2017-08

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うそ・ハッタリの動力源

コメント欄に書いたように、「ある神話の背景」をはじめ、曽野綾子の言説には多くの嘘、まやかしが含まれている。最大のものが「家永裁判」における、富山真順を知らぬ存ぜぬの偽証であるが、「正論」平成15年9月号掲載の「沖縄戦集団自決をめぐる歴史教科書の虚妄」という論考では、

> 私はその当時39歳であった。体力だけは充分であった。私は軍と村民側双方から話を聞くことにしたのである。その時から私は一つの原則を守った。会える人にはできるだけ会う。軍側の人たちは、飢えと危険の中で生きていたのだから、必ずや赤松元隊長に対して批判的な人もいたであろう。そのような恨みを持つ人が「真相」を話しやすいようにするには、大勢の中ではなく、一人ずつ会うようにする。この二点である。

という記述がある。「会える人にはできるだけ会う」と言ってるが、元兵事主任・富山真順に会うのは容易かっただろうし、実際会ってるのに、大胆至極、「そんな人知らなかった、会ってない」と法廷で言った。朝鮮人軍夫を連れて脱走した曽根一等兵にも、調べればすぐに会えたのに会わなかった。「大勢の中ではなく、一人ずつ会うようにする」の原則も、「青い海」や「石田郁夫」の記事によって、嘘である事が暴露された。
「ある神話の背景」でも、「鉄の暴風」・渡嘉敷島の戦況取材は、体験者でない二人の人物からの「伝聞」で書かれて、それを引き写して村の公式記録が書かれたと、とんでもない歪曲をしている。その他、沖縄の「集団自決」を巡っては、曽野は、女だてらにとんでもないとしか言いようがない、無数の「嘘」「まやかし」を並べている。

なにが、曽野をそこまで大胆に沖縄への攻撃を展開させたかと言えば、当時、低迷状況に在った自分が日本の論壇で「飛躍」するためには、これが千載一遇のチャンスだと直感したからだろう。1961年に初訪沖していらい、沖縄の戦時中の報道状況・言論の状況・沖縄の知識人たちの程度、等々を窺っていたに違いない。国家権力に取り入り、権力筋(防衛庁・厚生省)から情報をふんだんに入手し、「生贄の島」に取り掛かる前に、既に「渡嘉敷島・集団自決」について、有効な情報得ていたと推測できる。所詮、沖縄は人口も、領土も、経済力も、日本本土の百分の一しかない。圧倒的多数の本土人は沖縄のことを知らない。少々の嘘まやかしを言論しても、民衆は感覚でしか判断しないから、自分らの気持ちが痛まなくなる言説は歓迎するだろう。権力の支配下にある出版社が金と人材を提供してくれる事にもなった。
曽野が引き連れて行った『週刊現代』の記者のチーフの鈴木富夫は、「上品でお嬢さま育ちで、大丈夫かな、と思い込ん でいた私なぞ、日がたつにつれ、『粗食に耐え、強靱な神経と体力をもつ』曽野さんを識ることになる 。」と、「生贄の島」共同取材時の曽野の意気込みを観察している。

あらゆる勝算の下に、闘志満々、沖縄に乗り込んだのだろう、そして、一時的天才性を発揮したのではなかろうか。憶測でしかないが、私はそう思っている。
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コメント

本題へ戻りたいが

nio615さん
パソコン上のミスは申し訳ない。 しかし私は放置していたつもりはありません。
さてあなたは
「4、私が和田さんに申しあげたのは、O氏がその会合写真の中にいるのかどうかという一点だけを取り上げて、O氏を陰謀の中心人物であるかのように断定し、口汚く罵ってもいいのかどうか、ということを申しあげました。
5、陰謀の中心人物であるにかないのか、その点で貴方の検証は杜撰であり、あて推量でしかありません。」と書きました。
3月8日の私の書き込みが何故このような意味(陰謀の中心人物)になるのか不思議です。私は、右側の人物が年長に見え背を伸ばして指導者然としているので(首謀者)たる赤松と見間違えた趣旨をはっきり書いています。 誤りだったと書いています。
赤松が赤松復権という陰謀の首謀者でなく、他の人物が首謀者であるなどありえませんよ。
あなたは「感覚」と「感情」に引きずられ「観」を見逃すことがある。
赤松が首謀者、参謀格が曽野綾子であることくらい今までの論議で明白なことです。

私は、「年金」と「叙勲」の情報を赤松と曽野が得た情報先は国からというより、島民から得た可能性が高いと思いました。 現に「ある神話の背景」で曽野は叙勲について富山氏からの情報と明かしています。
私は情報提供者・協力者の意味で書いたことがあなたにかかると陰謀の中心人物になってしまう。

