2017-07

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うらそえ文藝を読んで、その3(何故「沖縄ノート」を?)

星雅彦と上原正稔(しょうねん)の対談文をHPにUPした。刊行されたばかりの雑誌の文章を丸ごと転載する事はルール違反だとされるだろうが、「うらそえ文藝」はミニコミ誌だし、こっちのサイトは今のところ、アクセス数きわめて少ないから大目に見られても良いと思う。そういう問題ではないと言われそうだが、それだけこの両氏の、特に正稔氏の言ってることには、納得の行かないものが沢山あって、あえて全文を載せて批判したいのである。

この対談で、両氏が異口同音に繰り返して言ってることは、「(大江・岩波裁判で)何故、原告側は『鉄の暴風』を出版した沖縄タイムスを訴えないで、『沖縄ノート』を書いた大江健三郎と岩波を訴えたのか?」という事である。これはもちろん、この二人が誤った記述の多い『鉄の暴風』を非難し、告発させたい意味で言っているのである。
沖縄で大江健三郎を擁護・支援する人たちには、『沖縄ノート』より『鉄の暴風』を訴えるべきだと言う者は居ない。身内を告発する事になるので言わないが、誰でもそれが筋だろうと心中では思っている。また、タイムスを訴えないで、大江・岩波を訴えた原告団の「邪悪な」意図を見通しているからだ。

この裁判は原告の隊長二人の名誉を回復するための「人道」を目的としたものでなく、教科書書き換えへの側面的支援・沖縄への自衛隊増強への足慣しの目論見で起こされた事は明らかである。もう一つ、大きく作用したのはノーベル賞作家・大江健三郎の名誉を失墜させようという曽野綾子の黒い願望である。  すこし引用してみる。
 ただ、もう一つ不思議なことは、新聞にも一、二回誰かが書いていたんだけれど、なぜそうならば『鉄の暴風』を訴えないのか。そこに何か秘密があるような気がする。

 上原 これについでは原告側にちょっと聞いたことがあるんですよ。どうして『鉄の暴風』を訴えなかったか、と聞いたら、向こうは、裁判の結論については自信満々だったわけです。 (中略) 攻撃目標は、ヤマトから見ると沖縄タイムスというのは小さな新聞です。小さな新聞よりか『沖縄ノート』を書いた大江健三郎という、大物をもってきたほうがいいだろうということだったらしい。それだけのことなら、僕は『鉄の暴風』を訴えるべきじゃなかったかと、言った… (後略)」


私が管見した限りでは、大江・岩波よりタイムスを訴えるべきではないか、と発言した識者は山崎行太郎氏だけである。もちろん山崎氏は原告側のいかがわしさを指摘する意味合いで言ってるのである。星氏は「琉球新報」に掲載した山崎氏のコラムを読んでいたのだろう。本当に星氏と正稔氏は、原告側がタイムスを訴えずに大江・岩波を訴えた意図を見抜けないのだろうか?

『鉄の暴風』のほうが、はるかに具体的に、強く元隊長二人の名誉を毀損している記述があるのだから、勝訴する可能性は十分ある。何故こっちを訴えず、大江・岩波なのか?

それは彼らにとって、沖縄タイムスのほうがはるかに「大きな」相手だからである。勝訴になる可能性はあっても、タイムスを訴える事は全沖縄を相手にする事になって、沖縄の世論が沸騰してしまうのを恐れているからだ。法廷は、両隊長の戦時中の責任が逆に問われる場になること必至だし、『鉄の暴風』を最初に告発した「ある神話の背景」が吟味される事になって、曽野綾子の証人出廷要求の声が被告の側から起こるかも知れない。今や「ある神話の背景」の欺瞞の数々は暴露されていて、被告・タイムス側からの攻撃は曽野綾子を窮地に立たせるかもしれない。姑息な原告団は裁判に勝っても、致命的な深手を負いたくないのだ。

星・上原両氏は、この原告側のどす黒い意図を見抜けてないので不思議がっているのだろうか?
だとすれば、あまりに愚かだというしかない。が、もし、原告の邪悪な意図を分っていながら、この対談で激しい沖縄の新聞非難をやっているのだとしたら、この二人自身が邪悪な言論を行っているとしか言いようがないが、ウチナーンチュとしてそうでない事を祈りたい。

