2017-05

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「奄美」とか「偽沖縄人」は禁句だが

 最近当ブログは本題から少々外れて、狼魔人ら沖縄在住の低劣言論人を叩くエントリーが多くなっている。この連中が「集団自決」について、単に文章だけで沖縄側の軍命派を攻撃しているのではなく、「大江・岩波裁判」原告側を有利にする為の、数々の現実的策謀を行っていた事が判ってきて、黙っていられない気分に成るからである。
 2006(H18)年8月産経新聞に、「自決命令書捏造」証言をした照屋昇雄の事を、藤岡信勝は自由主義史観研究会のHPで次のように書いている。
《意外にも沖縄在住の複数の方々から激励のメールや手紙をいただいた。その中のお一人に、恵(めぐみ)隆之介さんがいた。
 恵さんは自衛官出身で沖縄在住のジャーナリストである。恵さんは渡嘉敷島の集団自決についての重要な証言者と知り合いであるという。私は何とか会わせていただけないかとお願いした。(2005年の沖縄調査旅行)最終日の5月22日午後、私たちは予定を変更して那覇市内にある証言者のご自宅にお邪魔することになった。その方が、照屋昇雄(てるやのぶお)さんだった。》


産経新聞に証言する1年以上も前、大江岩波裁判が起こされる直前に、沖縄で照屋昇雄を藤岡信勝に引き会わせていたのは、あのトンでもジャーナリストであり、偽沖縄人である惠隆之介である。
 一方、「世界日報」発行の「月刊ビューポイント」2007・臨時増刊号によれば、照屋昇雄は「三欣会」の世話により、「平成十六(2004)年九月、沖縄の陸上自衛隊でこれについてインタビューを受け、多くの資料を提供している。」と書かれている。書いた人物はあの鴨野守であろう。
「大江・岩波裁判」が起こされる1年前に、照屋昇雄は軍命を否定する団体「三欣会」、そして自衛隊組織の関与する位置で、「命令捏造」証言をしていたのである。

「三欣会」の会長は惠忠久という奄美大島出身の沖縄在住の高齢の人物である。この人物は惠隆之介の父親ではないようだ。この前の奥茂治のコメントでは、隆之介の父は「カトリック殉教者」だと言っていたからだが、惠忠久と惠隆之介は深い関係にあることは間違いない。惠忠久は以前の自著で奄美大島瀬戸内の生まれだと書いている。十数年前に尖閣列島魚釣島に渡り日の丸を立てた人物である。
「三欣会」と言えば、奥茂治もそこの重鎮だということを何処かのブログで見たことがある。奥は現在本籍を尖閣列島・魚釣島に移してあるという。

惠隆之介、惠忠久、奥茂治、沖縄在住奄美人の結集場所が「三欣会」という事が解る。無論、彼らは沖縄在住奄美人のごく一部でしかないが、沖縄を攻撃する最先鋭のグループが奄美人のグループである事が問題ではないか。狼魔人は星雅彦・上原正稔の老人二人を唆して「うらそえ文藝」の特集を組ませたが、宮平秀幸を唆した者も狼魔人・江崎孝だろう。江崎も奄美血筋である可能性が強くなった。(続く)

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コメント

三欣会でググると中国のHPが多数出てきます
日本語ではない三欣会と言う名称をつける事を見ても彼らの正体が見えてきます

奥さんへ

http://www.nipponkaigi.org/0000/data-news1912okinawa.html

「日本会議」のHPでも、犬猿の仲とされる「ジャーナリスト恵龍之介氏、国旗国歌推進県民会議会長、恵忠久氏」の奮闘振りを知ることができます。

深い仲の両人

沖ちゃん劇場さん。情報ありがとうございます。

この集会は、9.29の県民大会の少し後に開かれたのですね。まだ地裁の判決も出てない時期だから、徳永・藤岡・渡部昇一と一緒に、意気盛んに二人は沖縄県民代表のフリしています。惠忠久もここでは偽沖縄人を演じています。