青い海で赤松は名古屋の会合に沖縄の召集兵も同席したと語っています。
この召集兵は第三戦隊や勤務隊というより、たぶん防衛隊を指すであろうと考えるのは普通と思いますが。 千三つといっても利害関係や特定の条件で嘘をつくのであり(誤認を除く)嘘が真より多ければ生活は成り立ちません。 赤松は召集兵も同席したと言っているのです。 これを否定するには肯定するより強い根拠が必要なのではないでしょうか。

成りすましで損害賠償訴訟をおこされても「被告はもっぱら曽野綾子の嘘を世に流布させる目的で原告サイトを引用又は紹介したと認められ、また、原告に何らの不利益を与えず被告に利益をもたらさない」という結論以外は考えられません。

マラソントップは自ら苦労を得々と語らない。 復讐を誓う者はひたすら復讐目的に集中する。 あなたが成りすまし行為や金銭・労力を持ち出すことはあなたの動機に趣味的(自己満足)な要素が混入していることを示すだけです。

映画「行き行きて神軍」の中で奥崎兼一(不確か)に暴行を受けるかつての戦友はなかなか人肉を食べたことその他を語らず隠していた。
私は、集団死は醜い事件であって二度と起こしてはならないと考える。 体験者が少なくなる中、生存者は原告サイドの脅迫に臆することなく真実を語ってほしい。
そして、集団自決が(美しい)「民族の叙事詩」などではなく汚い醜い事件であることを後世に伝えてほしい。 そう願っている。 自由を奪わんとする前近代的シャーマン右翼を憎むのみ。

キー坊さんへ
くだらないことで迷惑をかけて申し訳ない。
私がnio615さんの批判から手を引けないのは理由があります。
まず、私のほうから彼を批判することはほとんどなく、最初に批判を受けているのは私です。 反論だけはしておきたいと思います。

見逃せないのは、事実上、彼が自民党右派が言論の自由を制度の枠内にとどめ、踏み絵を踏ませても内心の自由を確保できるのだというような論理に「感覚」と「感情」に引きずられて近づいていることです。
私自身は抽象的な表現でなく個別具体的に批判に答えるつもりなのでしばらくご辛抱下さい。

召集兵のこと

和田さん。あなたが何を引用したかはしりませんが、そこでいってる「召集兵」は赤紙の兵隊のことですね。青紙の召集兵のことではありません。使い分けは話の流れで理解していただけるものと、私は知らずに思い込んでいたのですね。それは不覚でした。お詫びします。

その他のことについては、ここでは論争したくありませんが、ひとつだけ。和田さんにひさしをお貸ししつづけるについて、私が申しあげたのは、検証可能性のために参照URLを添えてください、連続投稿を控えてください、書き込みは読みやすいように段落を設けてください、○数字は止めてください、などでしたが、和田さんは、わずらわしいこというなという態度。なかなか守っていただけませんでしたね。パソコンに熟達してないので、という言い訳ばかりが返ってきました。「文字化け」「機種依存文字」の調べすらなさらない和田さんの態度に、私は嫌気がさしました。

あなたの尻拭いで○数字を書き直したりしなければならないのは、ヤだな。と思っただけですよ。

そうして、あなたが他所様の掲示板で、「こちらに来てください」といってるのを見つけ動転しました。あなたに呼びかけられた人が、和田さんのサイトだと思っていたそうです。これは、私の判断では確実に成りすましです。刑法犯であるかどうかは問題にしてません。私はあなたに制裁を加えたわけではありません。貴方への私的サービスをやめたにすぎません。

で、さぞかし勇ましいであろう他者への実名攻撃は、相手の顔が見え相手からも貴方の顔が見えるところでやってくださいね。他人の袖に隠れてではなく。いかに貴方が本名を公開したところで、責任はウェブサイトの運営者、掲示板の責任者に有ることぐらいご存知ですよね。

無責任と有責任の境界について、あなたの言い分はズレているだけです。個人攻撃は、100%貴方だけの有責任でおやりになってください。

例えばここであれば、貴方が攻撃した相手からの電話一本で、キー坊さんのサイトがfc2によって一瞬のうちに、アカウント削除されてしまうのですよ。

(追記)↓のように私のHNをお間違いになって平然としていることも嫌気の原因です。これも、何度ご注意申しあげたことか。

nio615さん
責任の取り方について
匿名で批判をしているということについては、私のメールアドレスを公開しましょう。
Wa312@lime.ocn.ne.jp また、nio615さんの掲示板には私の氏名もまだ載っているのでは。
関係者が私を告訴したければ望むところです。曽野綾子の証人尋問を要求しますから。
告訴したい人、代理人は連絡して下さい。素性が確認できたら個人情報全部伝えますから裁判で決着をつけましょう。

