2017-06

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理解しがたい星雅彦の論理

「うらそえ文藝」の星雅彦の論考の要点は、慶良間の「集団自決」は隊長の命令ではなく、「自発的」に行われたものであったという点である。

「つまり『強制集団死』は、現在の視点からの被害者意識に立った解釈に基づいて、戦中の軍国主義の強制性の存在をも否定したことになるのだ。そこには善かれ悪しかれ史実としてあったものを無視する強引さがある。これは逆に史実を捏造したことにほならないか。」

星氏はあの「集団自決」は、当時の時点においては、「住民の死にたいという自主的な行為」からではなかったかと言うのである。
 確かに、当時の住民は軍国主義教育に洗脳されていたから、「隊長命令」が無くとも、米軍の猛攻撃に追い詰められた状況では、自ら死へと急いだのは事実であっただろう。だが、戦闘中の混乱に陥っていた住民は、自主的な判断が可能な心理情況だったのだろうか? 自主的であるかないかの判断は現在という地点に立って客観的に、あの時点を眺めた時に可能になるのではなかろうか? 

星氏自身「戦中の軍国主義の強制性の存在を」否定してない。なんで、今の時点から振り返って、あの「集団自決」が軍の強制だったと規定する事が、戦時中の「軍国主義の強制性の存在を」否定する事になるのか、星氏のロジックは解りにくい。

要するに、「隊長命令」は無かったのだから、沖縄のジャーナリズムはそれを認めよ、と言いたいのである。これを主張したい星雅彦の心情にも一理・二理あるとは思うが、今となっては、この主張をする事が内外にどんな影響を与えるか、星氏は考えないのであろうか?それを行うのなら、もっと早い時期にやるべきだったのではないか?36年間の沈黙の末に、権力に奉仕するような言説を発するとは、「転落者」と見なされても仕方ないだろう。沖縄のマスコミも無視するしかないのだ。
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コメント

間違い

キー坊さんご指摘の通り、「つうこうにん」は「沖縄市民」の間違いです。 混同しておりました。

マインドコントロール

>和田さん。
>星雅彦、つうこうにん、うるま市民、みんな靖国の論理を語っているに過ぎません。

この中の、「つうこうにん」は「沖縄市市民」の間違いではないですか?つうこうにんさんの言われてることは靖国の論理とは思えませんが。

「金王朝」下の人民も、オームの信者も、戦前の渡嘉敷の住民も、マインドコントロールの下に在ったということですよね。

近代の超克

星雅彦、沖縄市民、うるま市民、みんな靖国の論理を語っているに過ぎません。
みんな靖国思想には極めて暖かいまなざしを注いでおります。
だがおそらく彼らが、金王朝やオウム真理教に対して暖かいまなざしをそそぐことはないでしょう。
靖国思想は金王朝やオウム真理教とは次元が違うというわけです。

私はそうは思いません。 3者には共通点が多い。自作自演が多い、個を捨て主体性を抹殺し一般民を家畜化しようとする、(ただし幹部と錬成という名の家畜管理を行う者は別)公共性を独立自主の朝鮮・真理国の実現・皇国の発展などに置き換え・一元化・独占化を図る。 これが、批判を受けつけず失敗を反省することなく儀式や呪術で体制を維持しようとする体質と個々の人間を幸せにせず、民権より国権絶対体質の原因である。

うるま市民とやら、「えっ。なんで米軍の捕虜になったら日本軍に殺されるのでしょうか。」だと。 渡嘉敷に移送された伊江島島民始め捕虜になった日本人が日本軍に接触するとスパイ容疑で斬殺された例は渡嘉敷だけでなく沖縄本島で枚挙にいとまがないのだがそれも知らなかったか。
で、彼は事実が確認出来たら日本軍の体質を批判するだろうか、おそらくすまい。

星の論考を引用しよう。
「さて「死」に関する考察だが――人は「死ね」と命令されて、素直に承知して「死ぬ」だろうか。生きる生命力が優先するはずだ。ほんとうに軍命によって強制集団死したのであるならば、その已む無き自決は、自決そのものが強制であって自らの意志ではないということになる。無論、わけがわがわからないまま殺害された老人や幼児らは別として、すべて強制に従ったとすると、殺す側も殺きれる側も狂気の中にあったにしろ自らの意思に反する行為を選んだことになる。この場合、逃げ場を失って混乱していたにせよ、鬼畜米英への恐怖だったにせよ、軍の足手まといにならないよう願っていたにせよ、何はともあれ戦時の皇民化教育や軍国主義などに洗脳されての自主的な行為ではなかったということになる。 ぞうすると強制集団死の強制は、天皇陛下に命を捧げるとか、国のために死ぬといった戦時中の浸透していた独特の空気とも次元が異なり、むしろあの「空気」の存在を否定することになるだろう。つまり強制集団死は、現在の視点からの被害者意識に立った解釈に基づいて、戦中の軍国主義の強制性の存在をも否定したことになるのだ。そこには善かれ悪しかれ史実としてあったものを無視する強引さがある。」

みられるとおり、「軍国主義などに洗脳されての自主的な行為」がポイントである。 私からみると、(3人がオウムや金王朝を見る見方もたぶんそうだが)洗脳されての行為は自主的な行為などではない。家畜としての行為である。 自主的な行為と言いたいのは自らに家畜管理者になりたい欲望があるか又は、観念的に靖国思想だけを善とすることから導かれた好悪の感情を示すにすぎない。  星は金王朝下の臣民を自主的な行為と好意的に見て日本など外部からの視点は史実を否定するものだなどの表現で金王朝に好意的なまなざしを向けるだろうか。たぶん向けないだろう。 だとすれば星の言い分は単に靖国宣布の方便にすぎないことになる。

星等は、決して史実を客観的・内在的に検討しようなどと語ってはいない。 「近代の超克」という方向性の本質が前近代の肯定に過ぎなかったように実際には靖国思想に好意的まなざしを注ぎ靖国宣布活動を行っているにすぎないのに、何かしら深淵な思想でも語ったようにごまかしている。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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