2017-06

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ヒジャイの処女作

 ヒジャイ(又吉)氏の著書の自費出版を断った出版社について、篠原氏から詳しい説明を頂いた。ボーダーインク、沖縄タイムス社、南山舎という事である。前2社はよく知られた出版社である。タイムス社がヒジャイの本を引き受ける事はないとしか考えられない。前にも書いたと思うが、『サンケイ』や『読売』が、自費出版であっても「軍命」は在ったという主張の論文を掲載する事はないと思えるからだ。もっとも、そんな著者がサンケイ、読売に著書を持ち込む事は考えにくい事であるが。
                          

 ボーダーインクは、夫人の手による太田良博の遺作集を自費出版している。(沖縄という土地は狭いもので、私はこの夫人と同じ職場に1年半ほど居た。健在なら推定90才)
 ボーダーインクも、そのスタンスは沖縄タイムスと似たようなものだろう。南山舎というのはよく知らないが、ヒジャイが原稿を持ち込んだ時期は、「作る会」が作った社会科教科書を八重山地区で導入する問題で揺れていた時期であった。それで石垣市にある南山舎は、この問題に巻き込まれる事を避けたのではないか。

 上の画像はヒジャイが異論封殺を受けたという本の表紙である。下部に目次見出しがある。これを見れば、3社が断りそうな内容だと想像させる。あまりに世論とはかけ離れた内容であるからだ。
 ヒジャイは単に目に付いた出版社に持ち込んだと言うのかもしれないが、普通に考えれば自費出版であっても、3社は断る可能性が大きいと言える。沖縄には零細I出版社と印刷・製本業を兼ねたものを含めて、出版社が50社ほどが在るのである。ヒジャイは何でそれらに当たらなかったのか? 

 このヒジャイ(又吉康隆)の本を読み返してみて、前書きの部分に篠原章氏の名前がるあ事に気が付いた。少々長いが、この部分を引用する。

 狼魔人日記の江崎さんに感謝する
 自費出版をしようと決心し、ネットで自費出版を募集している出版社を探した。B出版社は県産本を売り出すのに積極的であり自費出版にも力を入れているので、B出版社に原稿を送り見積もりを依頼した。ところがB出版社から原稿が届いたという連絡が二日過ぎても三日過ぎてもなく、とうとう一週間が過ぎてもなかった。私は不安になり、B出版社に電話をした。すると受付の女性は原稿については編集の人しか知らないので、後で編集の人に電話させるからと言って電話を切った。

 しばらくして編集の人が電話してきて、私の原稿を自費出版することばできないと遠回しに話した。全然予想していなかったことだったので相手の話を私はなかなか理解できなかった。暫く問答をしてやっと自費出版が断られていることに気がついた。表現の自由の先頭に立つべきである出版社が私の自費出版を断るとは信じられないことである。一瞬、私は言論弾圧されていた戦前の日本に居るような錯覚を覚えた。
 自費出版を断られたことをブログに書いたら、ブログを読んでいる人から自費出版を募集している出版社の情報があり、二つの出版社に原稿を送った。しかし、結果は同じだった。自費出版を募集している出版社に自費出版を依頼して断られたのだ。あり得ないことである。
 私は活動家でもなければ反社会的な団体に属してもいない。私は沖縄で60年余り生きてきたひとりのウチナーンチュである。ストレートな気持ちで書いたこの本は私の純粋な意見発表である。
自費出版を断られる理由がない。しかし、断られた。
「沖縄に内なる民主主義はあるか」という私の問いに出版三社は、「ない」と答えたのだ。沖縄の出版社までもが民主主義思想がないことに私は愕然とした。
 断られた時は頭が真っ白になったが、こんなことで悲嘆にくれるような私ではない。次第に私の反骨精神が頭をもたげてきた。「なんとか自費出版をお願いします」と頭を下げながら出版してくれる会社を探すより自分で出版社をつくつたほうがいいと考えるようになった。
 出版社をつくる決心をした私はネットでISBNコードを取得する方法を探し、狼魔人日記の江崎さんに原稿を送り添削・校正をお願いした。私は江崎さんと面識はなかった。私のブログを狼魔人日記に数回転載したことがあるだけだ。面識のない江崎さんに突然添削・校正をお願いするなんて無鉄砲なことであるが、私は時々こんな無鉄砲なことをやる人間だ。私の突然の依頼に江崎さんは快く引き受けてくれた。これもまた嘘のようだが本当の話だ。江崎さんに感謝する。江崎さんがいなければこんなに早く本を出版することばできなかった。
 自費出版を断られた時、私は原稿をブログで公開した。すると、琉球王国の士族の人口比を5%にしてあることが間違いであることを篠原章さんが指摘してくれた。篠原章さん、ありがとう。
 ブログを通じて知り合つた多くの人々がこの本の出版の後押しをしてくれた。とても感謝する。
 シロウトがつくつた本だ。少々の失敗には目をつむってくれ。
 江崎孝 狼魔人日記・http://blog.goo.ne.jptaezaki160925
 篠崎章 批評・COM・http://www.hi-hyou.com/
 