名指し批判について
歴史的事件について、名指しができなければ何が何やらわかりにくいです。
次に指摘人物は曽野綾子同様、靖国カルトであり、陰謀に加わっているとして慚愧などではなく、むしろ(国のために)誇りを持ってやっていることで悔いなしと考えているはずです。 侮っているなどというのは彼らの心情を理解しないことであり、かえって彼らの自尊心を傷つけることになるのではないでしょうか。
彼らは、程度の差はあるにしても謀略をもってしても本来あるべき前近代的な日本を取り戻すことが自らの使命と考えているはずですから。

次に召集兵の件についてあなたが言われたことを正確に引用しましょう。
「なお、大阪の会合にしても名古屋の会合にしても、「沖縄の召集兵」はいないと思います。
比較的若いのは、広島で訓練された特別幹部候補生で、陸軍船舶部隊海上挺進隊は広島で組織され沖縄に言って第32軍隷下となりました。沖縄出身の知念少尉も、現地招集ではなく、広島で配属された将校だとおもいます。大阪の会合、名古屋の会合、どちらも赤松側近の海上挺進第3戦隊の集まりで、基地整備隊将校すらいないと思います。
これらもおいおいチェックするつもりです。」
引用では防衛隊に触れていないことから、召集兵に防衛隊は含まれていないと考えているのではないかと考えました。
後2,3年はホームページを作れないと思いますが、オープンなはずの掲示板をクローズ名ものにしようとする試みには譲れません。

Nio615さんは自分自身気づいていないと思うのですが、あなたは物事を判断する最終的よりどころを感覚的なものに置いているように思えます。感覚で、事実を透視できることもあるが、的はずれな論議をすることもあります。例をあげましょう。 赤松の書いたものに「平家物語」を感じるとか。私には思いつかないことですが赤松が平氏のことを語っていた部分があるので当たっていたわけです。 それでどうしたのという気にはなりますが。
あなたは私が成りすまし行為を働いたと言いました。
成りすまし行為の構成要件は自己の口座・ホームページなどを他人の口座・ホームページなどと誤認させ、自己の利益を図り又は他人に損失を与えることになるはずです。
つまり、ホームページを持っていない者に成りすまし行為はできないのです。
あなたはお金と労力のことをいわれました。 あのメール内容では直情の小学生でもない普通の大人は(暴力団・似非右翼・似非同和の不当要求が日常化している日本の現状のせいで)金銭要求と解釈いたします。  リンクには引用と紹介の両面がありいずれにしてもヒット数が多ければスポンサー料が入るはずだから金銭要求ではないことはわかります。
しかしあの表現を見て私はあなたに遠慮する気が少なくなりました。  あなたの志の底が見えたからです。 山崎プログであなたが最後に何をいわれたのか見逃しました。恐らく私のメールと同じような表現を書かれたのだと当てずっぽうに思っています。

私が伊敷氏本人を批判しているといわれるが、(探し方が足りないのか)そのような記述を見つけられません。 かのlovelovedogも曽野綾子の大江論評について「書いてもいないことを云々」と言っています。 是非記述を正確に引用してくださるようお願いします。

なお、私は方法論のこと、事実の関連づけや論理よりも感覚に傾斜する傾向を批判しているのであり、憎しみなどはないので勘違いされないようにしてください。


和田さん2

1、和田さんは、とんでもない捻じ曲げをしています。私は「名指し批判」をすることについて、批判者にとっての身じまいについて申しあげただけです。
2、しかもなおかつ付け加えています。「そんな身じまいなんか知るか」というもの和田さんの自由です。だだしその場合は、他人様の座敷で行うのではなく、ご自分の座敷でおやりなさいと、申しあげました。
3、これは掲示板管理人として申しあげたのではなく、戦争体験を史実に定着させようとしたいと考えるものの立場から申しあげました。
4、私が和田さんに申しあげたのは、O氏がその会合写真の中にいるのかどうかという一点だけを取り上げて、O氏を陰謀の中心人物であるかのように断定し、口汚く罵ってもいいのかどうか、ということを申しあげました。
5、陰謀の中心人物であるにかないのか、その点で貴方の検証は杜撰であり、あて推量でしかありません。
6、和田さん、いうに事欠いて、こんな馬鹿げた「ウソ」をつくのはおやめください。
(和田さん曰)
>私は、沖縄の召集兵には防衛隊が含まれると考えるものであり、あなたは、防衛隊は含まれていないと考えるのでしょう。

