2017-11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

徐々に出る証言

 渡嘉敷の「集団自決」は軍命(軍の強制)によるものだと、渡嘉敷島の生き残りで最初に証言した者は「鉄の暴風」(1950年)に証言した古波蔵(米田)惟好元村長である。その後、彼ら体験者である村の幹部が編纂したものが『慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要』(1953)という渡嘉敷村の公式戦争記録である。その中には、赤松隊長から防衛隊員を通じて「自決命令」が下されたと明記されている。
 古波蔵(米田)元村長は早い時期から、自決は「軍命(強制)」である事を明言したのであるが、彼のように早くからそれを公言していた渡嘉敷の体験者はそれほど多くない。誰も赤松隊長が「自決せよ」の命令を発した場面を見た者がいない事も一つの理由だろう。

 新城(富山)真順元兵事主任は、1971年と1987年に戦時体験談を証言しているが、「集団自決」が軍命だとは言っていない。だが、1988年に朝日新聞のインタビューに、例の「兵器軍曹による手榴弾配布」証言をして「集団自決」は軍命であったと明言した。
 それまで集団自決に関する事を言わなかったのに、今になって軍命だと言うのであれば、何でもっと早い時期からそういう発言をしなかったのだ、との疑問を抱かせる事になる。
 私は、やはりこれは、渡嘉敷の住民一般に、赤松氏が「隊長命令」を承諾してくれたので「多額の」援助金を貰えている、との気兼ねが有ったのだと思う。その気兼ねが有ったが故に、かえって赤松隊を悪く言う事への躊躇いを生じさせたのだと、私は推測している。また戦争中、進んで軍に協力した自分達の行為を、頭の中で整理出来ず、あの悲劇の責任追求ができなかったからだと思う。

 古波蔵(米田)元村長は、自分が住民の側で、一番の戦争責任者である事の負い目が有った故に、あの「集団自決は軍の強制」である事への認識が強く生じたのだと思う。自分の戦争指導者としての自己批判をする代わりに、赤松隊長へ全部おっ被せる言説をしてしまったのだと思う。戦後を共に生きていかなければ成らなかった立場として、致し方なかったのかもしれない。

 富山真順をはじめ、あの戦争の悲劇を体験した者達は齢を重ねるに連れて、自分らが関わった悲劇の真相をを明らかにしたい気持ちが強くなって来たのではないかと思われる。
 金城重明氏もそうであろう。70年赤松氏が来島した時には、赤松氏の軍命を追及するような談話を発表しなかった。その後、曽野綾子が「ある神話の背景」取材の為インタビューに訪ねて来た時も、金城氏は「集団自決」に対する赤松隊長の責任を問う発言をしていない。(だが、曽野はその時、将来金城氏が日本軍の責任追及を行いそうだという直感を得たので、金城氏の手記を買い取り原稿にしてやったとの侮蔑発言をしている)

 金城氏も齢を重ねるに連れ、あの自分の家族を手に掛けた「集団的自殺」は日本軍の強制(虐殺)であったのだとの認識を持つようになり、家永裁判では家永側の証人となり、赤松軍の「集団自決」への責任を肯定する証言をしている。そして、「大江・岩波裁判」でも大江側の証人として、「集団自決」への軍隊の強制があったとの証言をした。

「大江・岩波裁判」が起こされ、「教科書書き換え」問題が浮上してからは、次々今まで語らなかった慶良間の体験者が公に自分経験を語るようになり、軍隊への責任を追求する発言が出てくるようになった。吉川勇助氏の証言(謝花直美証言集)で、少年二人の処刑の真実が明らかになり、曽野綾子の「ある神話の背景」の欺瞞の一つが明らかになった。8.16の早朝、米軍の降伏勧告文を届けに行って殺された与那嶺徳の息子の証言によって、彼らは誰何されて逃げたところを射殺されたのではなく、捕まえられて斬殺されたという事が明らかになった。まさに曽野・赤松謀議の上で「ある神話の背景」に多くの嘘が書かれた事が判明している。

このような証言が近年体験者から次々出てきているという事は、長い時間を経て、あの自分の島の悲劇は、日本軍によってもたらされたものだという認識が体験者に芽生えてきたからと言えるのではないか。つまり、体験者が戦時中の悲惨な体験を、客観的に眺められようになるにはそれ相当の時間が必要だったのだ。
スポンサーサイト