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コメント

詳細にご教示、ありがとうございました

過去にも『新沖縄文学』などで、ひどい(無責任な)文章が掲載されたことは何度もありますが(小生は、その一部ですが、批判しました。関係者は、ほとんどしらないでしょうが)、『うらそえ文藝』についても、複雑なきもちです。
 ただ、右派の妄言は、日本国内や台湾・韓国の一部などでしか通用しない、議論以前のしろものですから、歴史的審判を早晩うけるでしょう。おきなわのみなさんからすれば、そんなものを まちきれないとおっしゃるでしょうことは、重々承知しておりますが。「陣痛」がなるべく かるく、みじかく ならないか、ない知恵をしぼることにいたします。

暗躍する偽沖縄人

転落老人・星雅彦を操っているのは狼魔人こと偽沖縄人・江崎孝でしょう。浦添市の公的刊行物である『うらそえ文藝』を事実上江崎が私物化しています。

江崎は認知老人・上原正稔を炊きつけて琉球新報を相手に訴訟を起こさせています。新報も私企業です。新聞社の気に入らない論文を載せない権利があるはずです。載せる約束だったのにそれを破ったというのは、単なる契約違反であって、『言論圧殺』というレベルの話ではありません。キャンセル料を払えというレベルの事でしょう。
沖縄では「世界日報」や「産経新聞」も販売されてます。そこらへ持ち込めばよいでしょうが、上原はそこでも相手にされないでしょう。

それにしても、江崎は上原よりも2歳ほど年長のようですが、偽沖縄人として、沖縄への収奪をライフワークとして老いて意気盛んになるばかりです。

だが、「(沖縄二紙が)陰では密かにパニクっている。 そんな沖縄言論界の現状である。」
と、江崎は自画自賛してますが、大袈裟です。一応星雅彦は沖縄では著名人だから、うるさがってはいるでしょうが、大して打撃になる筈はないでしょう。

『うらそえ文藝』第17号

いわゆる「集団自決」論は、ありませんが、『うらそえ文藝』最新号には、狼魔人こと、フリージャーナリスト江崎孝氏の文章がおどっています。
ブログ「オキナワの中年」では、「もはや沖縄の自由な言論の砦」などと、この雑誌が大絶賛されていますが、かなり毒性の拙稿も掲載されていることをかんがえると、「自由」というより、ハチャメチャという印象がぬぐえません(苦笑)。
http://plaza.rakuten.co.jp/tohno/diary/201205230000/

疑似科学の本家・曽野綾子

ましこさん、重ねてのコメント有難うございます。

>「疑似科学批判をよそおった本が疑似科学」
『ある神話の背景』自体が、「疑似科学」そのものだったという事でしょう。集団自決についての「うそ論」はすべて曽野綾子の亜流だと思います。

>「最高裁が国家権力の末端として政治性をまぬがれないとおり…」
おっしゃるように、私は最高裁が沖縄側の「義」を認めて原告敗訴にしたとは思ってません。あくまで世の中(外国を含めて)の最大公約数的な「常識」に従って判断を下したのだと思います。
言ってみれば、世界の大江と、日本の通俗人気作家・曽野の文学者としての力量の差だと思います。

ある危機感

キー坊 さま
阪神さま

●最初「管理者にだけ表示を許可する」をえらんだのは、メールアドレスをさらさない方がいいかなと、かんがえたからです。まあ、小生のような無名な一教員が当局からねらいうちになることはないでしょう(笑)。

