2015-04

上原正稔のおかしさ 2

上原正稔は、うらそえ文藝の論考・「人間の尊厳を取り戻す時」の冒頭で次のように書いている。

「ぼくはこの二十数年、戦争を『人間が試される究極の舞台』として物語を書き、読者に伝えてきた。だから、反戦作家ではない。それどころか、ぼくは戦争の物語から『人間とは何か、そして自分とは何か』知ろうとしてきた。」
「人はよく戦争とは醜いものだと言う。だが、ぼくは最も醜いはずの戦争の中に最も美しい人間の物語を発見し、それを読者に紹介してきた。」


確かに、彼は米公文書館等に眠る、アメリカ側が書いた多くの沖縄戦の記録を探し出し、知られてなかった戦時中の物語を紹介して、新たな視点から沖縄戦の諸相を明らかにしてくれた功績はあると言えよう。
 だが、戦争を『人間が試される究極の舞台』と言うその感覚は私は理解しがたい。地獄の戦場で、一握りの人間たちが見せたキラリ光る精神の気高さがあった事は確かだろう。しかしその事で、戦争が『人間が試される究極の舞台』となると言うのは、あまりにノー天な考え方に過ぎるのではないか。
 沖縄の島々は、住民の意思に関わり無く、日本軍によって戦場にされて、膨大な数の命が奪われる修羅場となったのである。そこでは、「人間が試される」も何も、米軍の否応無しの無差別攻撃に晒されて、無惨に焼かれ、吹っ飛ばされて、罪無き命が奪われて行ったのである。日本軍の手によっても少なくない数の住民の命が奪われた。戦争とは醜いものであり、中に美しい物語があってもその醜さが消える事は無いのである。

 上原正稔は沖縄人でありながら、沖縄戦を沖縄人の眼で捉えてない感じを私は受ける。殺す立場のアメリカ人の記録から沖縄戦を見ている感じがある。アメリカへの憧憬があるのだろうか。日本軍によって郷土を戦場とされ、アメリカ軍の無差別攻撃によって、十数万の同胞の命が虫けらのように奪われた戦争を、『人間が試される究極の舞台』と捉え、自分は反戦作家ではないと言う。だが、そんなふうに言える神経は、自分が発掘したアメリカ軍人による「沖縄戦記録」への思い入れ強すぎて、殺す側の目で沖縄戦を見ている感覚から来ているのではないかと思う。

彼が渡嘉敷島の「集団自決」の真実を見い出す切っ掛けとなったのは、1995年にグレン・シアレス元米軍兵士の手記・「沖縄戦ショウダウン」を読んで深い衝撃を受けたことからだと言う。その手記には、渡嘉敷島の阿波連でも100名あまりの集団自決が書かれているが、これは今までの沖縄戦記録には無いことであった。上原は、「赤松隊陣中日誌」(谷本版)に同じことが書かれており、見事に一致している」とする。谷本版「陣中日誌」は真実を書いていると言いたいのだろうか。

 だが、その陣中日誌は戦後作られたもので、今では明らかな改ざんが多々ある事が判っている。上原正稔はそんな事は考慮の外に置いて、自論を展開している。解せない事は、「沖縄戦ショウダウン」を発表して13年が経った今回の「うらそえ文藝」の論考でも、阿波連での大規模な「集団自決」が事実であったという検証を、自ら行ったとは書いてない事だ。相変わらず「沖縄戦ショウダウン」と谷本版「陣中日誌」が見事に一致しているから、真実だとしているだけである。これは「ドキュメンタリー作家」と自称する物書きの態度としては、はなはだ問題である。

 それが事実だったとしても、その事が「集団自決」への軍隊の責任問題にどう関わるのかの説明は無い。「沖縄戦ショウダウン」の内容と渡嘉敷の「集団自決」の軍命説とは関連性は無いのではないか?支離滅裂の上原正稔の理屈展開である。
スポンサーサイト