 民間の出版会社で言論封殺があるのはとても残念である。沖縄の出版界は表現の自由の先頭に立ち、法を犯していない限り、思想的な内容で自費出版の是非を決めるのはなくしてほしい。
 (2012年7月30日発行) 

 いい気なものではないか?そもそも、沖縄に米軍基地の大部分を押し付けている日本国に「民主主義」が在るのと言うのか? ワラーサンケー。

 篠原さんは、3年以上前からヒジャイと協力関係が有ったわけである。そして(作家としてのプライドを傷つけてしまうと思うが)、大久保潤氏との共著の内容においても、ヒジャイ・マテーシや狼魔人の思想を受け売りしているのではなかろうか。
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コメント

篠原氏の土俵

 和田さん、貴兄が努力して、交付金、支出金を調べて篠原氏に異議を申し述べて下さっている事に敬服します。
だが、それは所詮、沖縄の基地問題に関しては、本質からはずれた議論です。細々とした財政事案に搔かずり合う事は、経済学者である篠原氏の土俵に上がる事でしかないです。モチはモチ屋で、素人は適当にあしらわれかねません。
この記事上で、和田対篠原の議論を延々と続けるのは、篠原氏の喜ぶ処となるでしょう。終わりにしては如何ですか。

「うらそえ文藝」で、ましこひでのり氏が大久保・篠原を名指しして、論考を寄せてます。アップしました。

http://keybow.co/urasoe/masiko.html

それを基に、記事を更新しますので、コメントはそちらの方にして下さい。

再び和田さんの問題提起について

和田さん

説明に至らぬ点があったことをまずはお詫びします。

順序が前後しますが、最初に公会計(財務諸表)における自治体の公共資産について説明させていただきます。
公共資産は、和田さんのおっしゃるように国富ではありません。篠原の前稿でも国富ではなく「自治体所有の公有地や建物」を前提に書いています。貸借対照表における有形固定資産がそれです。その有形固定資産の大半を占めるのは道路です。自治体の建設した「ハコモノ」は道路に比べれば微々たるものです。
面積の広い自治体は、一般的にいって住民も各所に点在する傾向が強く、したがって道路延長(距離)も増えますので、面積の狭い島嶼県である沖縄と面積が広く山間地が広がる島根県との比較は、あまり適切でないと判断して、平野部が多く面積も沖縄県に近い佐賀県を比較の対象として選びました。比較の結果は前稿で示した通りです。

次に「交付金は生活保護の意味と、現行の消費(貧富の差による)と収入の差の補填の意味が混在している」というご指摘について。
地方交付税交付金は、和田さんが一つ前のコメントで指摘されたように「最低水準の行政サービス供給を保証」という意味合いがあることは確かだと思います。ただし、生活保護費については、国の行政事務を自治体(市町村)が代行しているに過ぎず、その四分の三は国庫支出金で手当てされています。残りの四分の一は各自治体の負担ですが、自治体負担を考慮して地方交付税交付金の算定の際の基準となっています。現行制度の枠組み上はほぼ全額国が負担していることになります。もちろん過不足は生じます。たとえば、近年の貧富の差の拡大によって、国の手当てした財源では生活保護費が不足する自治体も続発しています。この点についていうと、制度の根本的な見直しはいずれ必要になるかもしれませんが、地方交付税交付金の現行の枠組みを前提にすれば、和田さんの指摘される問題とは性格を異にすると思います。

なお、篠原の前々稿では「国庫支出金こそ問題」と申し上げましたが、これだけでは説明が不十分でした。国庫支出金にも三つの種類があり、篠原が問題としたいのは、主として公共事業(建設事業)に使われる「国庫補助金」です。

さて、より多くの資金を必要とするインフラ整備について一言。
現行の交付税の仕組みの下では「インフラ貧乏県はいつまでもインフラ貧乏県のまま」という和田さんのご指摘にも一理ありますが、交付金で手当てされるのは主として一般的な道路の維持管理であり、新規の大型工事などの大半は国庫支出金によって手当てされます。沖縄が振興資金という名の国庫支出金(国庫補助金)によって道路港湾などを整備してきたことは事実です。「貧乏県」であることを考慮して国の補助率も(たとえば5割でなく9割というように)高く設定されています。その結果、90年代までに大方のインフラ整備は終わっていると判断して構わないと私は考えています。前稿で引き合いに出した指数を見ても、他県に遜色のないインフラが整備されていると考えていいと思います。
にもかかわらず、土木建設を中心とする振興策が依然として続けられている現状は、やはり見直す必要があると思います。沖縄の所得水準を向上させるには、「麻薬型」の振興策ではなく、抜本的な産業振興策をとったほうが望ましいのではないかというのが篠原の見解です。