コメント

>簡略なもの

といっても字句確認が必要ですし、中途半端に弄くられて、重要な意味が減殺されても意味がなくなります。

恐縮ですが、お急ぎの節は国会図書館ないし都立図書館にお出かけくださるか、「ここはどうか」とそちらからお尋ねくだされば個々に詳細確認が必要ない程度でお応えします。

一覧表

ni0615さん、レスをどうも。

「一覧表」と言っても、私が考えたのは、何ページの何行目とかいった簡略なもので良かったのですが、それでも手間ひまかかる事には違いないので、完備した時をお待ちします。

キー坊さん

コメントありがとうございます

>それから、「諸君」連載記述と、単行本記述との相違部分は他にも在りますか?できましたら、ni0615さんが認識した範囲内で、一覧表をお示し頂けたら有りがたいです。

それが2年前からの宿題で、なかなか提出できないのです。作業と分析が終わるまで、ご期待に添えなくて申し訳ありません。

全体を何回も見つめなおさなくては、所感なども小出しにしてはいけないのですが、

たとえば、元村長の米田惟好氏に関しては、<連載>版では、聞き書きをそのまま掲載していますが、<単行本>では、それに元隊員の反論や曽野の疑問を途中挿入して、ズタズタにしています。
それとは反対に金城牧師に対しては、「集団自決=家族愛」という曽野テーゼの根拠として、<単行本>では、手記を掲載してより厚遇したのではないでしょうか? 

で、この作業仮説を検証したいので、質問させていただいたのです。

キー坊さんから伺った後日談とは

>曽野はその時、将来金城氏が日本軍の責任追及を行いそうだという直感を得たので、金城氏の手記を買い取り原稿にしてやったとの侮蔑発言をしている

のことです。曽野としては、自分の根本テーゼの根拠たる人物が対手側の重要証人になっていることについて、ヒステリーを起こす以外に術がなかったのでしょう。

その他の改変としては、西暦を昭和にしたこと、大江健三郎を登場させたことなどです。
「罪の巨魁」も「罪の巨魂」も、「罪の巨塊」すら、<連載>版にはなかったのです。(※)
その他にもいろいろです。

「曽野さん! 単行本ではもっと思いっきり行きましょうよ!!」
それは、だれからの発破、もしくは囁きだったのか、知るよしもありませんが。


(※注  <連載>版には大江の「お」の字も無いことは、私自身のブログでは書いていませんが、かつて山崎氏ブログのコメント欄に書き込みました。それを山崎氏がご自分のエントリーで言及なさったかと思います。その後山崎氏は、別の度々の件で某氏を助手とした情報密輸を行い、私のサイトの文章や写真を引用元を明記せず活用しました。山崎氏は私からの再三のクレームに逆ギレし、なぜか私の投降を削除し出入り禁止になさいましたので、その私の書き込みが削除されずに残っているかどうかは知りません。)

(中略)部分

ni0615さん、コメントをどうも。

(中略)の部分にどんなことが書いてありそうだか、私には見当付かないですね。
単行本の金城氏手記部分は、「諸君」連載とは違うものだったという事初めて知りました。

>キー坊さんから後日談を伺って「(中略)」部分が気になったのです。
その後日談というのは、どんな事だったでしょうか?
それから、「諸君」連載記述と、単行本記述との相違部分は他にも在りますか?できましたら、ni0615さんが認識した範囲内で、一覧表をお示し頂けたら有りがたいです。

教えてください「金城証言」

思いついたときの証言で恐縮です。

曽野WAC版P180には、金城重明氏から曽野綾子氏に寄せられた手記が掲載されていますが、ところどころ「(中略)」で分断されています。曽野が出版社に版権を買い取らせたということなら、この中略部分は永遠に日の目を見ないのでしょうか? この中略部分の内容が推量できる金城牧師の著書があれば、どなたかご存知の方、教えてください。

なお「ある神話の背景」が単行本になる前の『諸君』連載版(1972年4月号)では、その部分は『潮』1971年1月号「百人の体験」に寄せた金城牧師の手記が抄録されています。それを、連載版発表の後に金城牧師から曽野の元に送られた手記に差し替えたようです。連載版から単行本への改訂での大きなポイントの一つです。

キー坊さんから後日談を伺って「(中略)」部分が気になったのです。

陣中日誌って何?

キー坊さん
おはようございます。

>自分なりにテキスト化してみようとは思いますが

私の書き起こしはあくまでも参考とし下さり、ソースに当ってくだされば幸いです。チェックもせずにアップしたのは聊か乱暴ですが、皆様のお知恵を借りたいと思ったからです。また皆様夫々が完成品を作って下さればとも思う次第です。

>原本と言えども、真実が書いてあるとは言えませんが、改編されたものよりは価値があると思います。

本当の原本は、おそらく<日誌日票>のようなバラバラな紙だと思われます。それを辻政弘中尉が書いていたのではないでしょうか? それらに作戦命令や隷下部隊からの報告などの資料が挟み込み書類入れに保存していた。

3月26日の西山複廓陣地転進時、8月の米軍への投降時にあたって、作戦関係の書類は焼却または埋没処分されたものもあったでしょうが、<原票陣中日誌>は保存されたのだと思います。

私が<原本=辻版>としているものは、それらを投降後捕虜収容所で日時順に一気通巻の書面として書き起こしたものではないかと思います(それでも日付けの順序に乱れがある)。木村明中尉がそれを担ったのでしょうか? その辺は推理にさえ至っていません。

<原本=辻版>は、第三戦隊部隊長である赤松嘉次氏が保管していたようです。もしかすると<原票陣中日誌>さえ、今も赤松家に残っているかもしれません。

<原本=辻版>は、復員省などへの提出に当っては写本が作られ、また赤松氏が戦闘概要を書く際の唯一参考資料として用いたと想像できます。

もちろん、こうした編集作業の過程で<原本=辻版>の内容には手を加えられたわけですが、<1970年谷本版>における改訂はそれとは比較にならず、質・量ともに大幅なものです。写本とか訂正とかいう枠を逸脱しています。<原本=辻版>を参考にした<小説>ではないかとさえ思われる箇所が随所にあるからです(山岡荘八に刺激され?)。

私なりの分析はこれからボチボチです。皆様にはよろしくご指導ねがいます。

本物の陣中日誌

ni0615さん。
辻中尉記載の正式陣中日誌のアップ、大変ご苦労様でした。
小生も一応、自分なりにテキスト化してみようとは思いますが、必要ある時は貴兄のそれを閲覧させていただきます。

原本と言えども、真実が書いてあるとは限りませんが、改編されたものよりは資料価値があるのは言うまでもありません。

おかげさまで

アップしました
本モノの赤松部隊「陣中日誌」  New!
赤松部隊「陣中日誌」の原本と改本  New
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/

閲覧情報

なお、
防衛研究所資料「沖台・沖縄405」 がWEB上で閲覧可能であることが分かりました。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1427.html

本部陣中日誌「沖台 沖縄209」もWEB上で閲覧可能であり、
さらに別写本「沖台 沖縄021」も閲覧可能であることが分かりました。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/2252.html
解読に役に立つと思います。

なお、本部陣中日誌「沖台 沖縄209」は、昭和41年に戦史部が受領したのですが、当時は青焼きコピーではなかったかと思われます。それをマイクロフィルム化したものが閲覧用コピーやCDなどに供されているため、青焼き特有の「カブリ」を回避できず、解読不自由にしているものと推察します。

それに対して、別写本「沖台 沖縄021」にはカブリがありません。

ご意見は

キー坊さん
テキスト化は仰るとおり、解読のためのタタキ台に過ぎません。

>原本の解読困難部分を、こうではないかと思うところを申し上げてみたいと思ってます。

ご援助有難うございます。掲示板の方に書き込んでくだされば幸いです。
http://tree.atbbs.jp/pipopipo/
一覧表
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/2251.html


「陣中日誌」の原本

辻中尉記載の「陣中日誌」原本のテキスト化、ご苦労様です。小生も試みるつもりでしたが、途中で停滞してます。
こうして見ると、原本と谷本改本随分違います。70年時点では原本が公開されるとは予想してなかったのでしょうか。
原本の解読困難部分を、こうではないかと思うところを申し上げてみたいと思ってます。

「陣中日誌」の原本と改本

暫定版
赤松部隊「陣中日誌」の原本と改本
(1) 1945(昭和20)年3月23日 ~ 3月31日

アップしましたのでご参考に。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/2251.html

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/tb.php/92-61ff3c43
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (73)
渡嘉敷島関連 (19)
座間味・阿嘉関連 (19)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (35)
基地 (55)
政局 (45)
自論 (40)
STAP問題 (17)
慶良間全般 (1)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。