2017-11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

かつての傲慢コラム

 拙ブログにコメントを下さった沖縄のサウスポーさんが、さんげつさんのコメント欄にも初投稿し、曽野綾子の以前のコラムでの発言を紹介して、批判している。
 それは、1998年5月斜体文連載中であった「サンデー毎日」コラム私日記「運命は均される」)に掲載する予定であった「同和問題」に関する曽野の発言である。これによって、コラム論考は掲載中止となり、コラムそのものも連載打ち切りとなった件である。

 「サンデー毎日」編集部は、あまりに事実誤認甚だしい内容なので掲載できなかったのだ。掲載されなかったコラム論考が、なぜ公に知られる事になったかと言えば、曽野は掲載されなかった最終の原稿を含めた全連載を別の出版社から出したからである。
 自分の原稿をボツにして、連載までも打ち切った「サンデー毎日」に対する曽野の怒りがそうさせたに違いない。単行本あとがきで、曽野はこう書いている。
 「戦後の新聞が言論の自由を守ったなどというのは嘘だということを体験として言うことができる。今またひとつ、ここに実例ができただけのことだ。」 ボツになった最終原稿と単行本のあとがきを「運命は均される」(海竜社)から小ブログに転載した。少々長いが問題の部分を引用する。


               東京に同和問題はない
                       単行本『運命は均される』1999年
  私は東京生まれ、東京育ち。その個人的な暮らしの中で、非差別部落に関して
話題が出た記憶がない。 私は文学少女だったから、藤村の『破戒』くらいは読んで
知識としては知ったし、大きくなってからは東京の一部に特殊な職業の人たちが集ま
って住んでいることも教えられて、これも知識としては定着した。 しかしこの知識は
使ったことがないというものである。
 
 私たち東京人にせつせと差別を教え込むのは、東京人でない人たちである。私の知
る限り、東京の日常的な暮らしでは、交遊、就職、結婚などあらゆる面で、部落問題が
意識や話題に上ることがない。学校や、女性同士の通俗的な場の、陰口、噂話にも出
ない。しかしなぜか東京には部落問題がない、と言うと機嫌が悪い人がいる。喜んでく
れていいのではないか。

 今まで、私が東京には部落問題は(問題になるほど)ない、と言うと、「ないというとはな
い」と言葉尻を 捕らえられる。現にどこそこには、どういう町があって、そこに住んでいる
人はどういう職業についていて、それがすなわちその証拠である。曽野綾子は知識がない
だけで、部落問題がないわけではない、というわけだ。どうして差別問題を是正しようとす
る人は、こうも差別を知らせること、教え込むことに熱心なのだ!? 

 それは東京の住人に対するこの上ない非礼で、私はそれをずっと我慢し続けてきた。彼ら
こそ、差別の急先鋒 (せんぽう)、差別を知らない人にも差別の仕組みと感覚を教え込む
元凶だろう。  今日の私見の中でも、一部はそのことに触れる。知らない人に、同和教育
だけはしてほしくない。


 あきれ果てさせるほど傲慢な言い分ではないか?東京にも非差別部落が在ることは知識としては知っているが、自分の生活経験では関わりになることがなかったから、部落問題はないのだ、と言い切っている。自分の経験にないことは無いのだ、と言えるその神経には恐れ入る外ははない。
「私が東京には部落問題は(問題になるほど)ない、と言うと、……差別問題を是正しようとする人は、こうも差別を知らせること、教え込むことに熱心なのだ!? ……東京の住人に対するこの上ない非礼で、…… 知らない人に、同和教育だけはしてほしくない。」
 この傲慢さはどこから来るものか?

 私も首都圏での生活期間が四半世紀になっているが、部落や同和に関係する事は皆無だったと言ってよい。どこの地域が部落なのか見当もつかなかった。知り合いにそんな話を聞いた事もない。ただ、ネットで神戸市長田区出身の沖縄フリークの男性と知り合いになり、一時メールでやり取りをやった時、自分は部落民の血筋だという事を言われた。その人は国家公務員の身分で教養あふれる人であり、不遇の人生を歩んできたようには思えなかった。
 在日の人がたまに、私が沖縄人であることを知ると、自分は在日ですと打ち明ける人が居る。その長田区出身の人も、私が沖縄人だから、自分の出自を明かしたのかも知れない。

 普通は首都圏に長年住んでいても、「同和」や「部落」に関わりあう事はほとんど無いと言ってよいだろう。だが、自分がそうだからと言ってその事実が無いのだ、という神経は普通の人間には持てるものではない。文献映像などでそれが在ることには疑いが無いのだ。部落問題が皆無の沖縄の人間でも、学校の歴史教科書の記載、狭山事件に関する数々の情報、三国連太郎の自伝などで、それを知識として判っている。
 ところで、今私が居住する埼玉県南部の、東京と隣接する地域は同和地域ではないかと推測している。その理由は、革製品加工・販売業者が高い密度で存在しているからである。靴・鞄・ランドセルなどの作る工場であるが、あまり目立たず看板からは直ぐに皮革工場である事が分からない。
 土地成金で小金持ちになった一家が多々あるようだが、尖がった感じのジイさんバアさんが多い。昔農村であった所が高度成長で急速に市街化、工業用地化されて、区画整理はろくにされず、雑然とした街並みに成っている。
 ここが同和地区であるとは、私の憶測にすぎないが、当っている可能性はあるだろう。

 さんげつさんが自身のコメント欄で、東京都が作成した同和問題を理解する為の啓発パンフレットのサイトのリンクが貼っている。最近の平成26年11月に発行されたものである。曽野は東京都に抗議したのだろうか?
 
