2017-05

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篠原章の文章

 11日の阪神さんのコメントで、『沖縄の不都合な真実』の著者の一人・篠原章が巻末の参考資料紹介に、本ブログと伊藤秀美氏の著書を載せてあるとの情報を得て、再度取りだして見てみたら、なるほど篠原の担当した章に関して、ヒジャイ・マテーシ・狼魔人らのブログと共に本ブログも紹介されている。私は3月になって、この本をアマゾンで購入してから、篠原章という人間を認識したのだが、篠原はそれ以前に、私・キー坊を認識していた訳である。

 本を買った時点では、まさかこの人物が小生を知っていて、巻末に小ブログを紹介しているとは夢にも思わなかった。何故あの本を買ったのかと言えば、大久保潤という6年ほど前に沖縄への、陰険なヘイトスピーチ本を出した日経の記者が、また似たような本を出したのかと思って、この本を買ったのであった。

                   大久保・篠原

 大久保潤は2年ほど前には、『新潮45』でヒジャイ(又吉康隆)のブログ記述を紹介して、名護市長を批判していたのであった。中央誌で大新聞の記者に紹介されたおかげで、ヒジャイ・マテーシは株を上げ自信をつけて、自費出版で本を刊行し、沖縄の右翼論壇で幅を利かすようになったのである。
 この『沖縄の不都合な真実』でも、大久保はヒジャイの記述を紹介して、名護市長の軍用地返還拒否を批判している。ヒジャイは偽沖縄人・江崎孝(狼魔人)の子分か弟分の存在であろう。共に沖縄をヤマトに売り飛ばす役目を任じていると思われる。彼らにとってはそれが生甲斐となっているのではないか?
 大久保は、沖縄は米軍基地依存から脱却したほうが良いと口では言うのだが、ヒジャイを持てはやす態度に、それが嘘だとわかる。

 さて、篠原章であるが、小生が彼を認識しないのに、彼は取るに足りない小ブログ管理人の小生を認識していたのである。まあ、彼が昔からの沖縄通であった事が小ブログにも目が留まったという事であろう。その事に「謝意」を表して、もっと篠原章という人物に言及しなければなるまい。
 そう思って『沖縄の不都合な真実』の篠原執筆部分を読み返しているのだが、前と同じく、嘔吐(吐き気)を催してきて少しばかり努力が要る。ヌルヌル、ネチネチ首都圏でよく出会うインテリ風の人物を思い起こさせる。腹に一物を持っているに拘わらず、それとは反対の事を口走りながら、陰湿なヘイトスピーチを繰り広げている。所詮は犯罪人の厭らしさが露呈しているのであろう。
    『沖縄の不都合な真実』⇒の序論(篠原担当)

 例の、ヒジャイも攻撃していた沖縄県議会が打ち出していた年間9155億円の基地全面撤去時の経済効果について、篠原も経済学博士らしく理詰めで批判している。
 これについては、革新・基地反対派の側からも机上の空論として批判が出ているのである。何でこんな非現実的な理論に基づく基地不要論が出てきたのか、不思議である。北谷が賑わったのは、コザの寂れを生み出したのと差引だったのを、県議会のお偉方は見てないのだろうか?現実の厳しさを見つつ、基地撤去を言い続けなければならないのである。
 こう云うバカな基地撤去後の経済成長理論は、基地押しつけ派の突け込むところとなる事を想定しないのだろうか。

 篠原と又吉は大威張りで、それぞれの本でこの理論を非難しているのである。米軍基地が無くなれば、沖縄は食っていけないと言いたいが為に二人はこの理論を持ち出してせせら笑うのである。つまり基地を押し付けたいが為にする批判である。この件については、次回に篠原らの言い分に反撃していきたい。

