の謀議に外ならない。



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コメント

伊江島民は知っていた

こんにちは。「血に染まるかりゆしの海(第三文明者)」に古堅さんの証言があります。「慶良間へ送られたのは20年の5月中旬である。どこもかしこも集団自決の話でもちきりだった。」とあります。誰が話をもたらしたのかは不明です。どんな話の内容だったのかも不明ですが、伊江島民が集団自決を知っていたという事実は確認できました。

VOA

VOAとは懐かしい名称です。沖縄のは英語放送だったので、私は聴くことは無かったですが。
戦争中は日本軍向けの日本語放送だったのですね。赤松隊とて、最初から日本の敗戦は見通していたと思われます。VOAを聴いていて、8月に間もなくの敗戦を確信したと思います。

ポツダム宣言受諾

こんにちは。本の名は失念しましたが、8月10日に沖縄本島の捕虜収容所で米兵を通じてポツダム宣言受諾の打電があった事を知らされたという人がいます。また、これも著者名を失念しましたが、通信兵だった人がVOAを受信して聴いていたそうです。赤松隊もVOAを聴いていたのかもしれませんね。ただ、8月になると餓死寸前になっていたはずですから、世情を知らなくても投降させる方向に意識が変わった可能性もありますが。

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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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