2017-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『集団自決の真実』の新版へのレビュー

 曽野綾子の新版のレビューをamazonへ投稿したが、本ブログへも掲載する。 ↓ 

 本書・『集団自決の真実』の原題は、『ある神話の背景』であり1971年10月から月刊誌『諸君』に12回に渡って連載された。 73年5月に単行本(文春)として発刊され、その後二度ほど他社で文庫化されたが、長い間廃刊になっていた。
 沖縄戦に従軍した旧軍人らが、大江健三郎・『沖縄ノート』(岩波1975年)の記述内容により名誉を毀損されたとする、「大江・岩波裁判」が始まった翌年に、タイトルを変えて同じwacから新書サイズで2006年、復刊されていた。今回の新版は内容に変化はなく、旧版を新装改訂したものである。
 新しい内容が加わっているとすれば、あとがきに「巨塊」誤読への弁解を述べているところであるが、ここでも「巨塊」の意味するものを間違えた事についての訂正はない。
          新版裏表紙の曽野
                   新版の裏表紙の曽野   

      
 本書で曽野氏が主張している事で、妥当であろうと小生が認める事は、赤松戦隊長が「住民は足手まといにならないように、全員自決せよ」と、『鉄の暴風』などで書かれていることが、事実ではなかったとの指摘である。戦場で日本の軍隊が、住民に号令的に自決命令を出す事は在りそうにない事に思われる。だが、この方が事実であったとしても、住民の自決が軍による強制でないとは言えまい。「集団自決」後に、住民10数名が軍によって処刑されている事実がある。

  曽野氏は、自分が現地調査して事実を明らかにした初めての作家だ、というような書き方をしている。しかし、1967年に反体制ルポライターの故石田郁夫氏が、渡嘉敷島に渡って聞き取りをしたが、赤松隊長の「自決命令」を聞いたという体験者に会わなかった、赤松隊長を名将と称える人さえいたという記述のあるルポを、月刊誌『展望』に掲載していた。後に石田氏は赤松氏にインタビューした時、赤松氏は「あなたの書いたものを読みましたよ」と上機嫌で語っていたという。(「サンデー毎日1972」)
 しかし、石田氏のこのルポでは日本軍の責任を否定しているのではない。(「慶良間の虐殺」1968)

 この『展望』の石田ルポが、曽野氏に本書・『ある神話の背景』を執筆させる契機になったと思われる。石田氏は、本書が『諸君』に連載された以降は、本書批判、75年の赤松氏訪沖批判に転じていた。「サンデー毎日」の石田記述への曽野氏の批判が、氏とイニシャルで本書347~350頁に記載されている。
 本書では、自決命令の否定のほかにも、日本軍のあらゆる行為について責任のない事、あっても些少な事であることを記述している。小生にはとても「真実」を捉えたドキュメンタリーとは思えない。発表から40年以上たった現在、研究者によって、本書には多くの疑問点が見つけ出されている。例えば、本書が重要資料として依拠している「赤松隊陣中日誌」の捏造性など、追求されるべき問題点が山積している。
 だが、レビューでは書き切れないので、今回著者が書き加えた「新版あとがき」についてコメントしたい。

『集団自決の真実』と題名を変えて復刊されたのは、裁判において原告側に有利な証拠提供をする意図が著者・曽野綾子氏に有った事は間違いない。また題名を変えたのは、衆人にアピールしやすい語感があったからであろう。
 しかしながら、本書の中で、大江健三郎氏が『沖縄ノート』に書いた「罪の巨塊」という語を「罪の巨魁」と曽野氏は誤読して、大江氏が赤松嘉次元隊長を「巨魁」(大罪人)と呼んで誹謗し故赤松氏らの名誉を傷つけた、とするのが記述趣旨であった。原告側は曽野氏のこの記述部分を名誉毀損の重要証拠として、法廷に提出したつもりであった。
 しかし「巨塊」とは大江氏の造語であり、赤松元隊長を指す言葉ではなく、赤松隊長が渡嘉敷で行った所業を指す言葉だと、つまり「集団自決」で死んだ住民の死体の塊を意味したと、大江氏は法廷で弁明した。『沖縄ノート』の大江氏の記述は次のようなものである。