●樋口氏の言動の問題は、最近はやりの「ウソ」論だからです。「ウソ」論は、ジャーナリズムや社会学がメインの手法としてきた、暴露術です。しかし、樋口氏らキャリア官僚・研究教育者が、「ウソ」の暴露をすると称したばあいは、非難されたがわが、「ウソ」あつかいされてしまいます。疑似科学批判をよそおった本が疑似科学そのものであるばあい、市民のおおくは、それに対するワクチン経験がないため、抵抗できません。おそらく、樋口氏は、悪意はもちあわせおらず、ウソ情報をまきちらしているという自覚はないでしょう。つまり、エリート官僚として、無知な市民を啓発していると信じこんでいる。警察大学校で受講している警察官僚たちへの悪影響はもちろん、ネット情報や新書だけで、社会の裏側をのぞいた気になっている層には、深刻な影響が懸念されます。
●原発推進派が、批判層を、疑似科学系のクレーマーとして冷笑し、市民のまえでわらいものにしてきたように、沖縄戦の真相にせまろうという地域の努力が、ヤマト住民の防衛機制のまえで、疑似科学あつかいされる危険性をかんがえるべき時期にきているとおもいます。最高裁が軍の関与をみとめても、そもそも最高裁が国家権力の末端として政治性をまぬがれないとおり、政治局面次第では、別の判断をくだすおそれさえあります。また、最高裁判断自体を、政治的産物として断罪する論理は、東京裁判批判などにもあるとおり、右派にもあるわけで、判例が政治決着をもたらすわけではないこともあきらかです。むしろ、最高裁の権威を利用しようといった姿勢は、危険きわまりないとおもいます。

曽野の影響力

ましこさん、最初の管理人だけへの貴コメント、管理人判断で、公開した事をご容赦ください。
樋口氏の文章は、単純に曽野綾子の影響下にあるものだと思います。秦郁彦ら劣化文化人と同じく、問題の上っ面をなでたような、一見わかり易いような書き方が大和人B層に受けるのでしょう。

阪神さん、樋口氏の本のコピー転載有難う。
警察大学校の幹部が、沖縄抑圧の文章を著書の中に入れるとは許しがたい所業である事は言うまでもないですね。
思えば、曽野らに付け込まれたのは、1967年に石田郁夫が示唆したように、島共同体内部の戦時責任が追求されなかった事にも遠因があるという事でしょう。

樋口の責任を問いたい

ましこさんはじめまして。
この手の思索を深めない本を好んで読む層は多いですから、やっかいきわまりないですね。

>公務員が こういった発信をして 責任をとわれないというのは、それ自体問題ではないでしょうか?
問題ですね。沖縄での住民集会を無視する書き方に樋口氏の人間性がにじみ出ています。
警察大学校の樋口氏にメールで抗議しようとしたけれど宛先が出ていませんでした。もう少し追求してみます。

Re: 樋口氏の本

> 樋口氏の論考は曽野の本を読んで要約しただけであり、何ら思考を深めるものではありません。
> 彼の「まずい!!」学は、その他の事例がいくつもあるのですが、彼特有の論考などなく、各所の記事を要約した程度のものです。

↑ いえ、問題は、そういった質・性格・動機などにあるのではなく、沖縄戦への無責任な言動が追認され、抵抗力のない読者が洗脳されるという現実・構図です。
 『うらそえ文芸』のたぐいが、ヤマトで大量によまれることはなく、影響力を無視できるとしても、こういった新書をはじめとするマスメディアは、放置してよいとはおもえません。そして、フリーのライターや 政治屋が 売文・売名のために無責任な言動をくりかえすのが常態であるにせよ、公務員が こういった発信をして 責任をとわれないというのは、それ自体問題ではないでしょうか? 入管行政の中枢にながくあった坂中さんの言動が、日系ブラジル人「導入」周辺に政治責任をもつように、樋口氏も、公務員ゆえの政治責任があるとおもいます。

樋口氏の本

キー坊さんこんにちは。
樋口晴彦の「まずい!!」学 組織はこうしてウソをつく 、の内容は下記です。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1304053013.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1304053025.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1304053045.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1304053057.jpg.html
樋口氏の論考は曽野の本を読んで要約しただけであり、何ら思考を深めるものではありません。
彼の「まずい!!」学は、その他の事例がいくつもあるのですが、彼特有の論考などなく、各所の記事を要約した程度のものです。
この本は自分の地位を組織内で高める為の手段なのでしょう。樋口氏は本を出版しまくってますが、この出版しまくるという行為自体が自分を高く売ろうとする売名行為です。薄っぺらな論考かついつも同じような書き方になっているのだと思います。
樋口氏は今のところ特に気に留める人物ではないと思います。

Re: おたずね

> 2007年に、祥伝社から、樋口晴彦『「まずい!!」学 組織はこうしてウソをつく』という新書がだされました。
>  その第2章第1節は、「嘘を生み出す構図・その一 ~沖縄集団自決事件~」では、完全に「虚構」と断定しております。
>  警察官僚による一般書ですが、重大問題かとおもいますが、いかがでしょう?

