2017-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8月16日朝処刑についての嘘

往年の実力派歌手・渡辺はま子の曲「モンテンルパの夜は更けて」にまつわるテレビドラマを見た。

フィリピンに従軍し、捕虜となった日本兵百数十名が、終戦後戦犯に問われ、現地の裁判で死刑判決を受け、モンテンルパ刑務所に収容されて、死を待つだけの運命にあった。17名は既に処刑されたが、大方は無実であったとされ、この件を知った渡辺はま子は戦時中、戦意高揚の曲を多く歌って戦争に協力したという反省から、是非この無実の日本兵達を救いたいという願いに駆られた。

S27年に、はま子は危険を冒して国交の無かったフィリピンに渡り、モンテンルパ刑務所を訪ねて、収容兵士を歌で慰問し、希望を失わないよう励ました。そして、捕虜の二人が作詞・作曲した「モンテンルパの夜は更けて」を日本に持ち帰り、レコードを作って発表した。これが大ヒットして、モンテンルパの囚人の事は全国的に知られる所となり、釈放要求の世論が大いに盛り上がった。世論が政治を動かし、ついにフィリピン大統領の恩赦を引き出す事となった感動の物語である。
日本軍が、いくら数多くの残虐行為をフィリピンでやったとしても、無実の者まで裁かれて良いはずは無く、渡辺はま子の努力は人道的業績として称えられるべきである。それでも背景に、戦時中のフィリピン人民の多大な犠牲があったが故の事件である事を、日本人は忘れてはならないだろう。


  ところで、赤松隊は渡嘉敷島で十数名の民間人をスパイとして処刑しているのであるが、これは戦争犯罪には成らないのだろうか?曽野綾子は法律的理屈を並べて、畳みかけるような処刑正当論をまくし立てているが、少年二人や伊江島住民の件については嘘を言ってる事を我々は既に検証した。

 日本降伏の翌日8月16日に、捕虜になっていた村民二名が米軍から投降勧告文を持たされて、赤松陣地に入った処を捕らえられて処刑されているのが、渡嘉敷における赤松隊最後の住民処刑である。これは辻中尉記載の「陣中日誌原本」には記載が無く、谷本小次郎記載の改定版(1970)には記載されている。(ni0615氏HP参照:比べて見ると谷本版は大幅に改定されている)
 この処刑のことを、赤松元隊長は1970.3月に沖縄を訪ねるまで知らなかったといっている。遺族から命日を訊ねられてはじめて知ったという。それで、谷本は自分の陣中日誌に、この処刑のことを書き加えたと言う。(『集団自決の真実』P241~243) ここで早くも、谷本の「聊かの追記誇張、削除も行わず…」という前文の言葉は嘘である事を露呈している。

更に、「逮捕して処刑したんじゃなくて、誰何(すいか) して逃げ出したので、あくまでそのまま射殺したようです。部隊の歩哨は、十六日の朝ではまだ終戦になっていることを知りませんから…」と、曽野は赤松に処刑正当論を語らせている。

これについては、『ある神話の背景』発刊直後の昭和四十八年七月の琉球新報に連載した太田良博の「渡嘉敷島の惨劇は果して神話か―曽野綾子氏に反論する―」の中で、
「作戦要務令の歩哨一般守則には、『夜間近づく者あらば銃を構へて良く確め彼我判明せざるときは機先を制して"誰か"と呼ぶ、三回呼ぶも夏なければ殺すか又は捕獲すべし』の一項がある。」

として、誰何に関して疑問を呈している。つまり、夜間相手が誰だかわからない場合は、三度「誰か」と呼んで答えが無い時は殺してもよいのであるが、8.16の時は朝であり、相手が誰だかわかる場合はその限りではないと、軍隊経験者の太田は言っている。
ここでは太田も赤松の言うとおり、誰何して逃げた事を前提にした上で、その正当性に疑問を呈しているのである。しかし、誰何したら逃げたので、射殺したというのも嘘であったことが判っている。

謝花直美著・「証言沖縄『集団自決』」に、殺された二名のうちの一人、与那嶺徳の息子の与那嶺英吉氏の証言がある。徳さんは先に米軍に投降したが山に残っている両親を迎えに行く時、米軍の投降勧告文書を持たされたらしい。だが、そのまま戻って来なかった。後で自力で投降してきた両親から、孫の英吉氏は、「家に宿泊していた日本兵に徳さんらが連れ去られるのを見た」言うのを聞いたという。そして、3年後、ある所で徳氏の遺体を発見したのだが、縄で縛られていて、金歯や身に付けていたベルトなどで徳氏だと判った。射殺したのをわざわざ縛るはずはない。(P74)

赤松は本当にその事を知らなかったかも知れない。しかし、そのことを正当化するために、誰何したら逃げたから相手が悪いのだ、と言いたいかのような嘘をついたのである。
 8.16日の朝、捕虜を処刑したことは戦争犯罪に違いない事ではないか。このような事をフィリピンなどの外地で行ったら、おそらく死刑に値する犯罪となろう。同じ戦場となった沖縄で、非戦闘員を正当な理由無く処刑した事に対して、刑事的責任を問えなかったのはなぜだろうか。
スポンサーサイト

コメント

「慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要」では、即座に切り捨てられたとなっています。(「渡嘉敷島における戦争の様相」でも。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1426.html#id_48a592bb

【概要】八月十六日防衛隊員と共に残った住民の一部が下山したが赤松隊は依然として投降せず 米軍指示により渡嘉敷住民の中から軍使として出すことになり 新垣重吉、古波蔵利雄、与那嶺徳、大城牛の四名が選ぱれた その任務は赤松隊への投降勧告であるが一旦見付けられると死を覚悟しなければならない 新垣、古波蔵はよく状況察知し軍隊生活の経験ある為(※27)歓告文を木の枝に縛り付け密に任を果して帰ったが与那嶺、大城の両氏は要領得ずして赤松隊に捕らわれ即座に切り捨てられた、

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/tb.php/97-7752e900
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (73)
渡嘉敷島関連 (19)
座間味・阿嘉関連 (19)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (35)
基地 (55)
政局 (45)
自論 (40)
STAP問題 (17)
慶良間全般 (1)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。