Re公共資産等

少し私の議論とずれているところがあります。 私は個人にたとえて交付金は生活保護の意味と、現行の消費(貧富の差による)と収入の差の補填の意味が混在していると言っている。   個人の現行消費に相当するのは自治体の経常経費であり、その計算の基になる基準財政需要にはインフラを基礎にしたものがけっこうあるいっています。   沖縄経済は自然経済に近い面があるから、インフラ整備が遅れていることはないだろうかとして、貸借対照表を持ち出しました。  土地の広狭による公有財産の多寡を語っていますが、ここで問題とするのは国富(民間不動産などをも計算した時価総額数千兆円)ではなく、自治体所有だけの公有地や建物だけが公有財産になりますので、自治体所有の博物館などの箱物・道路その他だけに限った議論をすべきです。  

整理する。
いろんな階層に分解した人口との行政需要部分(基本財政需要の一方の柱)は生活保護費に似ています。
しかし、インフラに関する行政需要(基本財政需要のもう一つの柱)は既存の格差を肯定した上で、富裕県には富裕県としての高い行政需要、貧乏県には、貧乏県として低い行政需要が算定される仕組みになっているということを言っている。 

訂正

前稿での記述に大きなミスがありました。申しわけありません。
以下のように訂正したいと思います(下線部)。

【正】「県が公表する貸借対照表を見ると沖縄県の公共資産は3兆1831億円。 島根県3兆305億円」というご指摘をいただきましたが、公共資産の内訳の過半は土地台帳にもとづいて計算される土地価格(有形固定資産)です。したがって、人口と県土面積の関係によって公共資産の金額は変化します。比較の対象とされた島根県は6708平方キロの面積がありますが、沖縄県はその三分の一の2281平方キロです、もし比較するとすれば、ほぼ同様の面積である佐賀県(2442平方キロ)のほうが適切だと思われます。

和田さんの問題提起について

和田さん
有益なコメントをいただきました。ありがとうございます。
当方の説明不足の補足も含めて、お答えしたいと思います。
和田さんのご指摘のように、一人当たり税収等も沖縄県が最下位です。
したがって「 地方交付税は基本財政需要に不足する財政上の補填。素人が考えると貧乏県なのに何故補填が少ないという疑問がわく」というのはごもっともです。
また「基本財政需要算定項目は、大きく各性質別人口を基準とする経費とインフラ維持管理の経費に分かれる」「基本財政需要には下水道人口、道路の延長などインフラの多寡により需要額が増額する費目がかなり存在する」というご指摘も、システムに対する正しいご理解です。
ご存じの通り、基準財政需要額の計算方式は、
単位費用× 測定単位× 補正係数
であり、算定項目は都道府県で25項目、市町村で38l項目あります。項目については、道路、下水道などインフラもありますが、教育や福祉なども幅広く含まれています。基準財政需要額については、上記の計算式をもとに全国同様の条件で算定されています。ただ、補正係数が事実上ブラックボックスになっており、基本的に公開されていないため、沖縄にかぎらずさまざまな自治体の疑惑を呼ぶことが多いのですが、篠原が役所に確認したところでは、「沖縄県に差別的な補正係数を適用することはありえない」という回答をもらっています。
沖縄県の基準財政需要額が相対的に少ないのは、一般に人口が本島南部に密集していることが大きいと考えられています。人口密度が高い自治体が多いため、行政効率が他県よりも高いということです。山原や離島は行政効率が低い地域ですが、そもそも母数となる人口が少ないため、県全体の基準財政需要額を押し上げるところまでいっていません。
「沖縄県は振興資金(国庫支出金など)のおかげで、道路整備などが十分なされているため、基準財政需要額の算定に当たって不利な立場に置かれている」と考える方もいますが、基準財政需要額における道路整備費はおもに維持管理の経費であり、道路延長が相対的に大きければ、算定額は増額されることになります。が、沖縄の場合、面積の狭い島嶼県ということ、人口密集地域が限られているということなどにより、道路延長・面積は相対的に小さく、この部分での需要額は相対的に小さく算出されます。これに対して、高知県や島根県は山間部の過疎地域が多く、道路延長・面積は沖縄より相対的に大きく算出されることになります。
他の算定項目については、人口や教員数、警察職員数などの人員数が算定基礎となっているケースが大半ですが、やはり地理的・人口学的条件(県土面積の大きさ、人口集中の度合い)に左右されます。狭小な県土面積、本島南部への人口集中などの要因から、効率的な行政が可能だと判断されていると思われます。
上記のような理由から、基準財政需要額が相対的に小さく計算されていると考えて差し支えないと思います。
また、基準財政収入額ですが、ご指摘の通り地方税納税額に左右されます。地方交付税は、
基準財政需要額ー(基準財政収入額(地方税等)×75%+地方譲与税)
という算式で計算されますから、「地方税徴収額が少ないのに交付金が少ないのは解せない」というお疑いはわかります。しかしながら、沖縄の場合、「基準財政需要額自体が相対的に少なく計算されるため、交付金額が少なく算定される」というのが、一般的な考え方です。離島などの場合はこの限りではありませんが、そもそも人口も予算額も小さいため、沖縄県全体の数値を押し上げるには至りません。
個人的には、現行の交付税計算方式には反対です。むしろさらに財源移譲を進めることによって、沖縄県のみならず地方の財政体質を強化できると考えています。
和田さんが最後に取り上げられた公会計制度ですが、これはまだ実施から数年しか経っていない制度で、県ごとの比較が必ずしも十分出来ません。
「県が公表する貸借対照表を見ると沖縄県の公共資産は3兆1831億円。 島根県3兆305億円」というご指摘をいただきましたが、公共資産の内訳の過半は土地台帳にもとづいて計算される土地価格(有形固定資産)です。したがって、県土面積が大きければ大きいほど、公共資産の金額は膨らみます。比較の対象とされた島根県は6708平方キロの面積がありますが、沖縄県はその三分の一の2281平方キロです。もし比較するとすれば、ほぼ同様の面積である佐賀県(2442平方キロ)のほうが適切だと思われます。
試しに、1人当たりの公共資産について人口約84万人の佐賀県との比較を行った結果、
佐賀県2,623,679円
沖縄県2,941,227円
という結果を得ました。沖縄県の1人当たり公共資産のほうが佐賀県よりも高いことになります。
沖縄県のインフラが未整備だとのご指摘も頂きましたが、たとえば道路舗装率は85.9%(18位)で全国平均78.5%を上回っています(最下位は岩手の58.2%)。下水道人口普及率は69.9%で全国平均77%を下回りますが、九州四国地区では、福岡に次いで二番目に普及率が高い県となっています。
その他のインフラ指標を見ても、沖縄が最下位または最下位グループにあるものは少なく、インフラ整備を名目に振興策を要求するのはすでに困難となっていると思います。