ましこさん、コメント有難うございます。
樋口氏の本、読んだ事ないです。重大問題には違いないですが、警察官僚による一般書という事であれば、ごく普通な事のようにも思われます。ヤマトの政・官・財・マスコミ及び民は総体的に、沖縄を抑圧する存在だからと思うからです。

首里と中城

>和田さん。

首里と中城は離れていて、普通は間違える事なさそうですが、両方とも由緒ある城(グスク)が在るという点で共通点があります。また両方とも修学旅行のコースになっているので、中学生だったら混同してしまう可能性もありますね・・・。

いずれにしても、クライン孝子も、大江岩波裁判の応援団の一人である事に違いないようですが。

やはりクライン孝子

「ある神話の背景」復刊要請を2003/1/12日最初にしたのは奈良の中学2年生ということだが案の定というべきか
http://www.takakoklein.de/
上記クライン孝子2003/1/20の日記には「昨日は雑誌「サピオ」の連載の原稿、「諸君!]のゲラ直しで1日過ごしました。今日は曽野綾子さんとの対談本が海竜社から4月に出版されますのでそのゲラ直しと後書きをまとめます。曽野さんの前書きが余りにも素敵なので気後れがして、どうまとめようかと頭を悩ませているところです。」

やはりそうですか。1月12日直前クライン孝子と曽野綾子は会合していた。
曽野とクラインとは次のようなことが話し合われたのでしょう。
曽野「孝ちゃん。あなたホームページを持っていてインターネットくわしいんですって。実は、水面下で、大江や岩波を訴えて昔年の恨みを晴らそうという計画が持ち上がっているんだけど、ある神話の背景を聖典にする必要があるのよ。 だから「ある神話の背景」復刊要請をインターネットでやってくれない。こんな小さい子も心配していると思わせるために中学生になりすまして、小学生じゃあまりにも小さすぎて自作自演がみえみえだから。」  孝子「いいわ。」 曽野「安里巡査のことを書いて。彼は私が執筆時に中城に住んでいたわ。」 孝子「中城ってどこ。」 曽野「わからないのなら首里にしてちょうだい。ある神話の背景に書いた地名とは違うけど、今まである神話の背景にたくさん書いた嘘と隠蔽、まったくばれていないんだから今度も大丈夫。 そんな食い違いを調べる暇人なんているわけない。」

まあ、こんな会話がかわされたのではないでしょうか。
中学生効果があまり上がらなかったので、今度は本人の名で檄を飛ばした、といういうわけです。  小説でよくある筋書きですが、歴史改竄派は小説を超えています。

要するに21世紀の奈良の中学生が「ある神話の背景」で中城と書かれている現に存在する行政区画を1954年行政区画から削除された首里に置き換えることは知識としても、世代としてもありえない。 曽野綾子とその代理人しか出来ないことであり、クライン孝子日記はそのことを証明している。

曽野綾子にこのような陰謀家としての素顔があることは充分記憶しておく必要がある。

追伸
奈良の中学生情報は下記の回答No5を参照のこと

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa3395140.html/
引用すると「私が少し知っている経緯としては、「ある神話の背景 沖縄・渡嘉敷島の集団自決」(曽野綾子)がありました。内容は、

>沖縄で赤松大尉が渡嘉島の村民から食料を奪い取り、村民に集団自殺を強制命令した。とされ、ノーベル賞作家大江健三郎氏も「沖縄ノート」で「あまりに巨きい罪の巨魁」としてコテンパンに批判し、歴史の事実として平和教育に利用されている。しかし、曽野綾子氏が赤松大尉命令を受けた駐在巡査に聞いた。彼は取材時に首里にご存命中であり、聞くと、「出しとりゃせんです」と言われてしまった。つまり虚構だったわけである。

というものです。この本は絶版になっていました。そこで、2003/01/12 に奈良県のある中学2年生が「復刊ドットコム」で復刊希望者を募集し、2004/12/15にメールマガジン「クライン孝子の日記」で紹介され、その後復刊希望者が増加して、2006/5/23にワック社から復刊が実現しました。」

