2017-09

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新しい証言によって判った赤松証言の嘘

 07.9.29「検定撤回県民集会」の後に出された、謝花直美著「証言・沖縄『集団自決』」を買って流し読みして、しばらく置いていたのだが、最近じっくり読んでみた。

その中、渡嘉敷島在住・吉川勇助氏(78)は当時15歳、役場職員で防衛隊員でもあった。ニシ山での「集団自決」から生き残った人である。集団自決の現場で、古波蔵村長が現れた防衛隊員に何かを耳打ちされて、村長は大きく頷いて、それから万歳の声を上げて手榴弾による自決がはじまったという証言をした人である。吉川氏は耳打ちした防衛隊員の言葉を聞いてないから、「隊長命令」の決定的証人とはいえないが、状況証拠にはなりうる。
私が他に注目する事は、晩年に至って初めて証言をした吉川氏の話によって、赤松隊長の住民処刑に関する弁明が嘘である可能性が強くなった事である。

その一つは、ニシ山での「集団自決」に失敗し、米軍の手当てを受けて保護されていた阿波連の少年、金城幸二郎と小嶺武則の二人は、阿波連からまだ住民が居るニシヤマへ戻ろうとしたところ、軍の歩哨線で捕まって、赤松隊長から「死ぬか、阿波連へ帰ってくれ」と言われ、「阿波連へ帰ります」と言って解放された後、自分らで首をつって死んだのだと「ある神話の背景」には書かれている事である。
 石田郁夫「慶良間の虐殺」(1967)には、次の記述があった。「二人の少年は切腹で処刑された」。私は、少年が切腹できるはずないから証言者からの誤報だろうと思っていたが、どうも本当だったようである。

吉川氏の証言では、後に日本軍が一斉投稿した後、収容所で知りあいの日本兵から次のように打ち明けられたという。「二人の少年を殺害現場に連行した。穴を掘らせて、年長の少年は自分で腹を切って、兵隊が介錯した。もう一人は『自分では死ねません』と言ったので、目隠しをして後ろから切った」。
この話が本当なら、赤松嘉次はとんでもない嘘を曽野綾子と共同で付いた事になる。

もう一つは、8月16日の朝、米軍から投稿勧告文書を届けに来た大城牛・与那嶺徳の二人は、歩哨から誰何されたところ、返答しないで逃げたので射殺した、と言っている。しかし、大城牛・与那嶺徳の遺体は戦後3年経ってから、家族らの手によって発見され掘り起こされたが、身に付けているもので判ったらしい。遺体は縄で縛られていたという。逃げたから射殺したというのも赤松・曽野共同の嘘で、赤松隊兵士が捕縛して斬殺したのである。
赤松隊長らは前日の「玉音放送」を聴いて、終戦らしいと分ったというから、これはれっきとした殺人罪である。このことは陣中日誌にも書くわけにいかなかったのだろう。

次々嘘・瞞着が露呈してくる「ある神話の背景」である
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コメント

検証ぐらいしてくださいよ

ただ本を読んで、現代の感覚で物を言うって
おかしいですよ。わらっちゃいますよ。

証言だけでなんでも大きな話に持って逝くのは
沖縄らしい扇動ですね。おじー、おばーが嘘を就いてると
言うのですか?ってことですか?
嘘ついてますよ。まちがいなく。その検証は必要でうすね。

本で証言してるからってのは、歴史研究としてはアホすぎる。

阪神さん。
②は最近私も買いました。
狼魔人などが、渡嘉敷で日本軍のことを悪く思う人は少ないなどと言ってますが、嘘である事が判ります。

ところで、8日の「週刊金曜日」「月刊日本」合同講演会行きました。雨宮、佐高、佐藤の三氏は声も大きくて、立て板に水、の調子でしゃべっていました。特に佐藤氏はユーモアのセンスに溢れ、落語の世界に入れば、ひとかどの咄家になったと想像される。
 山崎氏は三氏に比べれば、訥々とした話し方だったが、内容では一歩も引けをとらなかった。

本物の思想家達が、左右の垣根を越えて自在に意見を闘わす情況が到来すれば、日本にも微かな光が見えそうな気がしますが。

こんにちは。今年になって発行された2冊を紹介します。
①「証言 沖縄戦の日本兵」國森康弘 岩波書店
②「沖縄戦「集団自決」を生きる」森住卓 高文研
②には吉川勇助さんの弟の嘉勝さんの証言もあります。
上記2冊は曽野の嘘を追及するのには役立たないでしょうが、参考までに。

後出しじゃんけん

辻中尉の「本部陣中日誌」も後出しじゃんけん
nio615さんのサイトより
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1879.html
辻政弘中尉「本部陣中日誌」1945(防衛研究所資料・沖台沖縄209)
以下引用する「三月二十八日    一、陣地構築ヲ終日実施ス
二、第三中隊主力廓陣地ニ到着
三、渡嘉敷、渡嘉志久、留利加波各地ニ上陸セル約一ケ大隊ノ敵ハ廓陣地ニ侵入二三六高地附近に迫撃陣地ヲ構築シ同砲撃ニ艦砲射撃を以テ我ガ陣地ニ攻撃ヲ加フ
四、損害 戦死 
   勤務隊 二中隊 多田健一上ト兵
   水勤隊  阿部軍曹  軍夫五名
   防招  小峯上ト兵以下八名 」

一方、
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-146.html
によれば(要約)1945/03/29早朝米軍は日本軍に先駆け渡嘉敷第二自決場に斥候を出し負傷した2名の日本軍捕虜と住民を収容した。
「本部陣中日誌」によれば、行方不明者の記載なく防招8名戦死。
記述内容から判断すると負傷した日本兵2名は死亡するような重傷者ではない。 普通なら赤松隊は降伏以後に負傷した日本兵2名の生存を確認。 あるいは、島民が米軍筋から負傷兵の話を漏れ聞いたかもしれないが当日はありえない。
従って、辻政弘中尉「本部陣中日誌」は後日(降伏後の可能性が高い)記述を変更されていることは確実と思われる。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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