「…人間としてそれをつぐなうには、あまりに巨きい罪の巨塊の前で、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう…」 
 誰が読んでも、かれ(赤松隊長)が「巨塊」であると解釈するのは不可能だと思える。だが本書での引用は、「かれは」以下の部分は省略されている。読者にまで誤読をさせる危険性が生じている。裁判官は大江氏の弁明を認めたので、本書の記述は曽野氏の意図に反して、原告側にとって大きく不利な証拠と成ってしまったのである。周知のように、判決は原告の前面敗訴になった。

 女流作家の頂点に立っていると言ってよい曽野綾子氏だが、40数年前に発表された本書が彼女の出世作であり、代表作であると思える。曽野作品の中ではそれ程のベストセラーでもないと思えるが、絶版になっても繰り返し再刊されるのがその証明であろう。
スポンサーサイト

コメント

だいじなヒント

「島で一番大きかった家」というのをすっかり失念していました。大事なヒントです。有難うございます。
どこの誰さんというのはすぐにわかるものだと思っていたので、インタビューのときあわてたのを覚えています。

一番大きい家

こんにちは。
伊藤さんへメールしました。

「日本軍を告発する(1972)」によると安座間さんの実家は渡嘉敷で一番大きい家とのことです。
現在も一番大きい家なのでしょう。↓クリックで拡大します
http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_135900/135820/full/135820_1410232671.jpg
http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_135900/135820/full/135820_1410232782.jpg

追記 鎌田慧の取材記事は「潮」1986年5月号のものでした

伊藤さんへ

『ぬちがふう』を中野で見たのは、もう2年半も前になりますね。沖縄市内で店をやっている夫婦が、戦時中の体験を語っているシーンがあったような記憶があったので、もしかしたらと、せっかちにコメントしました。
貴兄の旧メアドに、用件を書き送りました。

安座間さんと「ぬちがふう」

阪神さん
安座間さんについての貴重な情報有難うございました。これをもとに島の人に聞いて見ます。旧姓がわかるといいんですが…

キー坊さん
「ぬちがふう」は阿嘉島がメインで渡嘉敷島は出てこなかったように記憶しています。だから安座間さんは登場しなかったのではないかと。

阪神さんへ

安座間豊子さんが『ぬちがふう』に出ていたら、直ぐに伊藤さんが気づくはずで、愚問を発してしまいました。

ところで、私的に連絡したい事がありますので、「管理者にだけ」のコメントか、下記のアドへ、貴メ・アドをお知らせ下さいませんか。

42才の時にも証言

キー坊さん

ぬちがふうに出ていたかどうか記憶にありません。

伊藤さん

安座間さんの証言の始まりの部分からUPします。
赤松から手紙が来たのは、実家が第二中隊本部だったので戦後も兵士との手紙のやりとりがあったからと推測しています。
彼女の絵は14年位前に那覇で創価学会が平和展をやっていた時に見ました。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409909377.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409909389.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409909399.jpg.html

安座間さんは1975年に創価学会の本「沖縄戦 痛恨の日々」にも集団自決の証言をしています。彼女は学会員なのでしょう。

安座間さん2

阪神さん

有難うございます。
アップした最初の資料の冒頭に「本人自身、安座間さんに弁解の手紙を送ってきた。」とありますが、この部分に興味があります。この前のページもアップしていただけないでしょうか。

1986年でしょうね。

阪神さん。
安座間さんが52歳ということは、鎌田氏の訪沖は1986年の頃でしょうね。貴兄に手間ひま掛けさせては申し訳ないし、これだけ分かれば十分です。
富山氏の没年は分かりませんが、1988年6月に朝日新聞への「兵器軍曹手榴弾配布証言」があったので、1986年はまだ元気だったでしょう。

私は富山証言は嘘ではないと思いますね。曽野は家永裁判で「富山氏を知らない」と偽証しましたが、その理由はといえば、曽野はその話を富山氏から聞いたからに違いないです。「軍命説」の有効な証拠となるからです。だから、本には記述せず、敢えて法廷で偽証までしたのです。(88年4月5日)
富山氏は、曽野が法廷で嘘を言ったので、朝日にその話を提供したのではないかと推測します。

安座間豊子さんは、朴寿南氏の「ぬちがふう」に出てなかったかな?(全く自信ありませんが)

1986

こんにちは。
キー坊さん
>文中の案内人T氏というのは富山真順氏のことでしょうかね。
わかりませんが可能性は高いと思います。

>阪神さん、この本のルポの初出は何時か、或いは鎌田氏の渡嘉敷訪問日をご存じないですか?
これは「ドキュメント現代(筑摩書房)」からの引用で1986年と巻末に出ています。
しかしググルと出版されたのは1989年4月なので、この引用先を借りてみます。
訪問日は文章からはわかりません。

