2017-10

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なんて変な人なんだろう・金城牧師への陵辱

この「沖縄戦『集団自決』の謎と真実」対談は、曽野綾子及び秦郁彦などの日本軍を美化したい「大江・岩波裁判」原告を支援する低劣言論人達の「嘘」、「欺瞞」、「醜悪さ」そして「蒙昧さ」のエッセンスを満載した文書だと思う。

たとえば、小生がHPにアップした[曽野・秦対談](2)の「なんて変な人なんだろう」という項では、曽野と秦は、「集団自決」生き残りの金城重明牧師を貶める言葉を連ねている。

集団自決の現場で、金城氏と、氏の兄と、同じ部落の山城少年と3人で、多数の住民の命を奪った事について、秦は、山城少年が「渡嘉敷村史」(1987)に書いた生々しい殺害の情況をしつこく引いて、「金城氏は家族以外の多数の住民を殺した事実があるのに、それを今まで隠していた。」「彼は一種の殺し屋だ」「これは、全裁判を通じての決め手かなと思った」。などと言っている。
これが東大法学部を出て、米の複数の一流大学に留学し、法学博士の称号を持つ日本人の言う言葉なのか、と思う。

あの時点では、力ある者が弱い者を先に殺してやるのが、思いやりであり、「愛」であったと、金城氏は言っているではないか。家族以外の者に手を掛けた者は他にも多いし、家族や他人を殺して自分は生き残ったものも居るが、自分も死んだものも居る。また、他人に手に掛かけられたが死ななかった者も居る。
金城氏は他人を手に掛けたことを隠していたのではない。自らすすんで語らなかっただけである。「潮」(71.11月)で、安座間豊子が、金城氏の証言のすぐ後の証言で、彼に手を掛けられた事を言っている。山城氏の証言は20年以上前のものである。島の誰もが、当初から金城氏の事情は知っている事であったのだ。だが、彼を「殺し屋」と恨むのは居るはずない。

秦は、「そうなんですよ。そのあたりを島民に知られているので、二人とも島にいられなくなって沖縄本島へ移ったんですね。そんな人たちがトップまでいけるというのは沖縄の特殊性ですね。」と言っている。

「集団自決」で家族や他人を命を奪ってしまって、キリストの道に入った人物を「殺し屋」呼ばわりしながら、沖縄社会を侮辱する秦の神経が解らない。島に居て神学の勉強ができると言うのか。金城氏は「キリスト」に生きる道を見出し、本島へ出て、その後東京で苦学して、キリスト教の教授と成り、那覇での大学の設立にも立ち会ったのである。

「これは、全裁判を通じての決め手かなと思った」とも言う。徳永弁護士が他人殺害について、執拗に金城氏を責めたらしいが、これこそ逆に、裁判官に原告側への「心証の悪さ」をもたらした決め手ではないのか。
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コメント

ni0615さん。
>連載では曽野が金城牧師に会って聞き取ったものを載せていますが、単行本化したさいに、金城牧師に文章を寄せてもらったのでそれと差し替えたとなっています(確か?)ね。

私は、連載のは大江健三郎に関する部分と、石田郁夫についての言及部分を見ただけですので、金城氏の証言について、改変があるとは気が付きませんでしたね。また、古波蔵元村長の証言にも、逆の意味での書き直しがあるとは知りませんでした。 巧妙な改変は、曽野綾子なら当然に有り得ることですね。

>今回の裁判を通して、曽野がこれほどの右翼扇動家になってしまったことに、またまた驚いた沖縄知識人は多かったのではないでしょうか。

「生贄の島」と「切りとられた時間」を発表した時点では、沖縄の知識人は一様に、曽野に尊敬の眼を向けていたと思います。それが「ある神話の背景」を発表した時、「嵌められた」と思ったものも多かったでしょう。そして、「大江・岩波裁判」の後ろ盾となった時には、ここまでやるかと思ったでしょう。

それにしても、過去に沖縄の知識人が、いくら曽野に反論しても、曽野は痛くも痒くもなかったでしょうが、大江健三郎をやっつけようとして裁判の黒幕となるも、逆に大江本人や、山崎行太郎氏のような大和人知識人に反撃され、裁判も完敗するに及んで相当な痛手を蒙っているように思えます。

ある神話の背景の「諸君」連載(1971-2)と単行本(1973)とを較べてみますと、連載では曽野が金城牧師に会って聞き取ったものを載せていますが、単行本化したさいに、金城牧師に文章を寄せてもらったのでそれと差し替えたとなっています(確か?)ね。

記述も詳しくなり、それは曽野にとっても「家族が家族を殺すことも『愛』」ということを強化するものですから、歓迎したのでしょう。曽野にしてみれば、集団自決体験者の中心人物の一人が、曽野的カソリック的「愛」のテーゼを支えるコマとなってくれることは、大歓迎だったはずです。

わたしは、曽野の方が金城牧師に書きおこしを頼んだので原稿料を払った、と理解するのが自然だと思います。双方が原稿料を教会への寄付ぐらいに考えていたのではないでしょうか。

そうして金城牧師をして「私の考えは曽野さんの本に示されています」と言わしめるのが眼目だったと思います。

それは、単行本化にあたって酷い仕打ちをした古波蔵元村長の聞き取り(連載では聞き取りをそのまま載せたが、単行本では赤松隊員からの古波蔵証言への反論をいくつも載せて、ズタズタに切り裂き、信用度を低めている)と較べると、修正のベクトルは真逆です。

そのような人物であったはずの金城牧師が、後に教科書裁判で自分と反対側の証人にたったことを、曽野は恨みに思うようになったのでしょう。曽野は、金城牧師が『愛』を捨て政治化したと言いますが、実際は曽野のほうがどんどんとその言動を政治化していったのです。

今回の裁判を通して、曽野がこれほどの右翼扇動家になってしまったことに、またまた驚いた沖縄知識人は多かったのではないでしょうか。

秦の愚鈍さ

新版「集団自決の真実」の中に、曽野は、金を出して買い取ってやったという、金城牧師の手記を載せています。
金城牧師は、その一節(p180~181)で下のように記しています。

「(家族を殺した後)私はまだ生き残って、殺してくれと招いている人の死を早める動きへと動かされて行った。軍国主義的皇民思想の死の教育を全身全霊に受けた16歳の少年は、全く疑うことをしないで、他者の死を助けることが、唯一最高のみちだと信じ込んでいた。人を殺すと言う意識(殺意)なしに、殺していく。・・・」

金城氏は「ある神話の背景」で、既に自分が他人を殺したことを告白しているのです。
秦郁彦が基本文書さえまともに読んでない事の証拠となります。
曽野は、秦の言ってる事を訂正もせず、調子を合わせる受け答えをしている。正に劣化ウヨク言論人の本領発揮です。

たしか曽野は、「ある神話の背景」終章あたりでは、金城牧師の言葉から引いて「崇高な死」を論じていたかと思います。しらべ直してみたいと思います。

こんにちは。僕は金城先生を陥れたこいつらを憎みます。集団自決を崇高な死だの美しい死だの言うのであれば、殺人者呼ばわりは出来ないはず。
ところで秦って苗字からして中国帰化人の可能性があるのですが、もしそうだとしたらその事が何か鬱屈した内面を形成させていったのでしょうかね。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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