基本財政需要の仕組み

篠原氏の「地方交付税は人口や財政規模などの要素を下に機械的な計算で交付されますので、比較に含めることに意味はありません」に異議あり。 読んだ時点ではそんなものかと思ったが、しばらく考えると何かおかしい。沖縄県民一人当たり県民所得は最下位。ならば、一人当たり税収等も最下位の可能性が極めて高い。 地方交付税は基本財政需要に不足する財政上の補填。素人が考えると貧乏県なのに何故補填が少ないという疑問がわく。
基本財政需要とは、その自治体の基本的需要と考えて良いが、機械的に算出されることで分析が終わりとはならない。

税収最下位の可能性が高いにもかかわらず、沖縄の一人当たり地方交付税が最上位でないのにはわけがある。
機械的な計算という記載で、一般人は個人にたとえて生活保護の基準となる標準又は最低生活費のようなものを想起するだろう。そのような部分もあるが、基本財政需要算定項目は、大きく各性質別人口を基準とする経費とインフラ維持管理の経費に分かれる。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000363663.pdf
上記2頁のとおり。
 国から自治体への地方交付税以外の補助金等は、経常経費以外の固定資産形成と消費支出。 
結論的にいって、地方交付税には行政の最低サービスを保証するといった個人でいえば、生活保護費のような費目と、現在のその個人の生活水準を維持するための費目(資産家と貧乏人で異なる)どちらもある。

基本財政需要には下水道人口、道路の延長などインフラの多寡により需要額が増額する費目がかなり存在する。私の地元自治体では下水道人口を長年にわたって国に過大な申告をして国から地方交付税返還だけでなく罰金を10年以上遡って支払わされたことがある。

実例で説明しよう。沖縄人口約140万。島根約70万。高知約74万
 http://grading.jpn.org/y0513005.html
上記により、沖縄県の基本財政需要は高知・島根の人口比に遠く及ばない。これは都道府県だが傘下の市町村基本財政需要ランキングも検索できる。それによると沖縄市町村基本財政需要は約2,530億円、島根は約1,867億円。 沖縄は人口比に遠く及ばない。
原因はインフラ整備にある。年度は異なるが、県が公表する貸借対照表を見ると沖縄県の公共資産は25度3兆1831億円。 島根県24度3兆305億円。
結論的に沖縄の一人当たり累積インフラは他都道府県に比べて格段に低いことになる。
この差を埋めるにはやはり、地方交付税以外から国の支援を受けインフラを整備することも必要とはいえないだろうか。
その部分を抜いてインフラ格差があるから、地方交付税は少なくて当然という論議には乗れない。