沖縄の手記の多くには防衛隊召集兵のことを「防召兵」と呼ぶものが多いことは周知のことです。それは防衛隊員であることを当然含んでいます。ですから、召集兵に防衛隊が含まれないと、私が考えるわけがありません。
====

驚くべきことは、私が申しあげた主題(上記1)に対して、和田さんが、一顧だになさらないことです。
名指し批判されたO氏が、和田さんに対してどのような反論権を実質的に行使しうるのか、という、私のコメントの主題に、全く答えようとなさらないことです。

どうも私には

>和田さん。
>ni0615 さん。

私は何年も前から、曽野綾子「ある神話の背景」を糾弾したいという思いを持っていました。
2007年の暮れから2008年の初めにかけて、ni0615さんの掲示板と、山崎行太郎氏のブログを見つけて、心強い思いをもったものです。
ヤマトゥンチュ(ヤマト人)にも、曽野綾子を強く追求している人たちが居るのだと・・・。

特に山崎氏は、保守系文芸評論家の立場から、作家・曽野綾子を斬って捨てている、その姿勢に感じ入ったものです。また、ni0615 さんのHPの充実振りには、熱心な人が居るなと思いました。

mixiの「集団自決の真実」のレビューを見ても、大和人には、「ある神話の背景」は、すんなりと受け入れられる書物のようです。
そんな中で、皆さんの「ある神話の背景」=曽野綾子批判の言説は、自分にとって心強いものでした。このような人たちが、本当に日本の事を考えている人達ではないのかと。

別に、お二人の仲を取り持とうとは思いませんが、なんだか、意地のぶつかり合いになっている感じがします。

まえにも、言った事あると思いますが、和田さんにお勧めしたい事は、自分のブログを作った方が良いのではないかということです。ブログ作成は難しい事でないでしょう。そこで、自分の主張を打ち出せば、それを批判したい人はコメントを書き込むと思います。

O氏について言えば、私も、O氏の証言に不快感がありますが、知念朝睦や宮平秀幸ほどに、権力の意に沿うように、発言しているようには思いません。彼は公的出版物に2回だけ言っているだけですから。
貴兄の「憶測」は的外れだ、とは思いません。しかし、(憶測はすべきでないと、いつも憶測している私が言える事でないですが、)特定の人物の名誉に関わる事ですから、やはり、慎重にやっていただきたい気がします。
これからも、私同様、曽野綾子・「ある神話の背景」に批判の目を向けていただきたいと、思います。

閉鎖的な一般論

nio615さん
あなたの方向性は誤っています。
まず、一度ならず二度までも他人のホームページでさえまるでオーナー=管理者の如く振る舞い命令口調で話しをするというのはどういうことでしょうか。
『和田さんの投稿は検証不足の当て推量で個人攻撃をしているようで、気分が良いものではありません。』
このように抽象的・包括的・一般的な批判は(個別(類型別)・具体的な)批判と異なり、結局、「うるさい、黙れ」という意味内容しか持ちません。つまり問答無用であり言論封殺といっても良いでしょう。
あなたは、2007/12/6付けのメールに「なお、大阪の会合にしても名古屋の会合にしても、「沖縄の召集兵」はいないと思います。」と書きました。 これに反する考えが気にくわないといっても具体的に反論すれば良いことです。
直近の問題についていえば、私は、沖縄の召集兵には防衛隊が含まれると考えるものであり、あなたは、防衛隊は含まれていないと考えるのでしょう。 あなたの考えは当て推量でなく、私が当て推量だといわれるなら何らかの資料や証拠を提示すれば良いだけではないですか。
「沖縄 召集兵 防衛隊」と検索すれば、4,230件ヒットし
http://www.yomitan.jp/sonsi/vol05a/chap02/sec03/cont00/docu093.htm
上記のように村の正史に書かれているものもあることから、私は防衛隊も召集兵に含まれると判断しました。

