2017-10

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暴力団国・「日本」

 翁長雄志知事が今日、稲嶺進名護市長、国会議員、県議団、経済人を同行して、訪米する。大田知事の時代、米軍基地の縮小などを訴える為に、数回訪米したが、何の効果もなかった。今回もアメリカ政府は聞く耳を持たないだろう。それでも、国内外向けのパーフォーマンス効果はあるだろうから、意味のない事ではない。

 ところで、菅義偉官房長官が26日の閣議後会見で、「翁長雄志知事が名護市辺野古の新基地建設で埋め立て承認を取り消した場合でも、工事を進める考えを示し「辺野古を断念するのは普天間飛行場の固定化を容認することにほかならない」と述べ移設の必要性を強調した、という。

沖縄タイムス5月27日    知事訪米 同行メンバー

 例によって、「普天間の固定化を回避」を口実に、辺野古に最新式の飛行場を造る事に強い意志を示している。
 知事が「承認を取り消し」を表明した場合には裁判を起こして、裁判継続中にも埋め立て工事は続行すると言っている。「粛々」という言葉は使わないものの、より強い態度を示したわけである。

 沖縄県民の大半、沖縄だけでなくおそらく日本国民の大半も、政府の沖縄に対する姿勢は理不尽なものと思っているだろう。辺野古に赴く抗議の人々への、海上保安庁・県警の機動隊の暴力的対応はヒドイものらしい。こんな政府のやり方に対して、日本国全体に政府批判の機運が盛り上がらないのは、これが沖縄の問題であり、国民の身近な問題であるとはヤマト社会の人々が感じてないからである。また、マスコミは少数の例外を除いて、政府への批判をしなくなった事も大きい。

 篠原章氏は「沖縄は言論封殺社会」だと著書で非難しているが、あなたは何処を見てそんな盲論をのたまわっているのだと言いたい。

 安倍晋三を初め、閣僚の品相の卑しさが目立つようになっている。まるで暴力団の面相ではないか。
知事の作業停止指示に対して、一時停止の措置を取った林芳正農水省、何がナンでも辺野古基地建設を強行しようとしている中谷 元(はじめ)防衛相、そして、プチ般若の菅大臣、どれも見るに堪えない暴力団面である。

       林          nakatani gen

 この暴力団は自分の度胸と力で、沖縄に対する強行措置、或いは国民に対して戦争法案を押し付けようとしているのか?そうではあるまい。アメリカという大親分(オバマ政権ではなくて軍産複合体)の後支えがあるからである。いや、後支えと言うよりも指令があるから、それら無理な事案も強行せざるを得ないのだ。安倍首相以下、彼らには僅かの度胸も度量もないから、かえって躊躇なく強行できるのである。
 いやはや、こんな人間たちが、「美しい国」日本を導くリーダーなのか。
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コメント

狼魔人情報から

http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/95beecb41180087870915cc32c438f86
ここには、「このような激しい抗議に遭っては、普通の定期船ではとても渡嘉敷島に渡ることができないと判断し、渡嘉敷行きは諦めかけていたが、翌慰霊祭当日、伊礼蓉子氏(旧姓古波蔵、戦時中、渡嘉敷村女子青年団長)のご主人が、迎えに来てくれ舟を出してくれた。たが、結局、赤松氏はさらなる騒動を避け、島には渡ることはせず、島の入り口まで行って、慰霊祭への花束だけを託したという。
」との記載があり、その後赤松は那覇で伊礼蓉子と会ったと思われる。

次に
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/c69ae488d47abce9a3e9dadeeae2deb6
Kは伊礼蓉子だが、私は従来、以下のKの記述は矛盾しいていると考え、後半は伊礼蓉子以外の人物の誤植と考えていた。
「K 27日でした。再び防衛隊がやってきて、米軍が上陸したので、恩納河原をはなれて、本部の方に避難しなさいと命令してきました。しかし、私たちの家族4名は、私が、母を背負っているものですから、難儀しないようイズン川筋にあった、ナガスジに壕を掘ってあったのでそこに行きました。ウチマシ(屋号) の壕とは隣同士でした。
G 私たちもそういうことで本部に行ったのですが、そこには、4百名くらいの人がいました。
K 命令は、私たちの場合は聞きませんでした。人々が、特に私たちの近くを阿波連の人たちがぞろぞろ行くものですから、私たちもそうしただけでした。」

前半のKは命令を聞いたように語り、後半では聞いていないという。
注目点は他にもある。蓉子は母を背負って恩納河原に居たようになっているが、川名紀美氏の聞き取りに拠れば、母は自宅に止まっているということのようです。

沖縄密約が新聞記者の男女関係にすり替えられたようなことがあって、伊礼が赤松の愛人という説の存在すら忘れていたが、赤松隊では軍民雑居を拒否しているのに伊礼だけが赤松等数人と壕から出てくるというのが事実であれば、実に奇妙なことです。

考えてみれば、取材者が初めて会う面々との匿名座談会では、取材者に通常名札を掛けるもので、伊礼はKの名札を掛けていたのであろう。
今、改めて伊礼の証言を検討すると、伝聞が多いことに気づく。松川の兄さんについては、口を滑らせたのだろうが、虚実絡めたもの言いは曽野綾子と相似形でもある。