再びキー坊さんへ

的確なコメントありがとうございます。
「補助金」という点についていえば、沖縄県は「地方交付税+国庫支出金」の人口1人当たりの金額は全国でもトップクラスとは言えない、といつも主張しますが、地方交付税は人口や財政規模などの要素を下に機械的な計算で交付されますので、比較に含めることに意味はありません。問題は国庫支出金です。国庫支出金については、震災と原発の影響を受けて一時的に増額されている福島、震災復興でやはり一時的に増額されている宮城・岩手を除けば、圧倒的にトップクラス(1位)です。その地位は20年以上変わりません。その点はやはり直視しなければならないと思います。
「沖縄だけに高いハードルを課して、これが実行できなければ、お前らは永久に米軍基地と共存して行けと言う訳ですか? 」というご批判がありましたが、けっして高いハードルを課しているわけではなく、もっと効果的なお金の使い途を考えれば、県民本意の経済財政運営も可能となるし、基地も削減されるといっているつもりです。
「オール沖縄」というスローガンを掲げて闘うよりも、現実の経済財政を見据えて基地批判、政府批判、県政批判を展開しながら、自らの未来の道を切り拓くことが必要だと主張しているつもりです。
ご指摘のように、私が示した今後の処方箋が特効薬でないことは承知していますが、これまでの沖縄県の政策に欠けているものを補う作業から始めなければ、沖縄の長期的な繁栄は望めないと考えています。

篠原さん

 コメント有難うございました。返事が遅れてスミマセン。

 貴方がおっしゃるように、>たとえ沖縄経済が停滞しようとも、「振興策はもういらない」と主張して、「沖縄が本気である」ことを示す。< という事に、私は全然賛成しますよ。
 私が沖縄のリーダーだったら、必ずそう主張して日本政府に対峙するでしょう。そして、そんなリーダーに県民が「オール沖縄」として付いて来るのなら、辺野古には新基地は絶対に造れないし、米軍基地はどんどん減少して行くでしょう。
 しかし、そんな主張をする人物が、沖縄でリーダーに成れる事はありません。つまり、県知事にも国会議員にも当選できないです。当選した翁長知事は、そんな姿勢で選挙に臨んだのではないでしょう。

 貴方が前コメントで提案した具体的方策は、沖縄人が完璧に実行する事はあり得ません。利己的に目先の利益を得たい層が少なからず存在するからです。辺野古の住民は移設賛成が大多数と云うのは事実でしょう。移設が実現すれば大金が何かの名目で渡されるだろうからです。漁協は一人数千万円の保証金を既に貰ったようです。
 科学技術大学院大学も、沖縄の政治家達は役に立つかどうかも判らないままに、金が入ってくるから誰も反対しなかったのでしょう。

 貴方が提案する事そのものに異議はありません。が、その提案は、沖縄を基地依存から脱却する有効な方法だとは思えませんね。大体そんなに気高い精神で、運営されている道府県が他にあるのですか?米軍基地のない県で、沖縄よりも手厚く振興金や支出金を貰っている県もあるはずです。沖縄が図抜けて振興金を貰っているのではありません。
 なのに、沖縄だけに高いハードルを課して、これが実行できなければ、お前らは永久に米軍基地と共存して行けと言う訳ですか?

 我が嘉手納も、前町長M(宮城徳実)の安直な拝金行政により、変貌してしまいました。それは嘉手納基地を恒久化したい政府の勧誘でそうなったのです。嘉手納基地が解放される可能性はもう無いでしょう。この場合もMがそれを「振興策はいらない」と断らなかったから沖縄が悪いのだと、おっしゃるのでしょうね。

 本質からずれた基地依存脱却論を言われたら、ヘイトスピーチを別の言葉で聞かされた気分になります。

キー坊さんへ

沖縄経済に対する現状認識は、キー坊さんと大差ないと思いますが、県議会だけでなく,沖縄のメディアや実業家の一部も、誤った認識(基地がなくなれば沖縄は豊かになる)の下に、基地返還を要求しているのはご存じの通りです。このような夢物語は人々を惑わすだけです。
たとえ沖縄経済が停滞しようとも、「振興策はもういらない」と主張しない限り、返還・撤去の要求はリアルに受けとめられません。「沖縄が本気である」ことを示すには、これ以外にないと思います。全国の納税者にとっても説得力ある基地反対運動になると考えています。反対運動を展開する一方で振興策を要求するような現状は正常とは言えません。
「振興策はいらない」という要求が実現したからといって、政府の補助金がゼロになるわけではなく、過疎地振興・離島振興のための補助金を始め、一部の補助金は維持されます。決算を見ると、現在でも、例年3割前後の振興策が使われないまま繰り越されたり、国庫に返還されたりしているのですから、振興策がなくなっても、自治体として必要な規模の財源は確保できると思います。
沖縄に限らず、所得再分配の状態は、地域によって大きく異なります。裏を返せば、県が一丸となって適切な再分配政策をとれば、県民の暮らしはより豊かになる可能性があります。ところが、沖縄県は従来こうした再分配に大きな関心を注いでこなかった思います。経営者が正規雇用を増やし、従業員により多くの利潤を分配するようなシステムを採用するだけで、所得再分配の状況は改善されます。福祉政策についても、まだまだ工夫の余地があります。
新しい産業を興すことはなかなか難しい作業ですが、何よりもまず教育レベルの改善が急務です。これまでは教員の数を増やすなど、量的教育支援が重視されてきましたが効果はありませんでした。産業発展のためには、理数系・技術系教育に力を注ぐことが第一だと思います。他県・多地域との競争力を増すためには、文理のバランスがとれた教育システムが必要ですが、これまでの沖縄にはそのような考え方も薄かったと思います。「国際化」も名ばかりで、実効性のある国際化教育も見あたりませんでしたから、異文化交流教育の機会ももっともっと増やすべきです。
職業教育も重要です。たとえば、、沖縄のIT産業には8000人が従事していますが、そのうわけのほとんどはコールセンター業務で、「技術」と呼べるものはけっして育ちません。ITにふさわしい技能技術を身につけるための新たな職業教育のシステムを導入することが、沖縄の産業振興のための近道になると思います。IT技術と食品、観光、伝統工芸、貿易業務などを直結させるような職業教育の仕組みも必要だと考えています。
国の資金をふんだんに注ぎこんでいる沖縄科学技術大学院大学も大幅に改組すべきです。先端技術を移転させる仕組みも土壌もないのに、数百億をつぎ込むだけ無駄です。大学院だけあって、学部教育が存在しないのも、沖縄にとっては大きな損失です。有能な科学者をいくら世界から集めても、彼らは地元の祭に出る程度の交流しかしていません。多額の給料を払って科学者を集めるより、理数の初等中等教育の有能な人材を集めて、小中高で教えさせるほうがどんなに効果的か。
その意味で西普天間の先端医療施設も無駄金になると思います。必要なのは、きめ細かい医療ケアを伴った高齢者施設です。全国から余裕のある高齢者を集める医療福祉体制を構築するほうが、はるかに地元に発展に寄与すると思います。
まだまだ細かいプランはありますが、いずれ機会があれば、まとめてみたいと思います。