伊藤さん
>これは安座間豊子さんでしょうか。
その通りです。「安座間豊子さん(五二歳)」となっています。
集団自決時は国民学校5年生だったと書かれているので1986年と辻褄が合います。
彼女の家は旧家で第二中隊本部だったそうです。
沖縄市で取材をしたとなっているので、沖縄市在住の可能性が高いです。

安座間さん

阪神さん

興味深い資料有難うございます。
アップされた資料の中に安座間さんが出てきますが、これは安座間豊子さんでしょうか。彼女は「潮」その他で貴重な証言をしていて、拙著にも引用したのですが、その消息を知る人にこれまで会ったことがないのです。

鎌田慧氏の訪渡日は

名作・『自動車絶望工場』を書いた鎌田慧氏の曽野批判の文章は歯切れ良いですね。文中の案内人T氏というのは富山真順氏のことでしょうかね。
阪神さん、この本のルポの初出は何時か、或いは鎌田氏の渡嘉敷訪問日をご存じないですか?

川田文子の『赤瓦の家』によれば、朝鮮人慰安婦7人は軍と一緒に北山に居たそうです。その内2人は曽根一等兵に引き連れられて、軍夫らと共に米軍に投降したそうです。

鎌田慧氏が曽野を糾弾

こんにちは。
「沖縄 抵抗と希望の島(鎌田慧)2010.4.1」でも鎌田氏が曽野に怒りをぶつけています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409805636.jpg.html

曽野がシナ人という差別語を用いて、殺されても構わないという論理展開をしている点も指摘しています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409805650.jpg.html

集団自決を美談にする曽野を糾弾しています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409805669.jpg.html

ブルドーザーが遺体を埋めたのは第二玉砕場でしょうね。
第一玉砕場に入れないこともありませんが、急峻なのでダイナマイトで穴をつくり埋めたのでしょう。
遺族は魂だけを拾ってきたのでしょうか。この点は謎です。
強制連行された朝鮮人慰安婦が島を脱出させられたとありますが、これは”シマ=渡嘉敷集落”から避難させられたという意味だったのを、鎌田氏が”島”を脱出させられたと受け取ったのだと思われます。
しかし、慰安婦を北山に行かせなかったのは何故なのでしょうか。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409805685.jpg.html

書評(レビュー)の影響

書評(レビュー)の影響がネット売り上げにそれ程大きいとは、ITに疎い自分には意外でしたね。 

自分としては『集団自決の真実』=『ある神話の背景』を、沢山の日本人に読んでもらって批判の眼を向けていただきたいという逆説的希望もあります。だが、そのマイナスレビューが曽野に打撃を与えるならば、それが優先します。

1969年(曽野38歳)、富山真順との会見ノートも在ったに違いないですが、それはもう焼き捨てたでしょうね。

曽野氏への手紙

阪神さん

早速行動を起こしていただき有難うございます。
手紙にはいらだつでしょうね。我々にもささやかながら武器があります。

「集団自決の真実」のアマゾンでの売れ行きを8/22以降モニターしていますが、これまでのところ4冊でさっぱり売れていません。順位は26万台に沈んでいます。この本がインチキ本だという山崎氏や我々の主張が多少世間に広まったかと見ています。

いい戦術ですね

伊藤さん、キー坊さんこんにちは。
山崎先生のブログに、曽野の取材ノートの公開を要求したらどうですかとコメントしました。
そういえば大城良平や赤松らが話し合っている写真では、曽野が熱心にノートに書き込んでいましたね。
あれも残っているのでしょう。
大城良平が何を言っていたのか大変興味があります。
彼は集団自決や住民虐殺に密接に関わっていたのではないかと疑いたくなるような人物です。
「われ、沖縄の架け橋たらん(國場喜八郎)2014.7.8K&Kプレス」には、それを示唆するような記述があります。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409753230.jpg.html
ちなみに、知念朝睦は國場議員の顧問だったそうです。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409753240.jpg.html
曽野綾子には取材ノートを公開する様、手紙を出します。

取材ノート

読売版までは手書きの時代だから、曽野が巨塊を「巨魁」と間違えることなかったでしょうが、「巨魂」と書き間違えた可能性はない事もないですね。(今は小生のソフトでも「巨塊」と変換できますが、「巨魂とはもちろん出来ません。)