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コメント

曽野綾子の件

キー坊さん 
リンクなど教えていただき、ありがとうございます。
曽野綾子については、キー坊さんがこれまでにアップした資料も含めて読み、ノンフィクションライターというよりも小説家(フィクション・ライター)として、もっぱら自らのストーリーに合致した資料のみを掲げていると感じています。
キー坊さんからすれば、篠原も曽野氏と同類との判断でしょうが、そうした作為に陥らないよう、事実や資料に対して公平たらんと心がけているつもりです。篠原の文章に、重大な作為があるとお考えの場合は、ぜひ具体的にご指摘ください。改めるべき点があれば、虚心の境地で改めます。
「集団自決の謎と真実」は注文しました。

曽野、嘘吐きの場面

篠原さん、貴方の大先輩・曽野綾子氏は、家永教科書裁判での証人尋問で、「富山真順という人を知らない」と証言しました。

しかし、秦郁彦編著の「集団自決の謎と真実」の第4章「曽野/秦対談」で、
「また赤松隊の人たちにせよ村の人たちにせよまとめて一緒に会ったら口裏を合わせるかもしれないと用心して、一人ずつ会って聞く事にしたんです。」

一人づつ会ったというのは嘘であり、集団で会った事実の証拠写真と記述も残っています。この写真掲載雑誌は和田さんが発掘したらしいです。
http://keybow.co/akamatutai/sinjite-aoi.html

私の本から富山証言をなぜ落としたかって、責められても分かりません。私はヒアリングしたすべての情報を書いてはいません。ノンフィクション・ライターのすべての人が、整理した内容を書いていると思います。」  
http://keybow.co/sono/sono.hata2.html
家永裁判で、富山氏を知らないと証言した事は嘘であった事を、秦氏相手に白状しているのです。                                                              

再び和田さんへ

かんで含めるような議論を展開していただき、恐縮しました。
前稿で申し上げたのは、軍会計の財政上の痕跡で、予算という用語を用いたのは、決算まで想定してのことです。その中にはもちろん軍票も含まれているのですが、、「これだ」という痕跡が確認できなかったのです。アクセスできる資料については、できるだけ参照したのですが、当然、失われた(あるいは故意に紛失した)資料は多々あると推定できました。
「委託形態だけを従軍慰安婦とすれば、韓国や日本のいきすぎた非論理的主張は消えるはずだ」という和田さんの主張には、傾聴すべきものがあると思います。その場合、「委託」の実態について、もう少し資料的な研究が出てくる必要があると思います。この点については、今後も十分留意したいと考えます。
秦氏の推計方法については、いずれあらためて検討します。おっしゃるような疑惑があることも念頭に置きながら見直してみます。あわせて、未読の「集団自決の謎と真実」も読み、和田さんのレビューも拝読します。
ただし、和田さんが「曽野綾子の逃論の計の類に属します 」と仰ったのは、ちょっと心外です。
なぜなら、「私は、従軍慰安婦より日本軍兵士が惨めだったと思う」「「奴隷状態に甘んずる自我簒奪人間を大量に製造する戦前システムを憎む」という和田さんの主張については、僕もほぼ共有しているつもりだからです。戦前のシステムを繰り返さないために、思想や制度について、いかなる枠組みを提示できるかが、戦後においてものを考える人間の役割の一つだと思っています。ただ、ぼくの場合「憎む」という感情を持たないように努めています。和田さんのアプローチとの最大の違いは、この点でしょう。
前向きの議論ができるような機会をこの場で与えていただき、和田さんやキー坊さんには感謝しています。

やはり、曽野流「逃論の計」

篠原さん
早かろう、悪かろうでは曽野綾子の逃論の計の類に属します。

私は、小林よしのりが秦の慰安婦と集団自決を実証的と絶賛していたのでほんとうかどうか確認することにしたのだ。篠原氏も秦郁彦を評価しているのでそうではないと事例を掲げたまでである。

キー坊さん。 篠原氏の参考文献に秦郁彦の「集団自決の謎と真実」が掲載されていないことを確認してください。篠原氏は読んでいないなら、いつの日か読んでアマゾンの私のカスタマーレビューと比較していただきたい。