経済自立より基地撤去が先

和田さん。米軍基地からの脱却を果たすために、経済自立の上で色々なアイデアが考えられてきました。だが、今のように沖縄本島に米軍基地の大部分が置かれている限り、沖縄の経済的自立はあり得ません。だからと言って、米軍基地が無くなれば、沖縄は経済的に発展できるなどとは、私は言うつもりはありません。もしかしたら、ヒジャイが言うように、何の産業も育たず、奄美並みに人口激減してしまうかもしれません。

しかし、米軍基地がある限り、沖縄は経済的に自立する事はないです。何故なら、日本国のエスタブリッシュメントは、沖縄に米軍基地の大部分を置く形で対米従属し、国内における支配者の地位を維持する事を国是としているからです。

沖縄を自立させない事によって、米軍基地がある故の政府自補助金、振興金などに頼る経済構造に仕立て上げているのです。「米軍基地がなくなったら、お前ら食っていけないぞ」と彼らは言いたいのでしょうが、麻薬漬けになって死に行くより、取りあえずそれからの脱却が先です。経済自立は後でもよいと、私は思います。辺野古基地建設を許したら、「沖縄族」は脳死状態になるでしょう。

「沖縄の不都合な真実」の半分以上は、目次見ても判るように経済に関する内容です。
沖縄は基地が置かれている事を利用して、たんまり政府から振興金をせしめているのに、それは一部の階層に占められて、沖縄全体は相変わらず貧しいまま…。ヤマトの我々が払った税金を無駄使いしている…。と、著者二人は言っているのです。
http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/blog-entry-393.html

篠原さん、貴方が書いた第三章「基地がなくなれば豊かになるという『神話』」は、正に正鵠を突いた批判ですよ。しかし、基地反対勢力の人間でも、あの理論はバカだと思っているのです。抜け作の揃いの沖縄議会のお偉方たちは、売郷奴のヒジャイやヘイトスピーカーの貴方達に、格好の貶し材料を提供してくれたものです。どうぞこれからも、それを持ちだして貶して下さい。

貴方も大久保氏も、税金を無駄使いする「米軍基地依存から脱出しよう」と言いますが、それについて、貴方がたなりに、有効と思う方法があるのなら、ご披露してみたらどうですか?ありますか?ないでしょうね。腹の内は全く違う事を考えているのですから。

和田さんへ

島嶼経済、沖縄経済の過去と現状に関する和田さんのご指摘はそのとおりです
小著も概ね同様の認識に立っています。
ただ、小著では、沖縄県の指導者・識者や沖縄のメディアの多くが、その現状認識を欠いたまま、あるいは夢想的な沖縄像を掲げながら、論を展開していることを問題にしているつもりです。
まずは正しい現状認識を持つことから、未来を語ることが大切だと考えています。

離島経済

篠原氏は交友関係などでなく自分の論旨を評価・評論せよと言うだろう。もっともなことで分かる範囲で少しずつ検討しよう。近代以降、日本の主要4島以外の島の経済指標が4島以上に勢いがある(あった)事例は非常に少ない。例外の一つは通称「軍艦島」。かつて、石炭は黒ダイヤと呼ばれエネルギー供給の根幹を占めた。少し以前まで佐川急便の手取りの絶対額が多いとして人が集まった。同じような感覚で炭鉱労働は長時間で危険も伴うが、人を集めることが出来た。 製造業の工場労働者として離島に通勤する人を集めるのは給与の絶対額と利便性から困難。 瀬戸内海の島など、三本の橋が出来ても人口流出が止まらない。
沖縄から見ての周辺離島も本島以上に過疎化を進めてきた。戦後ある時期の奄美も求人性から沖縄に引きつけられたのではなかったか。