コメント

郷土への認識

romuromuさん、コメントをどうも。

 貴方のご家族は他島からの移住者ですか。小禄は近年市街化著しく、現在住民の大半は移住者が占めているでしょうね。
 小禄辺りも激戦の地でした。私の伯母は戦争前に小禄に嫁いで、そこで戦争を経験しています。他所へは疎開せず豊見城辺りの壕に避難したのですが、食料はなくなり、一歳半の次男を壕内で餓死させています。

 小禄の軍用地は嘉手納同様、戦時中日本軍に接収されて、それを戦後米軍が引き継いで使用し、さらに復帰後自衛隊に引き継がれたものですね。
 小禄基地の軍用地は嘉手納の米軍基地に比べて、数倍の地料を貰っていると思います。今は大変価値ある資産となっています。だから、嘉手納・普天間も小禄も米軍基地返還に反対する人は少なくないでしょう。が、所詮それは麻薬のようなものです。嘉手納・小禄の人間だけでなく。沖縄人全体の心を蝕んでいきます。

 沖縄のメディアが偏向しているとは私は思いません。偏向しているのは日本のメディアです。米軍基地の75%を沖縄に押し付けておいて、さらに辺野古に新基地を造ることに決めた菅・民主党政府に、本土大手メディアは何の非難報道をしていません。沖縄に米軍基地を押し付ける事が、当たり前であるかのような報道をしています。今の民主党代表選挙においても、「日米合意」を見直す可能性を持っている小沢一郎には大変な冷淡報道をしています。

 郷土を愛する精神があるのなら、沖縄は今、如何なる状況に置かれているか、何が沖縄にとって価値ある考え方かを、良くお考えになって頂きたいと貴方に望みます。 

返信です

こんにちは。

>阪神さん
はじめまして。
祖父母が小禄に移ったのは戦後直後だと聞いております。それまではある離島で暮らしており、祖父母ともそこで戦争を体験し、祖父は一時期南洋諸島に疎開した経験もあります。
更に友人の友人の祖父は元零戦の搭乗員で戦争を戦ったと聞いています。


>キー坊さん

まずはじめに、私はあなたを批判したつもりはありません。批判的と思われたのならすみません。失礼しました。
ただ他人の名前を書くとき、最低でも「氏」くらいつけてもいいんじゃないかと思ったんですけどね。これは指摘のつもりだったのですが。

あなたの意見もすばらしいと思います。しつこいようですがあなたを批判したつもりは一切ありませんし、あなたの考えも理解できます。ただ、相手の意見を認めるということも大切ではないでしょうか。さまざまな方からのコメントに対してのあなたの言動は、少しそれが足りないと思い、指摘のつもりで申し上げたのです。

基地や軍隊に対しては、沖縄にも肯定的、否定的な立場の人それぞれ分かれます。近くには自衛隊基地もあるからでしょうか、少なくとも私の周りの人達や友人達は余り抵抗は感じていないようです。

勿論戦争は起きてほしくありません。国家の事を考えても経済的に痛いでしょうし、誰も好きでやる戦争なんて無いでしょう。太平洋戦争時の日本軍兵士にしても、殆どは争いなんて「したくない」のが本音だったのではないでしょうか。兵士の方々もそれぞれいたと思います。

しかし、完全に基地や軍隊を無くしてしまうとこれまた不安です。やはりある程度の防衛力というのは必要だと思うのです。最近では隣国の軍隊の動きが慌しくなってますし、「もしかしたら…」ということを考えると、自衛隊や米軍の必要性を感じます。攻めてくるのかこないのかなんて私達には分かりません。だから不安なのです。平和と戦争、これは人間の永遠のテーマなのかもしれません。


ただ、身近に感じる異常があります。それはメディアです。
こういった人達が増えるとメディアではすぐ「右翼化」と呼びます。そもそも根本的に、この種の話題をタブー視して議論すらしない現在の日本社会も異常ですがね。

日本のメディア、特に沖縄のそれは偏向度が極端に高いと言われてます。都合の悪いことは報道しない。実際に上原さんも体験談として話してくれてますよね。
特定のメディアに絞って情報を得ようとすると、必ずどこかが偏ってきます。様々なところから情報を得るということは、とても大切な事です。