委託については、業者と行政等との関係が問題になり、確かに仕事の委任と支払がメルクマールとなる。しかし、予算を持ち出すのはばかげている。日中戦争後、当初軍事予算を気にしながら戦争遂行するということはありえない。大砲の弾の在庫を気にして射撃することはあり得るが、当初予算を気にし、大砲の価格を計算しつつ、射撃することはない。結論からいうと、特に米国と戦争後は外地で軍は物資調達、空港建設など労働力確保を予算ではなく軍票渡しで先行させた。もちろん最後の帳尻は国債でまかなう。日中戦争後8年でGDP2倍以上の国債残が残った。4年程前NHKが「圓の戦争」を放映している。満州事変は朝鮮銀行が紙幣を増発し、日中戦争では傀儡政権の銀行と朝鮮銀行などが預け合いという手法で戦費を調達し、日本の国債はそれほど増加しなかったという。他に中華民国の紙幣に似た偽札発行や児玉誉志夫等のアヘン売却収入などでも戦費を調達。江戸時代の藩借金を藩札増刷と切り替えで帳消しにしたのと類似した手法だった。
戦火の拡大後、外地では軍票で仮払い。ビルマの鉄道建設での英軍捕虜、中学生の動員など無償労働もある。未だに財務省には戦時の借入金400億円(今の時価は数千倍)残高があるという。軍票支払で精算されなかったものが相当あるのだろう。また米軍による輸送船撃沈などで大蔵省に送られなかった軍票伝票も相当あるに違いない。  
現在の当初予算に縛られ、当初予算を超える支出は補正予算を確定させないと出来ない現在の制度を基準に戦時を考えるのはためにする議論としか思えない。 もともと、基準にする事自体適切ではない。
秦も指摘するとおり、日中戦争後の贅沢は敵との考から日本の売春業者が満州の恒久的軍事基地や上海など交易が盛んな地域へ販路を移動させたのは事実と思われる。しかし、そのような者は従軍慰安婦とすべきではない。縄文時代を何世紀からという議論と各地域の水田の始まりが縄文時代とする説がある。後者が妥当。中国でも日本でも陸稲は生産性が低く普及しない。米の化石オパールから日本でも4千年前には陸稲栽培があった。洪水状態で米の生産性が十倍以上高まることを理解し、水田ブームが起きた。飢餓からの脱出が動機だ。北九州と関東では水田普及時期は百年程度違う。北九州は弥生でも関東は縄文という時代がある。

将来も戦地にならないと思われる地域ではGHQがそうだったように営業許可が主流となる。委託形態だけを従軍慰安婦とすれば、韓国や日本のいきすぎた非論理的主張は消えるはずだ。
科学には推定はつきもの。推定の前提を説明し透明化することと、結論をまどわす要素を除外することが科学的方法。製薬会社が肝臓患者と患者がどうか不明の者が混在する母集団に対して、ある肝臓薬に効果(たとえば、50%の患者に対して効果との結論)があったとする実験結果はサンプルの捏造とされ、そのことがわかれば特許は取り消される。 秦は日本人慰安婦の比率を上げたくて(日本人も朝鮮人同様の苦しみを味わった)芸妓やダンサー、大都市の売春婦全数を慰安婦統計に繰り込んだ。これは、製薬会社のサンプル統計と同型の捏造であり、推測の不備などではない。

私は、従軍慰安婦より日本軍兵士が惨めだったと思う。
曽野綾子一味は、国家による特に小の虫に属する個人の自己犠牲を強要する。虐められ、差別される兵士に自己犠牲を強要する。虐められた者ははけ口を求める。それが南京虐殺やフィリピンの村落ぐるみの襲撃などとなる。軍の公文書に兵士を宥め略奪・暴行を防ぐ手段として慰安婦制度を作った経緯が記載されている。こんな制度を皇恩と崇め、戦後元の上官を本気で殺害せんと報道された者がわずかに奥崎謙一ただ一人という、奴隷状態に甘んずる自我簒奪人間を大量に製造するオウム真理教や金王朝に似た戦前システムを憎む。