基地と観光が所得の主要部分という沖縄経済認識は誰が分析しようが変わらない。そのことは、ハワイやグァムと共通だろう。
産業振興事業はどこの自治体でも(制度的なもの、国から補助を受けるもの、自治体独自に行う自主事業)しているが、おしなべて形骸化しイベントやアンテナショップなどに補助金導入や委託金を支払うものが多く、普及効果に欠けるバラマキ的性格のものも多い。
数年前の沖縄県の包括外部監査報告書の監査テーマは確か産業振興だった。沖縄の包括外部監査報告に興味があるというより、オンブズマンの包括外部監査の通信簿作成のノルマであるから、他の自治体の産業振興策にかかる包括外部監査報告書も累積で10件は読んでいるが、有効性のある振興策はあまり検出できていない。

沖縄は最近まで憑依型シャーマン=ユタが根を張っていた地域であり、ある種の保守性(原始的共同性)が残っていることも事実でその意識が農業従事者減少率を、他府県に比べて緩慢とさせる一因ではある。しかし、離島の特性として大規模製造業が進出しがたい要因のほうが強いだろう。
世界的に前近代はヴェニスのような仲介貿易地が栄えたが、グローバル化が進んだ現在、シンガポールのような大陸の端で多方向を向いているという地政学的要素がないと無理であろう。

私のつたない頭では沖縄経済が浮上するための方策として電車網を整備し、デズニーランドを越えるレジャー施設を誘致するくらいしか思いつかない。 当然本土資本だから直接的には給与所得が増える効果でどれだけの波及力があるかは疑問だが。
結論的に、篠原氏は沖縄経済の実情について特別変わったことを語っているわけではないし、適切な処方箋を提示しているわけでもない。

準備万端か

ヒジャイが持ち込んで断られた原稿は出版された著書と同一だろうか。出版社はおそらく原稿をヒジャイに返還したと思われ、真相は曽野綾子のある神話の背景にかかるノートやテープと同じく公開されることはあるまい。 

日本の保守派がアメリカの新聞などに南京虐殺はなかったなどの広告を出そうとして時に断られることがある。他の新聞には掲載されることもある。弁護士が負けるとわかっているとか、勝たせたくない依頼人の弁護を断ることは違法ではない。東京裁判で日本政府や南京占領兵士が否定しなかった南京虐殺を25年程度経過して否定するのは、究極の後出しじゃんけんであり新聞社が断っても言論弾圧とはいえない。
区別なく朝鮮人を殺せと叫ぶ在特会の言論が規制されたとして、言論弾圧とはいえない。
ヒジャイが持ち込んだ原稿と照らし合わせて始めて、それが非常識な広告宣伝の類いであったかどうか判断できるが、照らし合わすことはおそらく将来も出来ない以上、言論弾圧かどうかも保留せざるをえない。

私が奇異に思うのは、2012年5月17日付けで自主出版の断り文書が来て早くも7月30日には出版社を立ち上げて出版したという手際の良さ。 素人の一個人が単に馬力だけで出来ることなのか。組織性と計画性どちらもないと無理ではないか。 試行錯誤で相当な時間を費やすのが普通ではないか。自主出版が断られることを始めから狙った可能性がある。
というのは、曽野綾子がある神話の背景の復刊を企て復刊要望を出口確という中学生を自称する者がインターネット上、最初の要望書を出したが、必要数に迫った頃合いにクライン孝子が最後のお願いみたいな書き込みをしていた。 不審に思った私がクライン孝子のインターネットのプログを調べたところ、山口確の要請の一週間程前海竜社で曽野綾子とクライン孝子が会ったことを自ら書き込んでいた。今この部分は削除されているが、証拠として印刷したものは保管している。 要するに復刊は曽野綾子とクライン孝子の自作自演だったのだ。 
こんなものもある。
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51793302.html
ヒジャイの出版より、1年後のものではあるが沖縄に言論弾圧があるとして非難する活動が計画的に行われていたことは間違いない。
照屋昇雄、宮平秀幸などの偽証も新しい教科書を作る会や三欣会(会長恵忠久)などと(赤松が曽野綾子とうち合わせを続けたように)計画的に行われていることを彼ら自身隠そうともしない。
ヒジャイは反米右翼ではなく、篠原氏も近代化に関心があるように語る。

しかし、私は、数年後彼らが、吉田松陰が勤王僧宇都宮黙林に洗脳されたように、(天下は天下の天下なりから天下は一人の天下なりへの転向)保田與重郎ばりの日本浪漫派に変身している可能性が見えてしかたがない。

ありがとうございます

キー坊さん
各家のそうした歴史が語り継がれると言うことは大切なことですね。資料があったとしても確認できないことが多いですからね。
集落による地域差なども大きいでしょうから、口承される歴史の集成に大きな興味を引かれます。