私が考える本来のメディアとは、それぞれのメディアは一方的な情報だけを流すのではなく、バランスよく情報を伝えることだと思います。正直偏向という点で太平洋戦争時と殆ど変わっていません。

今日は私の考えも色々述べてみましたが、どっちの考えが正しい、間違ってるなんて言えません。いろんな意見があっていい。様々な意見が通る世の中になって欲しいと願っています。

なんか、メディア中心の話になってしまいましたね(^^;)

批判対象は明確に

romuromuさん、コメントをどうも。

私らへ批判的なコメントを述べておられるようですが、私のブログ本文にされているのか、和田氏のコメントに対してのものか分りにくい書き方です。
対象を指示してコメントを述べたほうが良いと思います。

>上原上原と呼び捨てにするのはどうかと。仮にも先輩方でしょう。もう少し別な表現はできないのでしょうか。

隣近所のオジサンを貶しているわけじゃないし、呼び捨てでも良いでしょう。

その体験を教えて下さい

romuromuさんこんにちは。
私は小録の住民の戦争体験に大変興味があります。
御祖父のお話を詳しく教えていただけないでしょうか。
また、学校で家族の戦争体験を聞いて、それを作文集にしたものを保存されていますか。
私は古本屋で手に入らないそのような作文集こそ一番読みたいと考えています。
家族に聞いた戦争体験の戦後史を修論で書き上げるのが一つの夢です。

少しいいですか・・・

こんにちは。
那覇市小禄在住の者です。
突然ですが、私も沖縄戦には関心があります。同じ沖縄で生まれた以上学ばなければならない歴史だと思っています。


あなたが言うことも理解できます。悲惨な目にあってきたことは事実ですし、私の祖父も体験者なので話を聞いたりします。
話を聞いた後は、とても悲しい気持ちになります。

しかし上原正稔さんの言うことも、一つの真実として捉えてもいいのではないでしょうか。実際に離島まで出向いて島民が言っていたというのです(実名付きで)。疑う余地はないでしょう。


>赤松・曽野・大城良平等が年金・勲章攻撃で渡嘉敷の住民を黙らせたのは間違いない。
なぜ間違いないと断言できるのでしょうか。実際住民の方々にお会いになって、その時の話をされた事はあるのですか?
そもそも沖縄でもどこでも両方の意見があっていいのでは。集団死に軍命が「あった」とか「ない」とかもそうです。それが今の日本の社会で保障されている『言論の自由』ですよ。


また直接関係ないようですが、上原上原と呼び捨てにするのはどうかと。仮にも先輩方でしょう。もう少し別な表現はできないのでしょうか。

インターネットやブログは不特定多数の人が見るわけですから、あなたの言葉遣いはきっと不快を与えます。気をつけたほうがいいですよ。例えば
『あなたは、おそらく血縁的差別者・家畜管理者になろうとしてはいないのだろう。 だが自我が不安定で・・・・・。つまり自然に拝跪し呪術・祭祀に溺れることで血縁擬制的共同性に無感動的恍惚を求めるシャーマン右翼なのであろう。』
↑などです。後半は見ててちょっと怖くなりましたよ。

また、あなたのようにマスメディアを100%鵜呑みにする人が増えてしまうと将来が心配です。別に見るなというわけではないですが、ブログを運営しているならインターネットもあるようですし、もっとバランスよく情報を集めて知識を深めることも良いことだと思います。

最後に、文章からみればあなたは立派な『左翼』ですよ。

文革真っ盛りってナニ?

マオどの。

>また「11万人」集まったとされる集会に、渡嘉敷島の人は参加していません。

他の皆さんが適切な答えを出しているので、自分からは言うことないですが、最初からこんな馬脚を出しながら現れないでください。

毛さん
>また「11万人」集まったとされる集会に、渡嘉敷島の人は参加していません。

それはチャンネル桜で、皆本義博氏(85)が負け惜しみで喋ったことですね(笑)。県民大会に誰が演壇に立ったかを見るだけで嘘がバレます。

昭和20年4~8月、この元中隊長は来る日も来る日もニシヤマ陣地塹壕の中で、斯様な負け惜しみ訓示を部下達に垂れていたのでしょう。悲しくもあはれな「負けない作戦」でした。