次にあなたのホームページには現在の論敵に対して個人(組織)攻撃が多々あります。
過去の人間に対して・・・・とは、原告とよく似た論理を使いますね。
私の立場は高裁判決に類似しています。 歴史的事件に対して個人に多少激しい言葉を投げかけてもやむを得ない面がある。 一つは、事実を確定させるにただでさえ困難があるのに司法がなお制約を設けることは学問への干渉になり、たとえ個別的な(点)事件について歴史的事実の論評の制限であっても関連性から時代性(面)を孕む広範一般的な言論制約に繋がりやすいこと、(現在の事実ではそうはなりにくい)文化統制や地動説を禁止した宗教裁判のように自由を奪う契機となる、そのようなことは避けなければならない。
その意味でOの「軍のことが悪く書かれてはならない」という趣旨は言論弾圧の根元として許し難いもの。 私は自由のためにもそのような特定の勢力についての批判を許さないとする考えは人類の敵であると考えており、Oのような考え方を非難するなといわれても承伏することはありえません。

米軍は沖縄高地で壕がありそうな地形をやみくもに掃射した。 迷路に迷うとき、選択肢が多いときためすより仕方がない。金印が見つかるまでどんな遺物や事実からも当て推量だから(見つかってもよそから運ばれたという主張もあり得る)邪馬台(一)国論争をしてはならない ?。 エジソンのようにやみくもに何百種類ものフィラメント素材を探してはならず、理論的・数学的に最適なフィラメントを確定させるべきだ。このような論調には与せません。
事実や関係を捏造するならともかく一定の事実や関係(点)に基づいて線や面を推測することは人間が普通にやることであり間違っていることがわかれば否定すれば良いだけのこと。間違ったことがはっきりすればどんなにこだわりがある推定でもあっさり捨てるだけ。

沖縄戦のようにカルト軍がからむ地獄に仏はあまりいない。私は、鬼や危機に挑んだ人間の汚さについてタブーを設け、水に流す論調は人間をおとしめる行為だと確信している。
あらゆる方向から事実に迫るしかない。

和田さん

私は、論争の場では相手に対してかなり口汚い言葉も使って批判いたりしますので、偉そうなことはいえませんが、名指しで批判してよいかの条件は考えています。それは、相手が反論権を実質もっているか、ということが基本です。

O.R.氏は、たしかにその手記が「沖縄県史10巻」に載り、今回の裁判でも原告側書証として取り上げられました。しかし、一住民としての「体験手記」が本人の知らないところで個人攻撃の対象になるとすれば、戦争体験の発掘という営為の基礎が失われてしまいます。

とくに、不特定、匿名のもとで「自分を名指しして世間が騒ぐ」ことは、庶民に取っては脅迫を受けるようなものです。このことは、むしろ、「愛国」陣営からしきりになされ、兵士の戦争加害体験の証言を貶したり、その発表に圧力をかけて止めさせるために使われてきました。

実質的な反論権をもたないものにとっては、「自分を名指しして世間が騒ぐ」は、大きな脅威です。

私には、O.R.氏がどのような境遇におられるかは知りません。知っているのは、奥さんを集団自決でなくされ、隊長に詰め寄ったが、いまは赤松の責任ではない、という趣旨を1973年刊の県史10巻に書いた、ということのみです。いまも健在なのかどうか分かりません。

もし、O.R.氏が今日現在、なにかメディアを通して「運動」の重要人物として登場しているなら話は別です。しかし、O.R.氏は(もし実質代理人がいるとすれば代理人を通して)、和田さんへの反論のチャンスをどのように獲得できるというのでしょうか?

曽野綾子氏とO.R.氏とでは、反論権保持という点では天と地の差があります。
照屋昇雄氏や宮平秀雄氏らとも雲泥の差があります。

ーーーー
なお、私が、「ご自分のサイトでどうぞ」と申しあげたのは、和田さんが、O.R.氏はもとより第三者からの批判の対象者として、名乗りをあげているかどうか、ということに係るからです。

つまり、批判者が批判者としてのResponsibilityを持っているかどうか、ということです。キー坊さんのサイトにお書きになっている限り、責任はキー坊さんに帰してしまいます。

大城良平

和田さん。
大城良平は、彼の「体験談」(71年「潮」、74年沖縄県史)を読む限り、知念朝睦同様、旧帝国軍人として赤松軍に気持ちを一体化している地元民である事は確かです。彼だけでなく、防衛隊長・屋比久孟松も「赤松は自決を命令してない」と、赤松の死後に、伊敷清太郎氏に言っています。
逆に、同じ軍隊経験者でも、古波蔵惟好、富山真順のように、集団自決は軍に責任があると、証言した村幹部もいます。この分れ目は何処にあるのでしょうね。

「青い海」の記事中で、赤松隊会合に「沖縄の召集兵」も参加している記述を、私は見落としてました。
この参加者が大城良平である可能性は十分あると思いますが、氏も自決犠牲者の遺族かも知れないだけに、彼が首謀者であると、軽々に決め付ける事は避けたいですね。
写真の人物が大城氏であるかどうかは、渡嘉敷へ行って、地元年配者に見せれば、簡単に判る事かも知れません。