クライン孝子によれば、その中学生の名前は出口確だという。 その呼び名はある神話の背景での「慶良間ケラケラ・・・・」というザレ歌の響きに似ています。
入り口、曽野綾子、出口はクライン孝子で嘘から真が生まれることを願った曽野の命名なのだろう。 曽野には日本書紀の作者(群)と同じように自分の嘘を楽しんでよけいなことを書く癖があります。

星氏の論考載せました。

「対談」には、星氏と正稔(しょうねん)氏の顔写真が二葉づつ載ってます。何時かアップしましょう。

星氏の論考をアップしております。
http://keybow49okinawan.web.fc2.com/urasoe/hosi.dansou.html

沖縄のマスコミ、特にタイムスを批判する気持ち解らないのではないですが、36年間も沈黙して後に、これか、という気分にさせられます。

冗長とうぬぼれ

「対談」アップありがとうございました。読ませていただきました。

星さんも人が悪いとおもいました。後半、上原さんのうぬぼれ屋さんぶりがモロにでて、説得力がありそうに見えた折角の前半を相殺してしまいましたね。

星さんは、沖縄左翼に対する上原さんの私怨を語るに任せて、深層を掘り下げたいという最初の意気込みなんか「もうどうでもいいや」になってしまいましたね。

狼魔人レベルの右翼に喜ばれる燃料の提供とはなったようですが、それを喧伝すればするほど右翼は、物事を考える人たちからソッポを向かれるでしょうね。

(おもしろかったのは、紙上対談なのに、テレビジョンのように表情が「見えて」しまったことです。さすが文芸誌です。)

この「うらそえ文芸」には、星さん書き下ろしの文章も掲載されているのですか?

訴訟と復刊運動は連動している

キー坊さん
奈良県の中学二年生に「中城」に住むということを首里に住むと解釈できるでしょうか。
首里市は1954年行政区画から廃止し那覇市の飛び地となる。また中城村は現存しているのですね。

周知のとおり、曽野綾子一味は家永氏の教科書裁判にも国側証人として参加しております。
今回裁判の原告提訴は2005年8月。百人斬り訴訟の原告弁護団の多くは沖縄裁判の原告弁護団と重複しており、百人斬り地裁判決がその月に出ていることから準備書面などの準備を考えた提訴時期であり2004年の早い時期から提訴方針は固まっていたでしょう。
さて下記のサイトです。
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=14114
引用すると「曽野綾子氏が赤松大尉命令を受けた駐在巡査に聞いた。彼は取材時に首里にご存命中であり、」とあります。 「ある神話の背景」の記述では安里巡査は中城に住んでいるという程度の記述です。中城村は沖縄の行政区画として現存します。 

で、復刊投票の内訳を見ると2004/12/15に集中しています。調べたところ
http://www.takakoklein.de/
同日の「クライン孝子日記」で投票要請が出されています。
御承知のとおり、クライン孝子は曽野綾子の盟友といえる人物です。
元に返って「ある神話の背景」復刊リクエストは奈良の中学2年生の投稿から始まったということですが、信じられません。
中城村でもなく那覇でもなく、首里と呼称したいのは(沖縄戦での首里攻防戦を新聞やラジオで知らされた)戦前生まれの人達ではないでしょうか。中学生がご存命という言葉を使うでしょうか。  事情を知っている曽野か、曽野に近い人物が中学生に成りすました自作自演ではないでしょうか。

クライン日記の時期からみて提訴を睨んで「ある神話の背景」を復刊させようという意志が感じられます。
提訴直前まで藤岡らの動きは水面下のようであまり公表されてはいません。
しかし、藤岡・秦一行が座間味で偶然宮平秀幸と邂逅したとの虚言、あるいは照屋・藤岡の村長の死を利用した自作自演からみて赤松と曽野綾子と同じように提訴弁護師団・藤岡・曽野はある時期から水面下ではあろうが協力体制を築いたのではなかろうか。

沖縄ノートを訴訟の対象にしたのは曽野綾子の希望も取り入れたということではないか。
そのような視点から曽野の諸君等での言動変遷を探る必要がある。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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