阪神さん、和田さん、篠原さんに御反論を。

小生、週末所用が続いて彼への反論記事が書けません。
篠原氏は、曽野綾子の系列というしかないでしょう。

和田さんへ

コメントありがとうございます。
僕のFacebookをご覧になっているとのことですが、Facebookにも自分のWEBにも、渡嘉敷島の問題にはまったく触れていません。小著『沖縄の不都合な真実』で、大江訴訟には触れていますが、訴訟の経緯を扱っただけです。また、秦郁彦氏の慰安婦に関する問題には触れていますが、秦氏の手になる渡嘉敷島の論考にも触れたことはありません。
したがって、「恩納河原地図問題」  「手榴弾事前配布問題」については何も申し上げることはありません。キー坊さんのこのブログにも触発され、いろいろ調べたことはありますが、ことの真偽を判断するには至っていません。現段階での私見を述べれば、キー坊さんの見解に分があるのではないかと考えています。
 次に慰安婦の問題について。 和田さんのご指摘のポイントはよくわかりますが、「委託」と「営業許可」の区分について、和田さんのお考えには若干異論があります。これまでの行政法・行政システムの範囲内で「委託」といったとき、その委託事業に対しては公費(財政資金)が割り当てられているのが一般的です。つまり、国もしくは自治体の予算を伴う業務を外部の業者に一括して任せるのが「委託」です。ところが、問題となっている期間における軍の「委託」については、公費の割当が不明確なのです。もちろん、一部軍費を用いて施設を整備したとうかがわれる事例はありますが、それが軍全体として行われていたかも不明確ですし、予算措置があったかどうかも不明確です。したがって、この場合の「委託」と「営業許可」を比較考量するのは、とても難しいと考えています。
「地域・職業別慰安婦数推定方法」については、秦氏の推計には和田氏のご指摘通りの問題点があると思っています。ただ、他の方の推計方法にも問題が多く、秦氏にのみ問題があるとは言いにくいと思います。問題は、数的なものも含めて資料が圧倒的に不足しているという点でしょう。今後新資料が出てくるかどうかわかりませんが、ぼく自身は秦派と吉見派の真ん中あたりで決着するのが穏当ではないかと考えています。現段階で「秦派の主張は×」「吉見派の主張は○」と結論づけるやり方には同意できません。

阪神さんへ

コメントありがとうございます。
阪神さんの仰ることは、こちらも折に触れて考えているので、理解しているつもりです。「沖縄のことは沖縄の人が決める」というのは原則賛成です。
ただし、税も含めた「お金」は沖縄・本土に関わりなく循環しています。国税が沖縄に投入されている以上、その税の使い途については、納税者として声を発する権利は留保されていると考えます。
もっとも、政治的に沖縄が「独立」を望むことが明らかになれば、その判断は尊重されなければならないと思いますが、現行の国家のシステムや自治制度を前提とする限り、その範囲内で発言は許されると僕は考えています。
小著では、沖縄がより自律性の高い政治システムを望んでいるとしたら、経済という足腰の問題を克服しながら進まなければ、未来は見えてこないという書き方をしていますが、「お金」の問題は、やはり避けて通れないと思います。
僕が小著でいちばん強調したかったのはこの点です。