あて推量

和田さんの投稿は検証不足の当て推量で個人攻撃をしているようで、気分が良いものではありません。

そのでんで勧める曽野綾子批判は、おそらく信頼を得られないでしょう。もう少し検証を深めてから、という姿勢で臨んでください。

また、検証不足でも個人攻撃も辞さずというなら、ご自分のサイトで、ご自分の責任でおやりになっていただきたいと思います。

青い海写真の大城良平

http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6%E3%80%8C%E9%9B%86%E5%9B%A3%E8%87%AA%E6%B1%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%AC%8E%E3%81%A8%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E7%A7%A6-%E9%83%81%E5%BD%A6/dp/4569706401
予定発行日の昨日、当地の本屋では上記「沖縄戦「集団自決」の謎と真実 (単行本) 秦 郁彦 (著, 編集) 」まだ店頭になかった。
曽野が取材経過について何か書いているか、秦の捏造地図は訂正されているか、要するに嘘や改竄が維持されているのか、(目立たないようにか、特筆して)訂正されているのか確認しておく必要があるでしょう。

ところで、図書館で潮(197年11月号)借りました。 「生き残った沖縄県民100人の証言」の中に大城良平のものがあり(126ページから127ページ)写真も掲載されています。
大城良平といえば、「沖縄県史」において自らスパイ嫌疑の者の査問役をやらされたこと、軍を悪く言うようなことは差し控えなければならないことを記しています。 大城と赤松は「スパイ嫌疑による斬殺」において共犯・一蓮托生の関係にあるといってよい。
彼は防衛隊員として赤松隊及び島内の情報に精通している。
赤松は、「青い海1971年6月号」で名古屋の会合には渡嘉敷島の召集兵も出席していると語っている。 その人物は大城良平である可能性が高い。 大城良平の写真を見るまで青い海の曽野赤松写真右側の最も年配にみえる人物が赤松かと思っていた。

山崎氏は左のワイシャツの人物が赤松だという。わかつきにみえるが確かに沖縄県史の沖縄本島での写真と似ている。 潮によると大城は米軍上陸当時33歳、対して赤松25歳。大城のほうが年長。くわえて潮での大城の正面写真(額から禿げ上がっている)容貌が右側の飲み物に手を出しているようにみえる人物に酷似している。  たぶんこの人物が大城良平であろう。

写真ではこの人物が指揮者然と振る舞っているように思えたことも年長という思い込みと相まって赤松と誤認した理由である。
年金と叙勲で集団死を忘れたい、癒されたいという島民の思いを逆手にとって曽野に年金と叙勲のことを叙述させ、島民を沈黙させるよう進言し、村長などを説得し島内で赤松に反抗できない状況を導かせたのはこの人物だろう。 

曽野の渡嘉敷取材

>和田 さん。
新沖縄文学42号で、曽野は「1971年の8月、この問題に関する直接取材のために沖縄を訪ねたが・・・」と書いています。この時に、金城武徳に現場を案内してもらったのでしょうが、この時以外にも渡嘉敷を訪ねているに違いないです。

>阪神さん。
確かに、曽野の渡嘉敷島取材は杜撰だと思います。しかし、それは意図的な杜撰でしょうね。
それに比べて、赤松擁護派からの取材は綿密であり、かつ多量です。

キー坊さん、そうでしたか。阿波連にも行っていたのですね。そうは言っても、紹介された人にだけ話を聞いただけなのでしょうね。70年当時に集団自決の生き残りの方は数百人はいたはずですから、曽野の調査は杜撰ですね。

キー坊さん
金城武徳が曽野綾子を案内した年はわかりますでしょうか。

曽野は何人に

阪神さん。
曽野は阿波連では、金城つる子と東恩納政吉にインタビューしてますね。あと、渡嘉敷のABCDの4人の婦人、富山真順にも会ってますが、本に書いてないし、法廷でそんな人で知らないと言いました。
金城武徳らが曽野を玉砕場に案内したらしいが、名前は出してません。なお、金城武徳は、伊敷清太郎氏に、あれ(ある神話の背景)に書いてあるものが、一番真実に近いよ、と言っていたそうです。

とにかく、現地からの取材量は、赤松側からのものに比べると、圧倒的に少ないです。

曽野は何人に話しかけたのか?