沖縄の電話帳で調べたところ、「恵」or「惠」姓は10件ほどありました。惠隆之介は記載なし、惠忠久はありますが通話不能。他の恵さんに片っ端から電話したところ、6人ぐらいと話できましたが、誰も惠隆之介を知らないと言いました。「惠」という字を使うのは、忠久・隆之介の二人だけです。深い中にある事は間違いないです。
 これで推測できる事は、彼らは一般の在沖奄美人の中では、それほど重要な位置にないのではなかろうか、特殊な奄美人グループを形成しているのではなかろうかという事です。

二人の「恵」

奥某さん
>恵忠久と恵龍(ママ)之介とは犬猿の中です
とてもそうは思えないソースをご紹介します。

下記イベントに仲良く「沖縄代表」として壇上にて隣同士で同席しております。(写真あり)
面白いのはお二人の主張がほぼ一緒。

「日本軍は沖縄県民を守ってくれた」

いったいどこが犬猿の仲でしょうか?

http://plaza.rakuten.co.jp/hisahito/diary/200711140000/

沖縄戦「集団自決」検定
虚構の「軍命令・強制」説の復活を許さない! 国民決起集会
日時:平成19年11月13日(火)午後6時30~8時30分
会場:牛込箪笥区民ホール (東京都新宿区箪笥町)
主催:教科書検定への政治介入に反対する会(代表 小田村四郎)

奥茂治さんへ 2

>その時のビデオの原版は残っています。

これは私へのお答えでしょうか? 原版といいますと、現在流布されているものとは別の編集前のビデオですか? <運命的な偶然の出会い>の瞬間も、チャント残されていますか?

それから、
474の後半へのお答えも、スルーなさりたいのでないのなら、是非お願いします。

473の答え

このツアーに参加した人たちの多くが集団自決冤罪訴訟に興味のある方が大半でした、しかし原告、被告どちらにも味方しない方が大勢いました、その時のビデオの原版は残っています。宮平秀行さんと出会えることを期待する人はいませんでした。また秦先生も始めての座間味でしたから。

奥茂治さんへ

お二人のお話しの途中で恐縮ですが・・・・・

(奥さん)
>本当は藤岡先生お一人がお会いする予定だったのですが、ツアーの全員と偶然であったのです。井上キャスターの驚きと感激は演出されたものではありません。

井上和彦さんというのは本島に正直な方です。三文芝居は、「これは三文芝居である」と視聴者に伝えずには居られないようです。「偶然性」の異常な強調は、実に説得力がありましたね(笑)。

もう一度ビデオを確認したいと思いますが、あのビデオは今も修正されること無く残っているのでしょうか? 秦さんがカメラ前をウロウロする実に印象的な場面を含めて。

ところで。奥さんは

(キー坊さん)
>「月刊ビューポイント」2007・臨時増刊号に書かれていることは事実でしょうか?事実だとすれば、「三欣会」というか奥さんが主導して、照屋氏を自衛隊で証言させたわけですね。その一年後には、隆之介氏が照屋氏を藤岡信勝氏に引き会わせている。 隆之介氏も、「三欣会」と繋がりがあると見るのは自然だと思いますが、

というキー坊さんからの問いかけをスルーしていらっしゃるようですが、それは何故でしょうか? 

偶然でなかった出会い

奥茂治さん、またまたのコメントをどうも。
2008年1月の「座間味の真実を求めて」と題するツアーでの出会いは、狼魔人・江崎孝氏が仕掛けたものではなかった。ツアー自体は奥さんと桜の井上キャスターが起案したものだった。スケジュールには、宮平秀幸氏と対面する予定はなかったが、宮平氏は裁判原告・梅沢元隊長からの連絡を受けていて、藤岡氏一行の訪問予定場所で待っていた。そこで偶然の出会いの形をとって、藤岡・秦・鴨野などのそうそうたる原告応援団メンバーに、衝撃の新証言を提供した、という事ですね。 

奥さんの仰ることが事実なら、江崎氏が出会いを画策したという私の推測は外れた事になりますが、この座間味での宮平氏とツアー一行との出会いは、梅澤氏と宮平氏との示し合わせの上での事であるのは確かですね。しかし、このツアーメンバーは「集団自決冤罪裁判」の原告である梅澤元隊長の強力支援者の方々であります。彼らには梅澤氏から、何の連絡もなかったのでしょうか?もし、片方が何も知らされてない場合、旅行中ゆえに行き違いになることは、よくある不安材料でないですか?