篠原章氏の考え方

氏はFACEBOOKで常時発言しているようで本を見なくとも、考え方はわかります。
秦郁彦を評価しているが、秦の多数の著作は学生など補助者が資料を集めたものにすぎないのではないか。
渡嘉敷島に関し、住民が集められた北山(にしやま)は北のフィジガー南のウンナガーラの中間にある盆地。秦が渡嘉敷住民が避難した地名としての恩納河原を北端に書いたのは住民が自発的に自決したとの結論を導くために検証を怠った。あらかじめ、手榴弾が配られたとの兵事主任の証言が怪しいとしていろいろ推測するが、渡嘉敷部落に配られた手榴弾はあらかじめの配布が多く、前日の大雨で多くは不発。 阿波連に配られた手榴弾は当日分だったので6-8発爆発(米軍従軍記者)。 このことに答えてくれる秦・曽野支持者はいない。

吉田某の慰安婦連行記事は、朝鮮半島に伝承ないことが確認され早くから文献と認められなくなった。朝日新聞はなし崩し的に記事を無視するが、公式に否定しなかった。
インドネシアなどの事例から強制連行の事例はあるが、炭鉱労働者のような制度的かつ事実的連行はない。
この事実を持って日本軍の慰安婦も世界的な様相からあまり外れていないと過去にこだわる者がいる。多くは、秦説による。
秦郁彦の従軍慰安婦著作の疑問を二つ示す。
一つは、日本の制度をアメリカなどと同様とすること。これは間違い。営業許可と委託は法的性格が異なる。委託は公務。食事にたとえれば、営業許可は兵士の個別外食。委託は集団給食。もともと、日本軍の初年兵虐めが外に向けられ、虐殺が起こる。それを宥める制度が慰安婦の委託。委託では、日本軍の関与はあるが、営業許可であれば軍の関わりなどないといえる。この点、世界標準から外れていたことは事実。

もう一つ秦は慰安婦の数は朝鮮人より日本人が多かったという説をとる。
まず、樺太や満州・沿岸部の売春婦統計も採用するが、推定時点現在又は近い将来戦地になりうる土地を選ぶべき。沿岸部大都市の売春統計は兵士専属ではない。従軍慰安婦の数はそれほど多くはないだろう。
科学的統計であれば、本来方法は二つ。それらを推計数値から除外するか、分布がわからなければ戦地・兵士専属の1/2のウェイトで計算する。 そうすれば、日本人比率は下がることが著作から確認出来る。
また、酌婦集計はほとんど売春婦、ダンサー・芸妓には売春婦もいたという前提ならダンサー・芸妓も推計数値から除外するか、ウェイト1/2を乗じて推定するかどちらかである。中国在住ダンサー・芸妓は日本人比率が高いことが著作に記載されており、これらの科学的統計的処理をしないで、日本人慰安婦のほうが朝鮮人慰安婦より多かったという処理は捏造といわれても仕方がないのではないか。

篠原氏が秦郁彦にかかる1 恩納河原地図問題  Ⅱ 手榴弾事前配布問題  Ⅲ 委託と営業許可区分問題 Ⅳ 地域・職業別慰安婦数推定方法の統計的処理問題
について、曽野的攻論、防論、断論、逃論という論理無視の方向ではない正面からの回答をいただけるなら学者としての資格は認められよう。

自己決定権

 阪神さん、いつも助け舟を有難うございます。
 思い返せば「大江・岩波裁判」たけなわの頃、山崎氏のmixiコメント欄でのやり取りで、お互いを知ったのでしたね。その頃沖縄戦資料庫を運営しているni0615(田島)さんも、よくコメントしてました。この二人に触発されて、私はこのブログを立ち上げる気になったのでした。

大久保本・篠原本・大高本、 曽野綾子が老齢になっても、そのエピゴーネン=亜流は無数に出てきますね。また、正稔・星・ヒジャマテーシのような、曽野にかしずくウチナータンメーも現れます。

 喜納昌吉がまだ参院議員だった頃、「沖縄の自己決定権」という本を出した事があります。http://keybow.co/kina/kinatokan.html
言う事は立派でも、口が先に立って、行動がちぐはぐでした。その頃にはもう、彼に期待する沖縄人はもとより、大和人も急減していたと思います。