伊礼の母が実家に踏みとどまっていたのであれば、伊礼蓉子の話はほとんど信用できず、秘密を隠している可能性が高まる。

源啓美さんの証言

 阪神さん、私は、古波蔵蓉子が赤松の愛人であったとは思いもしませんでしたね。

なぜなら、曽野・『集団自決の真実』の95頁には、赤松の手記として、「一月中旬、蓉子さん、かねての婚約者にして予の宿舎の一人息子にして、中支に出征しある与那嶺曹長と写真結婚をなす……」という記述があったので、まさか赤松とそんな関係にあったとは想像しなかったのです。蓉子はその人とは戦後、結ばれる事はなかったようですが。

 しかし、その姪の啓美さんが「かつて赤松隊長の恋人とささやかれていた伯母…」と語っているとすれば、信憑性がある事になりますね。蓉子は隊中枢に関わっていたので、住民の「集団自殺」を予見できたのでしょう。つまり赤松隊長は、住民が自決することを予想していたのであり、自決しても構わないと思っていたとの傍証にはなります。
もし蓉子の情報によって、その家族がニシヤマに行かなかったとすれば、それは犯罪的です。

 軍国青年女子であった蓉子は隊長の愛人となっていて、住民が集団自殺してもしかたないとは思っていたが、自分の家族の命は守りたいと思っていた事になりますね。

キー坊さん

川名氏の記載は直接はありませんでした。
伊敷氏が「女も戦争を担った」を読んで、新証言者として紹介したようです。

和田さん

従軍看護婦が首里司令部まで入ってくる話を読んだ記憶がありません。
一般的にはありえません。
看護婦は野戦病院にいるものです。
司令部壕は野戦病院ではないので、三角巾で吊るす程度の治療しか出来ない伊波のような役立たずが司令部に常駐するはずがありません。
伊波苗子は従軍看護婦だったと言っていますが、従軍慰安婦だったから司令部壕に居れたのでしょう。

阿波連部落北山移動の分裂

女子青年団長の名前はいわずとも分かります。蓉子氏ですね。さて、阿波連部落の移動は二グループに分かれ、最初のグループは午後2時頃の自決騒動の後も、フィジガーに止まり、午後6時頃米軍砲撃集中を日本軍全滅と誤認し、一家全滅が多い凄惨な自決が起こったことが米軍従軍記者報道から分かります。   
何故伊禮のグループの出発が遅れたのかは不明です。 証言によると、渡嘉敷部落、先発阿波連と異なり、後発阿波連組は本部壕近くで寝ることが出来たといいます。   理由は不明ですが、単に壕堀の平氏が疲れて眠っていたので出て行けといわれなかっただけかもしれません。  出発が遅れた原因は調べてみる価値はあるようです。

山崎行太郎氏は私が曽野赤松会合写真を知らせる数ヶ月前伊禮蓉子と宮城初子をほとんど同一視する論を張っていたと記憶します。 その頃は何の根拠もないと考えていましたが、今は少し疑念を持っています。 首里本部壕に慰安婦がいたとする軍の文書が残っているのにいなかったという証言を始めた元従軍看護婦がいるようです。 そもそも従軍看護婦が首里の野戦病院その他周辺以外の司令部や通信施設など機密性の高い部屋にに立ち寄ることが可能なのでしょうか。 首里撤退後は牛島司令官とて徒歩の移動を強いられているから住民の目についても何の不思議もないが。

とにかく、日本軍兵士を美化するため嘘の証言をする住民も存在することは確かだ。

伊敷さんの論文

阪神さん、いつも情報をどうも。

拙アーカイブとは伊敷清太郎さんの論考ですね。どの辺りに川名紀美氏の記載がありますか?

日本福祉大学客員教授

伊藤さん

川名紀美氏は1947年生まれで、執筆時は朝日新聞大阪本社学芸部記者でした。
現在は日本福祉大学客員教授です。
今気づきましたがキー坊さんのアーカイブにもありました。
http://keybow.co/ishiki/toraekata4.html

赤松隊長の愛人

阪神さん

興味深い話を有難うございます。
このおばさんが赤松隊長の愛人だったという話は私も何人かの人から聞きました。曽野氏も知っていたはずで、「ある神話の背景」では、本人にこの質問をぶつけて、否定させると言う意地の悪い書き方になっています。
しかし、ダイレクトに活字にした人がいたとは知りませんでした。川名さんとはどういう方なのでしょうか。

集団自決は軍命だ

こんにちは。
「女も戦争を担った(川名紀美)1982.8.10」に「季刊 女子教育もんだい(52)1992.07」に出ていた渡嘉敷島の女子青年団長の話と同じ様なものがありました。
やはり事前に「べったりくっついていた赤松」から集団自決が行われる事を告げられていたのではないでしょうか。
このコピーを曽野大先生宅に送付して感想をいただきますので、無視しないでよ、曽野先生!!!
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1432811110.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1432811133.jpg.html

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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