狼魔人・江崎孝氏は「週刊新潮」の櫻井記事によっても、「うらそえ文藝」特集の仕掛け人である可能性は大となっています。宮平担ぎ出しの直接担当者ではなかったようですが、宮平氏とは「梅澤支援」の為、大いに通じているのは間違いない事です。

「冤罪裁判」が起こされる前後から、沖縄の老人たちが担ぎ出されています。照屋昇雄・宮平秀幸・星雅彦・上原正稔、誰が誰を担当したのか私には詳しく知る手立てがないのですが、江崎孝・奥茂治・惠隆之介、この非沖縄人トライアングルが、意を通じ合いながらの協同作業と言って良いのではないでしょうか?

宮平秀幸との偶然の出会い

奥ですお答えします、江崎さんは本人に会い必ず裏を取る方ですから宮平さんとも接触がありその上で信頼関係があると思われます。また藤岡先生はじめ座間味の真実を求めてと題するツアーは旅行社が企画しそれぞれの方が各自で応募しました、その基になったのがチャンネル桜の井上キャスターと私であった事も事実です。宮平秀幸さんとの出会いは偶然です、しかし宮平さんは藤岡先生が座間味に来る事を当然知っていました、その橋渡しをされたのは梅沢隊長御自身であることも宮平さん御自身から私が聞きました、本当は藤岡先生お一人がお会いする予定だったのですが、ツアーの全員と偶然であったのです。井上キャスターの驚きと感激は演出されたものではありません。そのため座間味から渡嘉敷に行く船をキャンセルして藤岡先生、秦先生、鴨野守君、外数名だけ座間味に残る事に成り
チャーター便で後から渡嘉敷入りされました。これが真相です、

敢えての推論です。

奥 茂治 様。再三のコメントをどうも。
 惠隆之介、江崎孝について、私はかなりの推測を基にしてモノを申しております。これは常道ではなく、各方面からお叱りを受けるのを覚悟の上でやっています。隆之介氏と恵忠久氏は親子かどうか判らないが、その可能性もあるという程度の考えでした。奥さんから否定されれば、納得するしかないです。

「月刊ビューポイント」2007・臨時増刊号に書かれていることは事実でしょうか?事実だとすれば、「三欣会」というか奥さんが主導して、照屋氏を自衛隊で証言させたわけですね。その一年後には、隆之介氏が照屋氏を藤岡信勝氏に引き会わせている。
隆之介氏も、「三欣会」と繋がりがあると見るのは自然だと思いますが、これも奥さんから否定されれば致し方ないです。

江崎孝氏は、秦郁彦編著の本で、宮平秀幸と山城安次郎との桜坂での対話をドラマ風に描いていますが、これは宮平秀幸に取材しなければ書けない事です。狼魔人・江崎孝は宮平秀幸とかなりの接触があったに違いありません。昨年一月の座間味島での、宮平秀幸と藤岡・秦・「桜」のスタッフ等々との「偶然の出逢い」は江崎氏のお膳立てによるものであった、と推測するのは容易ではないでしょうか?

江崎氏は奄美郷友会に名前がないというだけではどうかと思いますが、奥さんに否定されれば、奄美人である可能性も低くなります。それでも、今まで彼が書いたものから、彼が沖縄生まれでも、沖縄の血筋ではないと私は推断しているのです。

情報は正確に

奥です、キー坊様、大変失礼ですが、まさか恵忠久さんを恵龍之介の父親と思っていたのですか?恵忠久と恵龍之介とは犬猿の中です、したがって恵龍之介は三欣に一度も参加していません。恵龍之介君は一匹オオカミ的、存在です。一人で資料を収集し一人で判断して書く秀才です。また沖縄県内の奄美郷友会会員の中に江崎考と言う氏名の方は存在していません。昭和40年頃、長崎県の海上自衛隊佐世保教育隊の分隊長に江崎隆と言うう素晴らしい海軍士官がおられました。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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