 「サンデー毎日」コラムの掲載中止、連載打ち切りに怒った曽野綾子は、意地でもこの論考を発表したかったのだろう。「サンデー毎日」に連載しものと、掲載不可になった最終の論考を加えて、1999年海竜社という出版社から単行本で刊行した。確信犯的に差別発言を行ったのである。
 その後、自分の近況や日常的行動を記した「私日記」を8巻まで刊行しているのであるが、そんな個人的な日記など読む価値が在るのだろうか?出版社も国家権力を背景にいただいている曽野綾子だから出さざるを得ないのではないか?
スポンサーサイト

コメント

サイパンでの自決

サイパンで民間人は自決したと新聞報道があったようです。
想像で記事にしたのか、サイパンからの通信文があったのかは不明です。
20分20秒前後↓
https://www.youtube.com/watch?v=-FObL0T9izg

小学校から知っていた

自分の投稿をした後に、サウスポーさんの投稿に気付きました。

私も部落問題は学校で教えられたのではないですが、小5の時(55年前)、社会科教科書に、「明治以前までは日本には士農工商の身分制度があったが、その下に非人・エタという身分もあった」、と一行程度の記述があったと覚えてます。

私がなぜそれを覚えているかと言えば、戦前世代の女の担任が「その人たちは家畜を殺して、それを売ったのだから、賤しいとみられるのだ」と説明していたからではないかと思います。私の親も「屠殺業者」(精肉店)を生業としていたからです。

ウチナーンチュよりも格の低い集団も居るのだ、と先生は言いたかったのではないかと、今は解釈してます。

被差別の位置

阪神さん、
>大人になるまで同和問題を知りませんでした。

やはりそうでしたか。
私は同僚などに、ここは部落民が多い土地ではないか、とは訊けません。
私より前の世代の沖縄の人間には、意外に部落の存在に興味を持つのが多いと思います。潜在意識に、我々沖縄より地位が下の大和人も居る、という安心感を得たい心理からでしょう。

突破者

 こんばんわ。サウスポーです。
 キー坊さん、阪神さん、返事ありがとうございました。そうですか、タバコの灯りは意外と明るいのですね。

 私はなぜか小学生の頃にはすでに部落問題は知っていました。学校で習った記憶はありません。いつどこで知ったのかもわからないのです。不思議です。
 宮崎学さんが書かれた『突破者』(幻冬舎アウトロー文庫)に、在日朝鮮人、ヤクザ、同和問題のことについて書かれていますね。ヤクザを父親に持つ宮崎氏が被差別部落出身のヤクザから、

「学さん、わし、ヤクザになって初めて自分が開放されたと思ったんですわ。この気持ち、わかってくれます?」(突破者 上巻 p.106)

 この文章を読んで、ヤクザ組織が被差別部落出身にとっての避難場所になっていたことを私は初めて知りました。とても印象に残っている言葉です。
 東京に部落問題はないという曽野氏は、いわゆる「無知を恥じない人」といえるかもしれません。「知らない」ということが、時として誰かを傷つけるということを知って欲しいですね。

差別はネットで拡大再生産されている

こんにちは。
私は所沢に住んでいて、大人になるまで同和問題を知りませんでした。
たまたま書店で手にした「ある被差別部落にて」というキリスト教系の本で知りました。
学校では同和教育は受けていません。
同級生等との会話でも同和に関する話は皆無でした。
もしあの時、同和関係の本を手にしないまま今に至っていたらどうなっていたでしょう。
今ではネットでいいかげんな情報が氾濫して、差別を助長するQ&A掲示板が溢れています。
そんな所で情報を入手して、部落に対する何か異常な感情や差別を持ってしまった現代人が多いのではないでしょうか。
これは特に、在日に対して顕著です。
僕の親友も、ある日突然、在日は犯罪者だ、などと言う様になり、いくら反論しても駄目でした。
今では会う事を止めています。
曽野は教育しなければ差別が無くなると考えているようですが、そんな事はありません。
曽野が沖縄を露骨に差別し続けているように、差別を平気でする老人~青年が爆発的に増えているのです。
曽野よ、差別をやめろ。
やめない限り、徹底的にお前を糾弾し続けるから覚悟しておけ!!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/tb.php/413-759a753c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (73)
渡嘉敷島関連 (19)
座間味・阿嘉関連 (19)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (35)
基地 (55)
政局 (45)
自論 (40)
STAP問題 (17)
慶良間全般 (1)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。