そしてこの元中隊長は戦後自衛隊で陸将補まで出世し、水島総氏から「カッカ」と呼ばれて満更でもないのですから、痛ましい集団自決で奪われた命を踏みにじることも、御国に為ならば厭わずです。

閣下にとっては何よりも戦隊の名誉が大事ですから、手榴弾は戦隊長の承認が無ければ住民の手には渡るはずがない、防衛隊員が勝手に家族に渡すといった乱脈は考えられない、と迷わず証言なさいました。

血縁擬制派の情念

>>沖縄の島々は、住民の意思に関わり無く、日本軍によって戦場にされて・・
>これこそ一方的な歴史観では無いでしょうか?
>無辜の非戦闘員が多く犠牲になったという事は事実ですが、「沖縄県民かく戦えり」の言葉通り、自分たちの島が無差別に文字通り鉄の暴風に晒される様を見て、死を決して米軍に立ち向かったのではないでしょうか?

天皇と大本営が、沖縄戦やそれに引き続く本土決戦で連合軍に一時的打撃(戦果・勝利)を挙げ比較的有利な条件で講和しようとしたために沖縄が戦場となった。これは誰も否定できない事実。

>また戦争の原因を一方的に日本側だけにある訳でもありませんし、沖縄に米軍を呼び込んだ訳でもありません。

東洋で最初に産業革命に着手した日本が他のアジア諸国に対して(孫文のいう)王道ではなく、覇道=侵略を追求したことが戦争の原因。大東亜共栄圏といいながら、アジアの他民族を土人・土民・シナ人・鮮人と蔑称し、(おそらく命令も無いまま)東アジア・太平洋地域の住民を虐殺したことは一部BC級戦犯裁判で解明されている。毎日新聞でも狂人の真似をして部下に住民虐殺の罪をなすりつけて帰国した軍人が実名で証言していた。

>渡嘉敷島の島民がみずから自決強制を否定しています。 この事になぜ眼をつぶるのでしょうか? また「11万人」集まったとされる集会に、渡嘉敷島の人は参加していません。何か温度差を感じるのは何故でしょうか?

赤松・曽野・大城良平等が年金・勲章攻撃で渡嘉敷の住民を黙らせたのは間違いない。 渡嘉敷住民は900人ほどいるが、全員参加していないという証拠は ?   曽野綾子・照屋・藤岡・秦郁彦など死んだ村長を利用したりして自作自演の嘘を言っている人物があまりにも多い。 照屋は渡嘉敷を調査した際、軍命令を言う者はいなかったというが、そもそも当時調査する地位にいなかった。 あなたは自分の頭では考えない人でしょう。 あなたは、おそらく血縁的差別者・家畜管理者になろうとしてはいないのだろう。 だが自我が不安定で、インカや古代エジプトの太陽王と同じく自然を体現し社会性を独占的に包括するとする天皇に自分を重ねることで、つまり自然に拝跪し呪術・祭祀に溺れることで血縁擬制的共同性に無感動的恍惚を求めるシャーマン右翼なのであろう。   

文革真っ盛りの沖縄。

>沖縄の島々は、住民の意思に関わり無く、日本軍によって戦場にされて・・

これこそ一方的な歴史観では無いでしょうか?
無辜の非戦闘員が多く犠牲になったという事は事実ですが、
「沖縄県民かく戦えり」の言葉通り、自分たちの島が無差別に文字通り鉄の暴風に晒される様を見て、死を決して米軍に立ち向かったのではないでしょうか?
また戦争の原因を一方的に日本側だけにある訳でもありませんし、沖縄に米軍を呼び込んだ訳でもありません。

渡嘉敷島の島民がみずから自決強制を否定しています。
この事になぜ眼をつぶるのでしょうか?
また「11万人」集まったとされる集会に、渡嘉敷島の人は参加していません。何か温度差を感じるのは何故でしょうか?

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/tb.php/58-7cc544ed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (69)
渡嘉敷島関連 (17)
座間味・阿嘉関連 (16)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (31)
基地 (43)
政局 (42)
自論 (40)
STAP問題 (17)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード