2017-09

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宮城晴美の論考

 マイHPに宮城晴美の「検証『集団自決』――ジェンダーの視点から」を転載した。
 宮城晴美のいう「ジェンダー」とは、単に男女の性差のみに関していうのではなく、沖縄戦、殊「集団自決」においては、力有る者と力無き者との間の、支配・被支配関係を言っているのである。戦争の現場において最も力無きものは女と子供である。座間味の「集団自決の犠牲者の83%は女性・子どもであるいう。
一方、最も強い存在は何かといえば、当然軍隊とそれを構成する軍人である。住民にとっては、絶対的な「兵隊さん」であった。座間味では住民の家に、兵士たちは分宿しており、座間味部落の住民は常に兵隊たちから有形無形の「圧力」を受けていた。「生きて虜囚の辱めを受けず」「捕虜になったら強姦されて、八つ裂きにされる」等など、自分の意思によらず死ななければならないのは、住民の中でも最も弱い女・子どもと年寄りだった。

 実際、自決の現場では、力ある男によって、真っ先に力弱い立場にある者、すなわち女子ども年寄りが殺されている。真っ先に殺されたものほど、自分の意思で死んだのではなかったと宮城晴美は言っている。住民の側では、強い立場にある村の幹部、「軍隊アガヤー(軍隊経験者)」の男たちが、軍の意を先取りして、住民を自決に先導したのである。また、女の中で軍に積極的に奉仕し、自ら進んで自決を決行したのは、婦人会長などの指導的立場に在るものだった。

 数多くある避難壕のうち、座間味部落だけの8つの壕で「集団自決」が起きているのであるが、これは座間味だけに軍隊が駐留し、民家に寄宿していたからであるという。自決の犠牲者は、お役所などの行政組織が集中していて、軍隊のほとんどの人員が駐留していた座間味部落の人間のみが「集団自決」の犠牲となったのである。



座間味島の自決壕の地図 jiketugo-zamami.jpg
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コメント

3月25日

 キー坊さん、こんにちは。
 「ウの目タカの目でスキを狙っている連中に付け込ませない為、すべてに注意を払えというのも、物理的に無理な所がある」のは重々承知しております。ですので、気がついたら気がついた者がそれを記していくということも必要だろうと思います。
 ただ、スキをうまくつけそうなのは秦ぐらいかなと思いますので、秦の考え方はチェックしておく必要はあろうと思います。藤岡などは嘘を重ねていく感じなので、何とでもできそうです。
 「瀬戸際まで行かなければ自決を決行しなかった」というのも正しいと思います。ただ、瀬戸際をどこと捉えたかは個人差が大きいと思いますので、それらを住民がと括ってしまうのも危ういかなと思います。
 25日に関してですが、隊長の直接命令の有無というのは、林博史が書いているように重要なことではないとわたしは思っています。それ以前にいかに住民に説いていたかが核心ではないでしょうか。これがあったので、軍がいた地域で自決(強制集団死)が発生したのだと思います。
 直接命令については、個人的には出ていない可能性が高いと思っています。なぜなら玉砕命令は、軍が玉砕するときには住民も玉砕するようにという考え方(軍民共生共死)ですから、本人たちがぎりぎりまで粘るつもりでいたなら出せない内容だといえます。そして、サイパンの攻防の頃から、陸軍の考え方が、なるべく粘って米軍を釘付けにして、本土決戦に際しての米軍の勢力を少しでも現地に縛り付けておこうに変わりましたから、実際の戦闘で海岸で突撃攻撃をして玉砕というパターンが避けられています。
 この変更はサイパン陥落後に陸軍で配られるようになった冊子の『敵軍戦法早わかり』というものがありますので、沖縄戦でもこの考え方に沿って戦いが進められたと見ていいと思います。

伊 謄 さん。

「生きて虜囚の辱めを受けず」の戒めは住民の隅々まで浸透していたから、アメリカの捕虜になるくらいなら、自ら命を絶つべきだと皆考えていたに違いありません。

だが、集団ではともかく、家族単位で壕に避難していた住民は、瀬戸際まで行かなければ自決を決行しなかったと思われます。知りあいの兵士から自決用の手榴弾を渡された宮城晴美の祖父は、避難の途中でそれを使う気がしなくなり棄ててしまったといいます。できるものなら、生き延びたいと思っていたでしょう。しかし、アメリカ兵が一家の目の前に現れた時、晴美の祖父一家はパニックに陥り死へ急いでしまった。(Hの壕) だが、軍国主義のリーダー達の家族は米兵に追い詰められる前に、家族単位でも自決したようです。
でも、早めに米兵に遭遇したのに、自決をせず捕虜になった宮平秀幸の家族ようなケースがほとんどだと思います。考えてみれば、晴美の祖父一家のケースは座間味では稀だったと言えるでしょう。

故に、米兵に遭遇、「パニック」に陥って、住民が自決に及んだという宮城晴美の記述は適切ではなかったと言ってよいのかも知れません。それは宮城晴美の家族だけの事だったわけですから。
「軍命」でなく、パニックになったから住民は自決したのだという秦郁彦などに、付け込むスキを与えたという点で甘いといわれても仕方ないですが、、ウの目タカの目でスキを狙っている連中に付け込ませない為、すべてに注意を払えというのも、物理的に無理な所があると思います。

3月25日の夜の事に関しては、まだ確定したものがないようにも思えます。戦隊長から「自決命令」があったのかどうか…。隊長が言うように「決して自決するではない」だったのか、助役に事前に「自決せよ」と言い渡していたのか、今となっては藪の中と言えますが、私は日本軍がそこに居たから住民は自決せざる得なかった、という事は真実だと思っています。

伊謄さん
>宮城さんの文書を我が意を得たりとして利用される恐れはないでしょうか。

利用される惧れはいかなる場合にもありますよ。
「浜の真砂は尽きるとも世に挙げ足取り挑戦者は尽きまじ」
伊謄さん、あなたも粘着的になってきましたよ(笑)。

パニック3号

 キー坊さん、こんにちは。
 「宮城さんは、座間味の「集団自決」についてある程度の事を知っている読者を想定して、今回の論考を書いた」というのは合っているとわたしも思います。ですから、記述の甘さを感じてしまうんです。読者はわたしが思うように読んでくれるだろうと。
 そして、読者も宮城さんはこういうことを書きたいのだろうという気持ちをもって接している方が多いのでしょう。
 しかし、それは甘え合っているだけではないでしょうか。
 書く側は、どんな読み方をされても大丈夫なように細心の注意を払って記すのは責務だと思うのですが、宮城さんの文章は付け入れられやすいもののように感じます。
 そして、読者の側も冷たい読み方をすべきではないでしょうか。
 わたしもそうですが、まだまだ鍛え方が足りないなぁと思っています。

パニック2号

 ni0615さん、こんにちは。
 気持ちとしてはわかるんですが、こういった説明文では実際の文章に記述がないと説得力は薄いだろうなと懸念します。
 25日ですが、最後に記されているのは「結果的にこの場所での「集団自決」の決行はなかった。」ですが、ここから”自決命令はともかくもなかったものと意識されたのではないか”と解釈されても『本文中の記述から』反論することは難しいのではないかなと思います。
 そうすると26日のパニックが、修正主義者たちにうまく利用されてしまう気がします。

 「狭小な離島で米軍の砲爆撃にさらされた住民の多くはパニック状態となり、敵に惨殺されるよりは一家そろって自決しようと思いつめてしまう。そのなかには軍命が出たと思いこんだ人もいた。」

 これは秦郁彦の『沖縄戦「集団自決」の謎と真実』での記述ですが、宮城さんの文書を我が意を得たりとして利用される恐れはないでしょうか。
 説明文や論説文の場合、文字に書かれているかどうかは重要だと思います。否定しようがないですから。それがない文章は、やはり脆いのではないかなと感じられて仕方ないんですね。
 その脆さの原因については、キー坊さんへのコメントで書きますね。

伊謄さん
宮城さんの文章は文学的に記述しようとして、一部を切り取ると、確かに誤解を招く向きがありますね。

しかしご指摘の件「パニック」は前後も併せて読むと、発作的に自決したという意味の、「動機としてのパニック」ではなく、規定方針であった自決を実行する「トリガー(引き金)としてのパニック」だということが分かります。

1.自分たちに「自決」命令が出たと思うに至った。が全員では出来ない(25日夜)
2、(26日)米軍を目にする (パニック)。または、米軍上陸が伝わる。(引き金)
3.各壕で「自決」が決行される。

ということです。

パニック

伊 謄さん。
当ブログへコメントくださって、真に有難うございます。

宮城晴美さんの用語の使い方に適切でないところがあるのでは、という事でしょうか。
米兵を見てパニックになって、自決を決行したのは比率では少ないと思います。実際は、村の幹部・助役などの主導によって、米兵を見ることなく自決したのが大部分でしょう。(これが軍命によるものかどうかが問題なのですが)
宮城晴美は、自分の家族が米兵に遭遇するまでは自決を決行しなかった可能性があるから、(2)で、パニック切っ掛けの自決について記述をしたのだと思います。
それを読んだ人が、座間味の自決者は皆、米兵を見たことによるパニックで、自決に及んだのかと考えるとしたら、その記述は適切でなかったという事になりますが、宮城さんは、座間味の「集団自決」についてある程度の事を知っている読者を想定して、今回の論考を書いたと思いますね。

パニック?

 初めまして。
 宮城さんの文章をようやく読むことができたのですが、実は記述が甘いのかなと感じた箇所もありましたので、それについて記してみます。
 例えば第2章の最後に「直に米軍を目にした者は、はじめて見る人種「鬼畜米英」を前にパニックになり、次々と妻子を手にかけていった。」という箇所があります。これを読むとパニックになって「自決」が始まったようにしか思えないのですが、そう捉えていいのでしょうか。
 わたしは、

1.直に米軍を目にする。

2.自分たちが「自決」すべきときだと判断する。

3.「自決」が決行される。

と場面を区切ってみたならば1と2の間ではパニックは生じていないと思っているんです。ただ、米軍との距離が近いので2と3の間にパニックがあった、つまりどのように「自決」するかということではパニックはあったが、「自決」しなければならないという判断にはパニックは生じていないと思っているのですが。

キー坊さん
頓珍漢もうしてごめんなさい。琉球新報キチンと手に入れてアップしてくださったのですね。当方のも見習って訂正していくつもりです。ほんとうに有難うございました。

re:地図

 いえ、JPEGではなくてBMPだからではなく、あるいは容量オーバーでもないようです。
 上のように、ブログにはアップできましたが、何故か今回、HPにはできません。しばらく、原因を探ってみます。

地図

キー坊さん
もしかすると壕の地図が載らなかったのは、JPEGではなくてBMP、あるいは容量オーバーだったからかもしれませんね。私にメール添付で送ってくだされば、変換して送り返し申し上げます。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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