ある神話の背景では住民証言の占める部分はごく僅かです。自分の足で調べたというよりも玉井村長に紹介された4人の話だけです。曽野は阿波連、渡嘉志久にも行ったのかどうかさえ不明です。曽野は道行く人に声を掛けて調べたとは思えません。もしそのような事をしたのなら、住民からあからさまな拒否反応を示され、ことごとく取材に失敗していたでしょうから。杜撰極まる渡嘉敷取材としか言いようがありません。

「国の支え」よりから

>和田 さん。
>浪魔人は結局、宮里氏の話ではなく、梅沢が語った内容を詐話と侮っていることになります。

そうですね。 勤勉な、沖縄への植民者の狼魔人にしては、エラーでしょうね。宮里氏は関西のミニコミ誌の梅沢氏の文言を基にして、記事を書いたのだと思います。
故に、狼魔人は梅澤の書いた事を、貶している事になりますね。

目取真俊も自身のブログで、この梅澤文言を捉えて、疑問を呈しています。
http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/5bfe65722e13856d6f0f8a9fe5ad3aa7

目取真氏は、ni0615 さんのHPからの資料を基にして、そのブログ記事をを書いてるようですが。

原告上告理由書の主張は正当か1

http://osj2.jugem.jp/?eid=3
上記によると、原告主張の柱は原審では(真実性・真実相当性)の法理を放棄し、その基準に違背する「明白性等の基準」を持ち出した。そのことは、判例違反であり、憲法違反でもあるというのである。

当然の事ながら、裁判に持ち込まれる事項は現実に行われた諸現象の極一部である。たとえば日々行われる売買取引で訴訟となる割合は知れている。 従って、裁判上ある大きな枠内で基準を設けたからといって、そのままの形で全部の類似した類型をカバーできるとは限らない。
従来から個人対個人の問題としてのみ扱われた類型で第三者の権利に関係する要素と絡む事案や学問の自由など公益に係る要素に絡む場合、法廷で原則を修正してバランスを取ることはよくあることで合理的であれば許される。 この場合においても原則を曲げたことにはならない。 法曹用語では、権利内容に絡めて独自のむつかしい用語を使用するので一般人は理解しにくい。別のたとえをしてみよう。

数学・物理学の定理・法則では場合分けされることがある。場合分けされた定理も一括して一つの名称で呼ばれることが多い。それは何ら問題ではない。

会計学上、(企業会計原則等)売上の認識は実現主義によると言われる。これだけでは抽象的・一般的原則でありせいぜい発注だけで売上を認識するのは粉飾ということにしかならない。 実際の取引においてはスーパーの買い物のように金銭と商品の同時決済で売上が完成する。 しかし、商品の性質と取引の性格からそのような単純な納品基準では不合理で買い手が納得しない取引もある。 瑕疵や不具合が多い商品やサービス、住宅・機械・ソフトウェアーなどでは納品だけで売上を認識せず、買い主の検収や稼働を売上認識の条件とする。サーバー設定などソフトが動かないコンピュータなど素材の塊に過ぎず買い主にとって価値がないのである。
ところで納品・検収・稼働・請求などは売上認識の基準である「実現主義」に違背するものではなく実現主義の諸態様である。 つまり、実現主義は一般的抽象的上位基準又は指針であり、さらに類型別に複数の具体的下位基準が必要とされるパターンもありうるということなのだ。

行政側からみた法律も法→令→規則→通達という階層構造を持ち、法単独だけで個別具体的なすべてのパターンに対応できるわけではない。 そのような行政側の法解釈があっても異なる司法判断がされることはある。
普遍的本質的なものはやや抽象的に概念化する他はないが、個別具体的場面では普遍本質的な事項に肉付けをして、つまり具体性を与えて表現できるということである。
原告は、原審は本件を特殊事案として特別扱いし、真実性・真実相当性と異なる基準を発明している、これは違法不当憲法違反だ、などと主張しているが失当であろう。 原告も自認するとおり、既に百人斬り裁判が終結していて本件と類似した基準を採用している。この裁判が例外的特殊なケースであるわけがない。 
公益と歴史判断に絡むという類型について真実相当性を緩やかに解しなければならないという要請・合理性は存在する。明白性等の基準は真実性・真実相当性判断の下位基準又は具体化として何ら問題がないどころか正当である。

キー坊さん

>軍側の人たちは、飢えと危険の中で生きていたのだから、必ずや赤松元隊長に対して批判的な人もいたであろう。・・・一人ずつ会うようにする。

もしかすると、「諸君」連載ではそのようだったかもしれませんが、例の写真のように、曽野は赤松隊隊員たちと会同して、連載の講読会のような形で彼らに内容の検証を求めたと思われます。

単行本では、隊員の意見の引用が明らかに増えています。とくに、古波蔵村長の曽野による聞き取りインタビューの項は、連載ではそれが素で紹介されていますが、単行本では、隊員からの反論でそれはズタズタに分断され、古波蔵証言をトンデモに思わせるのに成功しています。

もし古波蔵氏にも再反論を求めた、ということがなかったとすれば、彼はそうした曽野による改変を知らずに、口惜しさも感ずることなく、他界したかもしれません。あるいは、完膚なきまでにやられて(渡嘉敷戦記の否定)、古波蔵氏は沈黙してしまったのでしょうか?

