2017-08

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里帰りの雑感

 1週間ほどの里帰りを終えて帰ってきた。梅雨入りしたはずの沖縄は、那覇に着いたその日の夜に土砂降りにあったのだが、その翌日はカラリと晴れ上がり、座間味に渡ったその日からずっと晴天で暑かった。おかげで顔は真っ赤に日焼けしたしまった。沖縄を発つ2日前に関東も梅雨入りと聞かされたが、帰ってみたら首都圏も晴れ上がり真夏の様相である。どうやら私は晴れ男のようだ。
 5年ぶりに降り立った那覇の市街は道路の拡張、市街地の拡散、建築物の高層化が進み、首都圏内と見間違うような様相であった。

 かと思えば、小生が1泊した泊港南側の前島3丁目は、35年くらい前は沖縄一の歓楽街であったのだが、今は寂れて淫靡な看板のスナックやサロンがチラホラ残るだけだった。昔の飲み屋だったところの多くが、1泊1.200~2.000円安宿街に変わっていた。お昼頃、コンビニに行くために外に出て街角を曲がった時、ビールケース1に座ってた70才にも見える老女に突如として微笑みかけられた。こんな場所にこんな時間で商売している女がいるのかと狼狽した。その種の商売をしているのはこの女一人ではなく、翌日の午前中にも、数名たむろしている女の一人に声をかけらて慌てて退散した。宿の主に聞けば、彼女らは昔からずっとこの地で商売している女達とのことである。この界隈には、安宿に逗留する大和人の若い群れもそちこちにいたのだが、彼らが客になる事はないだろうから、沖縄人の中高年男がこの商売女らの客になっているのだろう。

 1月に70才の従兄がガンで亡くなったのだが、急な知らせで葬式に出席出来なかった。焼香の為に従兄の遺宅を訪ねる事も今回里帰りの目的の一つであった。以下は数十分の滞在で、奥方から聞いた大まかな話である。  亡くなる1年ほど前にすい臓ガンが発見されたのだが、すい臓ガンは発見しにくい性質があり、既に進行していて肝臓に転移した段階で発見された。それ故、手術は難しいものだと主治医から言われたのだという。余命は1年だと、家族より先に本人が告げられたらしい。家族は何とか3年くらいは生きてもらいたいと色々な治療方法を探した上で、入院している病院とは別のクリニックで免疫療法を受ける事にしたという。陽子線療法も考えたが、肝臓に転移した状態では有効ではないと言われたらしい。免疫療法を受け始めて数ヶ月は症状がよくなる傾向にあると思えた。クリニックも免疫療法以外の治療は受けないで欲しいと言われたのだが、主治医のいる病院での定期的な検査は受けなければならなかった。その頃息苦しさを覚える事が多かったので、主治医からその為のある一時的な治療法を勧めらたのでそれを受けた。その数日後に、意識不明に陥って救急車で運ばれたが帰らぬ人になったという。奥方はその一時療法が悪かったのではないだろうかと、不信の表情を見せていた。

 免疫療法は初めの1月は70万円程掛かったという。近藤誠医師の言によれば、免疫というものは外部からの侵入物・異物に対する抵抗力であり、免疫療法はそれを強化する療法であって、内部で発生したガン細胞を消滅させるためのものではない。それ故、ガンの根治に有効なものではないと断定している。私は免疫療法の内容をもちろん知らないので、とやかくいう立場にないが、従兄が受けていた時、症状が良化していたという事は症状緩和療法としては、一定の効果があったのではないかと想像される。
 だが私も、「ガンはその人の人生の歪みが現れた現象である」という確信を持っているので、既存のどんな療法もガン治療には有効ではなく、無駄な事と思っている。免疫療法も多額の医療費が掛かるという点で、所詮は「金儲け医療」過ぎないのではないかと思う。「陽子線療法」と同じく、「三点セット」などに比べれば、患者に苦痛を与える事が少ない、多少は良心的な療法であろうということである。
 
 6人兄弟の長兄である従兄は、十年ほど前に死んだ父親が多くの遺産を残していた。それは大部分が米軍・嘉手納航空基地内にある先祖代々の土地(畑地)である。嘉手納基地は永久に返還されない基地と目されて地料の単価は高いので、1万坪も持っていれば沖縄ではかなりの資産家である。父親が死去するまで別の土地で暮らしていた従兄が実家に戻って来てみると、父親の遺産は既に弟妹らによって長兄にはかなり不利な状況で分割相続されていた。自分が不満を言っても、弟妹らは逃げて話し合いに応じようとしない。母親は認知症の症状を見せており、他の親戚筋の方々も既にこの世を去っていたり、高齢化していたりで介を頼むこともできない。
 以上ような事を、従兄は5年前、30年ぶりくらいで再会した時、直ぐにしゃべり始めたものだ。長兄ではあるが、気弱な性格の従兄は、下の兄弟たちにしてやられたという悔しさの気持ちに、その数年間占領されていたと私には見えた。小生の家族は祖父の代でおおかた財産を失って何もないので、従兄が受け継いだ分だけでもかなりのものに思えるが、トートーメー(ご先祖の位牌)を守って行かなければ立場の者としては、大いに不満な事として受け入れ難いものだっただろう。何よりも、弟妹たちという肉親に裏切られたという現実が、彼の心身に大きな影響を与えたと思える。私には彼も米軍基地存在の犠牲者だと思える。


 座間味島に行って、ある程度の数の証言者と接触できたのだが、肝心のある人には逢えなかった。それでも予想外の数で話を聞けた(聞かされた)ので、一定の成果は得られたと思う。追々報告していきたい。
 
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コメント

検診受けず

阪神さん、コメントありがとう。
一般的な健康法にお従いのようですね。でも、万一「早期発見」のガンが見つかっても、「三点セット」の治療方法は受けない方がよいと思います。それによって、生活のコォーリティーが破壊されかねないと思うからです。
私は、これまで書いてきたように、ガン検診を受けてガンを早期に発見しようとは思いません。近藤医師のアドバイスに従って(というより近藤医師の考え方に私元来の感覚が合致するから)、ガンに関しては放置しようと思っています。

軍用地

キー坊さん、お帰りなさい。

私は、江東区が実施する胃癌、大腸癌、肺癌の検診を受けています。
これだけでは癌の全てを発見できないでしょうから不安ですね。
献血は定期的にしているので参考にはしていますが、癌の発見とはさほど関係なさそうなので
もっと精度を高める工夫が必要ですね。

昨日、同僚と飲んでいて、たまたま遺産相続の話になりました。
どこでもありそうな、ごたごたの話だったのですが、財産があると兄弟姉妹もめるものですね。
私の場合、遺産相続は殆ど相談もせず、兄が主な財産を次ぎました。
その時は、主な遺産を相続しなくてもいいと思っていたので気にはしていませんでした。
しかし、ウルトラ級の愚かな兄は、財産を守る事が出来ずに、地元でど恥をかいてしまいました。
悔やんでも悔やみきれません。
人生台無しです。
母がかわいそう・・・。

沖縄ではトートーメーを守るものが全財産を受け継ぐという意識は、もはや過去のものなのですね。
それにしても嘉手納で1万坪の軍用地があれば、人気芸能人並みの収入ですから、ジン ドゥ タカラにされてしまいます。

余談ですが、日本側から撮影した10.10空襲の写真とひめゆり学徒が卒業式をした三角兵舎の写真がみつかりました。
防諜上、こんな写真は無いと思っていました。
沖縄へは連絡してあるので、そのうち更に鮮明な写真が発見されるかもしれません。
その時は、またお知らせします。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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