2017-06

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うらそえ文藝を読んで、その2(上原正稔のおかしさ)

 うらそえ文藝の上原正稔氏の論考と、星雅彦氏との対談文を読んでいると、苦々しい気分になり、批判文を書くことも鬱陶しくなってくる。上原氏の言ってることは皮相的であり短絡的であるとしか私は思えない。

 上原氏は80年代から、アメリカの国立公文書館などに所蔵されていた沖縄戦に関する戦時中のニューヨークタイムス記事や、従軍兵士などの日記・回顧録を発掘、翻訳して、沖縄タイムス、琉球新報で公開するという実践活動を行ってきた。また、米軍が撮影した記録フィルムを購入して、一般に公開するいわゆる1フィート運動の創始者でもあるが、あの「平和の礎」も、自分が発案者であると言っている。
本田靖春ルポに出ていた阿嘉島・野田隊への降伏勧告交渉・(捕虜の梅澤裕第一戦隊長も説得に参加した)ウタハの浜での会談を世に知らしめたのも、上原氏が発掘したその時の米軍指揮官の記録に依ってである。

これらの記録は、米軍の側から見た沖縄戦の様相を知る事ができたという点で価値ある事であり、上原氏は実務的に良い仕事をしたと言えよう。

 95年ごろ上原氏は、沖縄戦に従軍、慶留間、渡嘉敷両島に上陸した米陸軍兵士・グレン・シアレス氏の沖縄戦記に出会い、深い感動を得たと言う。上原氏はこの戦記を入手し翻訳して、96年6月に「沖縄戦・ショウダウン」と題して、自己注釈を付記して琉球新報に掲載した。
 シアレス氏は1945年3月26日に慶留間島に上陸してに直ぐ、小規模な集団自決の場面を目撃したという。(この時の記述が「満潮とともに出撃命令」であるが、思いがけなくも、これは同時日に赤松隊が「干潮」を理由として出撃を取りやめ艇を自沈させたとする「ある神話の背景」の記述が、ウソであることを証明してくれた。)

翌27日は渡嘉敷島の阿波連南部の海岸に上陸し、日本軍を奇襲し、数十名を射殺した。そして、阿波連部落を占領するため進んでいくと、ある干上がった小川の中で、又もや、百人以上の住民が集団自決する場面に出くわした。大人が刃物で子供たちの首を切っていたという。「やめろ、やめろ、子供を殺すな」と大声で叫んだが何の効果もなかったという。数十個の手榴弾が次々爆発し、ほとんどが絶命したと書いている。

阿波連部落の近くで「集団自決」があったという事は、沖縄戦のどの記録にもない事である。これが事実であれば、大変重大な歴史の真実を沖縄の研究者は見逃した事になるのだが、本当にそういう事実が在ったのか?
上原正稔は谷本版陣中日誌にも、「昨夜より自決したるもの約二百名(阿波連方面においても百数十名自決、後判明)」と記録されており、記述が見事に一致しているから事実だ、といとも簡単に断定しているが・・・。(続く)
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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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