そこのところが、「ある神話の背景」イチバンのミステリーでが、まとめようまとめようとして、いまだです。

キー坊さん
>国家権力に取り入り、権力筋(防衛庁・厚生省)から情報をふんだんに入手し、「生贄の島」に取り掛かる前に、

それは私には検証不能ですが、
曽野綾子は、仲宗根氏とあったことが、彼女の取材人脈の大きな基礎だったと思われます。それが、沖縄文化人の信任を得て、のちのちの君子豹変を有効たらしめたのでしょう。

ただ、赤松との接触のために、防衛庁の戦史室の戸をまず叩いたことは、だれでもそうするでしょうから、ありうる事です。

曽野と赤松の関係では、「諸君」連載版のあるところには、「赤松にそれを電話で確かめた」という意味の表現がありましたが、単行本ではそれが削除されています。単行本は連載よりも一層赤松サイドに転んでいますが、それだけに、赤松との密接な関係を匂わすような表現は消したかったのでしょう。

浪魔人が恐れた波紋

http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/22ca9b586a6d50d7c59080aa3241112f
上記によれば、浪魔人が08/09/26に宮里芳和を詐話師と侮っていることがわかる。

しかし、該当08-09/20宮里芳和のホームページを見て(該当部分閲覧できるがリンク不能)
引用すると
「「国の支え」よりからの報告では元戦隊長の談話では、本部壕にはいないのです。その談話を抜粋して掲載します。 元戦隊長の談話
空襲やもの、俺たちの部隊は最初、小学校の校舎におったれども、狙われて。とにかく空襲で傷んだ家に移って、そこを宿舎にやっていた訳よ。それでいよいよ座間味のほうに敵は来るだろうと予想を私は立てましたよ。 敵はこの慶良間に必ず来るだろうと。慶良間に特攻艇があるのだから。結局敵が上陸する前の晩に僕たちはもうボロボロに壊れた海岸近くの家(前翁長家)におって、いよいよ明日来るぞ、と戦闘準備をしていた。」

浪魔人は結局、宮里氏の話ではなく、梅沢が語った内容を詐話と侮っていることになります。
論理的には、本部壕での出来事が事実だったとしても、宮里芳和が詐話師ということにはならない。浪魔人は何故一週間も経たないでこのような記事を載せたのでしょうか。
実は梅沢が1945/03/25夜、本部壕にいなかったという命題は頭から否定と決めつけられる空言ではないかもしれません。
第1に、梅沢は(国の支え)という、いわば身内の中で軽口を言ったのであり、とんでもないことを語り、あるいは逆に他では話せない事実をポロリと語る可能性があります。
第2に座間味島内に宮城初枝の証言を検証できる島民生き証人がいないこととパラレルに本部壕にいたはずの第一戦隊兵で宮城証言を(宮城証言の前にも後にも)立証した人物がいない。もちろん第1戦隊戦死率は第3戦隊の倍以上という条件はあるのだが。
第3に梅沢は、宮城初枝と会った際、いきさつを忘れていたのだとされているが「母の遺したもの」での会話を考察すると梅沢が初枝の間違った認識に便乗し、それに乗っかかって演技をしていると受け取れる場面が複数箇所ある。
第4に宮平秀幸は裁判前から(それが事実なら集団死などありえない、村長の隊長集団死中止命令)を証言していてそのことに関してはぶれていない。
そうすると、宮平秀幸は夜、(オウムなどの酸欠幻覚ヨーガには到底及ばないものの)臨場感あふれる金縛り状態の夢によって(事実)と信じているのであり、嘘の意識はないのではないか。    とすれば、宮平秀幸の姉である初枝にそのような金縛り体質があるかもしれない-嘘と思わない-誤認の可能性を排除できないのではないか。

以上のような憶測が可能になることから、浪魔人は宮里芳和を詐話師として早急に抹殺することが必要と考えたのではないか。

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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
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