サムレーも生業は百姓

小生の本籍地の集落は、第一尚氏の血筋や家臣だった人達が、屋取りで移住してきたと言われており、名前に「朝」の字が付く一門が多いです。
私の一門は元々の土着の百姓で、肥沃な土地で農耕をしてたのですが、屋取りしてきた一族はやせた土地を開墾したようです。その集落は大方滑走路となっています。

ヒジャイのブログなどを読むと、彼の読谷の集落は米人家庭(モーガンマナー)地域に近く、アミリカーと接触する機会が多かったのだろう。原体験がアメリカ好きにさせたのでしょうね。

サムレー

士族の人口比が半数というのは驚きです。
というのは沖縄戦の住民証言では士族出身であると書いているものが少数だからです。
首里の名門なら苗字で分かりますが、それ以外は家がヤ-ドイにあると書かれていたり、祖父母が士族出身であると書かれていたりします。
感覚的には10%にも満たないような気がしますが、私が気づいていなかったり、文章からは分からないのかもしれません。
戦時証言では公的機関の職員に士族出身者が多いような気がします。

篠原氏には学者なのだから当然ですが、学会で論文を定期的に発表し続けていただきたいものです。
起死回生に「沖縄の不都合な真実」では『絶対』に浮上出来ません。
例え、そこいら辺に生えている草をむしって食べるような生活でも、学者の道を進むべきです。
私も10年以内に本を出版しようと思っています。
後世の研究者の参考文献になるような本にしたいと思います。
独りよがりのくだらない本では困るので、修論としてまとめるか、某大学の先生にご指導をお願いしたいと考えています。
(沖縄)県産本になるかもしれません。
敗残兵のような人生を送っている私でも、世間の風向きに乗って自分を認知してもらい、うまい事浮上しようなどいう櫻井よしこや自民党の女議員みたいな屑にはなりたくない。
篠原氏は早速、学会で発表する論文執筆に取り掛かるべきです。

ご意見わかりました

キー坊さんの身分差別の問題についてのご意見、承りました。
この点について正確に調べるのは限界がありますが、キー坊さんのご見解も尊重しながらいずれ資料を見直してみたいと思います。

>この辺に、沖縄と大和の差異が有ると私は思っているのです。 と、
先輩三人は読谷の生まれですが、私は嘉手納の生まれです。当時両村で高校一つでした。よって今考えればマンモス高と言ってよいですね。

私が言いたかったのは、ヤマトの人は自分が百姓である事を素直に言う事である。それほど、差別意識が強かったのだと思う。
沖縄はその辺の区別が曖昧である。だから、士族50%という数字も出てくるのである。身分差別が大和とは違って、緩やかだったのだと言いたかったのです。

素朴な疑問

読谷高校には1000人も在籍していたんですね。驚きました。
よくわからないので、できれば教えていただきたいのですが、沖縄戦の時米軍が上陸した場所で、米軍基地が多かったから、読谷出身の方々は政治意識が高いんでしょうか? 反米感情も強いが、親米感情もあるといった土地柄なんでしょうか?

士族について

一部の士族だけが禄を食んでいたことは確かなようですね。無禄の士族のほうが圧倒的に多かった。だから、屋取りする士族、商いに精を出す士族もたくさんいたのでしょう。が、士族は税負担を逃れることができました。この点が、ハルサーとは決定的に違うところだと思います。

ヒジャイらを知らなかった。

年の順に、慶子、昌一、ヒジャイ、小生ですが、皆団塊ですね。だが、千人も居た高校だから、在籍中は他の三人を知らなかったです。あまり目立たない人達だったのでしょう。
まあ、ヒジャイのような異種人が出て来るのも、世の習いというものでしょうね。

>琉球の士族人口は幕末で50%
ヒジャイの本では、25%強としてますね。それよりも多いという事が後で分かったという事ですね。
だが、50%の士族が他の平民に寄食していたという事ではないでしょう。士族を称するかなりの部分が、地方に屋取りして糊口をしのいでいたのです。
単純に言わせてもらえば、ごく一部の士族(サムレー)を除いて沖縄人の大部分は百姓だったのです。この辺に、沖縄と大和の差異が有ると私は思っているのです。

ご批判について

キー坊さん
ヒジャイ氏さんのブログは参考にさせてもらっていますが、彼の主張を受け売りしようとは思っていません。彼のブログに、数字的なミスがあることに気づいたので、それをコメント欄で指摘させていただいたまでです(もっともその指摘も後に誤りであることに気づきました。琉球の士族人口は幕末で50%でした)。キー坊さんにもデータのミスがもしあれば、僕のほうから指摘させていただくこともあるでしょう。
ヒジャイさんの主張には敬意を払っていますが、キー坊さんの主張にも敬意を払っています。基本的には是々非々の姿勢で臨んでいるつもりです。
大久保さんは共著者ですから、互いに影響を与えあっています。受け売りではなく、名実ともに共著なのですから、当然と言えば当然です。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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