許せないのは、最初から「巨塊」を「巨魁」の意味に解釈して大江氏を誹謗しているに拘らず、あべこべに大江氏が、赤松元隊長を名誉毀損したという虚偽内容になっていることです。
それを40年後、裁判にまで持ち込んで大江氏の失脚を狙った曽野の腹黒さは万死に値します。裁判では、「宿敵」大江健三郎に完敗したので、余計に自分の誤りを認めたくないのです。

曽野の沖縄取材のノートは、2冊程度でなく膨大な数でしょう。しつこくその公開を要求する事は、攻撃の戦術として悪くないかもしれませんね。

すぐばれる嘘をつく

・曽野氏の説明は、「キョカイ」とワープロに入力したら「巨塊」が大江氏の造語であるため代わりに「巨魁」が出力され、それに気がつかなかったというものです。

しかし、「ある神話の背景」および「集団自決の真実」の単行本の中で「巨魁」と誤ったものはありません。すべて「巨魂」です。「キョカイ」と入力して「巨魂」が出てくるワープロはないでしょう。

・「巨魁」と誤ったのは、曽野氏の取り巻き連中です。「赤松=大悪人」という曽野氏の説明を聞いて「赤松=罪の巨魁」と早とちりしたんでしょう。

・なお、文春版(1973)、角川版(1977)は正しく「罪の巨塊」としていて、読売版(1984)、PHP研究所版(1992)、ワック版(2006)が「罪の巨魂」と誤っています。読売新聞社の校正が杜撰で、その誤りが以後継承したということでしょう。


・取材ノート
小保方事件で言えば、実験ノートです。嫌疑がかかった研究者は身の潔白を示すために実験ノートをしかるべき場に提出しなければなりません。曽野氏も現在そういう立場にいます。

公開質問状のような形で、取材ノートの提示を要求したら面白いのではないでしょうか。どうせ出しはしない(できない)でしょう。しかし、当然の要求を受け入れなかったことは曽野氏の信用を下げる上で効果があります。

山崎氏に取材ノートの情報を流して彼に動いていただく方向に働きかけてはいかがでしょうか、阪神さん。

曽野、近藤の共著

反既得権の立場の近藤氏が、権力追随の曽野と共著を出すとは残念です。出版社との義理でしょうか?
この本買ったけど、まだ全部読んでません。見てみます。

誤植の責任を回避する曽野

こんにちは。
「野垂れ死にの覚悟(曽野綾子・近藤誠)2014.6.1」は2013年7月から12月まで6回行われた対談の内容です。
その中で、件の誤植を「私の責任ではない」と言い切っています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1409629689.jpg.html
自分のワープロで誤植しといて何言ってんの?

私が興行のチラシを印刷業者に依頼した時は、パソコンでつくったチラシ案データを業者に渡し、業者は出来上がったゲラを持ってきました。
それを私がチェックし、OKなら印刷にかかるのです。
本も、同じではないでしょうか?
曽野は自分のワープロでミスしといて、誤植に気が付かない出版社の責任にしています。
ふざけた事を言うな!!

それにしても気になるのは、渡嘉敷の取材メモを保存している事です。
何度もインチキ本を出すのだから、公開しろ!!

今回はたまたま図書館にあった曽野本を見て気がつきました。
狂ったように本を出している曽野の事だから、過去の本を調べれば、渡嘉敷島について何か言及しているかもしれませんね。

曽野の異常な神経

 曽野のふてぶてしさには、あきれ果てさせるものがあります。今更言うのもナンですが、モノカキの中で最も許し難い存在です。
 かつて法廷という厳粛な場で、「富山真順という人を知らない」、「金城牧師は聖書に無知だ」などと、沖縄の男を舐めきった「嘘」と「ハッタリ」をかましていました。

 こんな大胆不敵さは何処から来るのでしょうね。やはり、自分は権力に庇護されているという自信からでしょうか。

アマゾンの書評

アマゾンの書評、お疲れ様でした。
この新版、議論をしようにも全く新しいところがありません。書くのに難儀されたことでしょう。

どんなに論理が破綻していようが、破綻を何度指摘されようが、めげずに同じ主張をくり返す人がたまにいます。こういう人は相手にしないのが普通ですが、権力と結びついているとそうも言っておれず、厄介ですね。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/tb.php/347-70cadd82
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (73)
渡嘉敷島関連 (19)
座間味・阿嘉関連 (19)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (35)
基地 (55)
政局 (45)
自論 (40)
STAP問題 (17)
慶良間全般 (1)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。