『ある神話の背景』は究極のヘイト・スピーチだと思ってますが、発行後数十年、亜流本も無数ですね。

沖縄の事は沖縄の人が決める

私は沖縄の事は沖縄の人が決めれればよいと考えます。
本土の人間が指図する事ではないと。
問題が山積していようとも、それは沖縄の人が解決すべきものです。
本土側のものさしを沖縄に持ち込んで騒ぎ立てるのは見苦しい。
見苦しい曾野綾子的な人間を告発するのがキー坊さんのブログであり山崎行太郎先生のブログです。

キー坊さん、阪神さん、コメントありがとうございます。
「この本に再起をかけた」というのは、仰る通りです。ただし、全ての原稿について、再起をかけているつもりですので、この本だけが特別というわけではありません。
「売上げを上げるために沖縄批判本を書いた」という点については、少々異論を申し上げなければなりません。
「売れればありがたい」という意識は持っていますが、売りたいがために沖縄を批判したつもりはありません。キー坊さんが「侮辱された」と感じられるポイントはわかります。が、一部の指導者・経営者・公務員が振興策を要求して、得られた資金を配分しないという沖縄の社会経済システムにはやはり問題があると考えざるをえず、「辺野古」ではオール沖縄を掲げながら、他方でオール沖縄と呼べる配分を実現する社会経済システムへの変革は放置している現状には批判的にならざるをえなかったのです。もちろん、その検証の方法や文章表現には至らぬところがまだまだあると思いますが、沖縄の現状に対する「本気」の問題意識がなければ、こうした本は書けませんでした。「売らんかな」という不純な動機で執筆した本ではないつもりです。もともと不器用なので、何が売れて何が売れないのか、はっきりいってまだわかりません。それなりに心血は注いでいるので、そこらへんの嫌韓本・嫌中本と一緒くたにされるのはちょっと心外ですが、僕のほうにも誤解を与えるような記述があったのかもしれませんね。
いずれにせよ、キー坊さんの批判を恐る恐る楽しみにしています。阪神さんも、もしお読みになったら、ぜひコメントをください。批判的なコメントは大歓迎です。

罵声の理由

本記事で俎上に上げた篠原章氏から直々、コメントを下さるとは誠に恐縮です。
わしたショップなどで、だいぶ前から沖縄を面白く紹介した雑本が並ぶようになっていましたが、買った事があるのは仲村清司さんの一つと、移住方法を紹介した一つでした。

篠原さんの存在を知ったのは、3月初めにこの本を買ってからでした。沖縄在住の『沖縄風景』管理人のCoralwayさんは、篠原さんの本に触発されて、移住を考えたらしいですね。

小生が篠原さんを「犯罪人のくせに…」とこき下ろしたのは、司法という公権力が裁定を下しているので、その尻馬に乗った故ではないと、言っておきます。
あくまで、以前このブログで、ヘイトスピーチだと批判した大久保潤氏・ヒジャイ(又吉)氏と歩調を合わせる著述をしている故です。そこで再起を計っているのだと確信したからです。

近々、あと1回は貴記述への批判記事を書かせて頂きます。

沖縄批判本は売れる

こんにちは。
昨今は韓国、中国を罵倒する本と沖縄をこき下ろす本が良く売れます。
図書館で予約しても待ち行列が50人を超えます。
この本も、いまだに人気で予約しても2ヶ月は読めません。
人気新刊本を6冊、7冊も用意するから本が売れなくなるのですが・・・
それはともかく、藤原氏は権力からはお金を貰ってはいないと思います。
本を出版するのは大変お金が掛かりますが、沖縄を「罵る系」ならある程度の販売数が見込めるし、著者も黒字化するでしょうから出版社は前向きに出版させようとするはずです。
権力からお金を貰っているというよりも、何を主張すればメディアに出る回数が増え、自分の名声を高められるかが、とても分りやすい現世ですから、その低俗な手法にのっとった人物が目立つという事なのでしょう。
売れなくなったタレントも続続デビューしてますよ。
神津カンナとかwww
私の予想では、橋幸夫がそのうちそうなると思いますw

正体不明の左翼を馬鹿にし、中国、韓国、沖縄を最大限にこき下ろし、世界で凄いと言われている日本なんだと自慢し、和服を着て「伝統は大切ですね」と気持悪い顔を晒せば、立派な大人w(稼ぎが増える)になれる人類史上最悪の日本社会です。
これからも「飯を食う」ために、どうしようもない本が出版され続けるでしょう。

キー坊さん
コメント拝読しました。「権力に雇われた」という点について一言。
もともと大学教員なので、著書の数は専業の物書きほど多くはないのですが、沖縄関連・音楽関連でそこそこ著述活動はしてきました。ですから、マスコミ出版関係に知己は多く、事件後も、そのお付き合いは続けてもらっています。文科省を敵に回したため、文科省の息のかかった大学の世界ではもはや生きられませんから、出版の世界でおこぼれを頂戴しているというわけです。篠原に対する需要はわずかですが「ある」と言うことでしょう。
収入源は確かに乏しいので、「権力」が雇ってくれれば尻尾を振って付いていくかもしれませんが、そういう「うまい話」は一切なく、むしろ権力の側の人間にはあちこちで疎まれております。
僕の話を信ずるかどうかはキー坊さんの判断次第ですが、刑事被告人を経験した大学教員を「権力」があえて雇うということは、あり得ないことだと思います。既存の売れっ子の書き手に多額のカネや利権を配分して雇えばすむことです。売れるか売れないかわからない本の書き手を雇うことは、権力にとって何のメリットもないと思います。
そういう意味で、経歴から生ずる疑念を元に批判されるのはちょっと的外れだと申し上げたいのです。実は佐藤優さんもキー坊さんと似たような手法で篠原批判を展開しているのですが(「刑事被告人であったことを隠して沖縄批判をするのは許さない」というのが佐藤氏の批判の骨子。篠原はその事実を隠しているわけではなく知名度がないので知られていないだけです)、小著の内容について批判していただかないと、前に進めません。
折角の機会ですから、キー坊さんから正攻法で批判していただければ、ありがたいと思います。答えられるところは答え、改めるべきところがあれば改めます。どうしても交わらない部分も多いでしょうが、それはそれでやむをえないでしょう。
ただ、お互い切磋琢磨しながら議論することには一定の意義があると思います。
折に触れて、貴ブログも拝読し、必要ならコメントを書き込みますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 補足追加

私は、篠原章氏を刑法上の「犯罪人」として既定しているのだが、それを確信的にしているのではない。日本社会では、「えん罪」「でっち上げ」「責任転嫁」が横行しているのではないかと思えるからだ。小生も卑近な出来事で、思がけない責任を負わされた事は多々ある。

私が篠原氏を「犯罪人」呼ばわりするのは、この本『沖縄の不都合な真実』が、犯罪的な出版物であると断定したからである。彼が詐欺あるいは横領で、有罪判決を受けた事についての真実は確かめようがないと思っている。しかしながら、日本社会の「裁判」で有罪判決を下された人物が、大手出版社から著書を刊行して貰う事はそれ程ない事のように思う。

本が売れれば別である。植草一秀、佐藤優、ホリエモンetc、正当性・話題性が豊富であり、著書が売れる可能性がある有罪判決を受けた人物であれば発刊も可能であっただろう。

しかし、篠原氏のようにそれが乏しい書き手の場合、難しいのではないのか。権力に雇われた場合にのみ、それが可能であったのではないか思う。私は、それが「犯罪的」だと言いたかったので、口汚く「犯罪人」と書いたのである。

篠原氏本人はこのブログを見ているようだから、もし仰りたい事があれば、手短にこのコメント欄にお書きになって頂きたいです。(いえ、長くても良し)

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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