2017-08

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ぬちがふうの上映会

 29日に阪神さんから、朴壽南監督のドキュメンタリー映画・『ぬちがふうー玉砕場からの証言』上映の情報を得て、急遽という感じで31日夕方中野の会場に行った。10分遅れで入ったのだが100人収容位か満席で、通路に置かれた椅子席で見た。
 今回の映画は1989年から開始した沖縄での撮影映像を集大成したもののようである。時間は約2時間半、沖縄戦時の阿嘉島に連行された朝鮮人軍夫に関する、元軍夫本人の証言、及び彼らと接触した阿嘉島の住民の証言が主な内容だった。この編は第1部(阿嘉島編)ということが終わってから判った。

              nutigafu24.jpg
                        上映会で配られたチラシ  前作の「アリランのうたー沖縄からの証言」(91年)の内容は、1985年頃に朴壽南監督が韓国に渡り、慶良間列島に連行された元朝鮮人軍夫を探し訪ね、元軍夫が地元で語る戦時中の証言映像が主な内容だった。この前作には1989年頃、座間味島に連行された元軍夫を同行して慶良間を取材し、朝鮮人軍夫と慰安婦に関する現地の住民の証言映像、元軍夫自身の述懐、そして渡嘉敷の北山と座間味の古座間味海岸でいとなまれた地元の戦時体験者・軍夫の遺族らによる、二つの合同慰霊式の様子も収録されていた。

 今回の『ぬちがふうー玉砕場からの証言』阿嘉島での体験住民と元軍夫の証言が大半である。映像には、1992年に阿嘉島を47年ぶりに訪れた元軍夫4~5人と、3~4人の地元住民の証言が収録されている。前作の韓国に於ける映像では初老だった阿嘉島従軍の元軍夫が、それから7年経った映像では70台半ばの老人となって、自分らが生死の境をさ迷った土地で、その体験を感慨深く語っている。現在はその映像から20年が経っているが、今健在の人は少なくなっているだろう。
 この92年の映像では、伊藤秀美氏の著書に手記と証言を提供してくれたという元阿嘉島少年義勇隊の垣花武一氏が地元の主な語り部となっていて、初老の垣花氏は元軍夫と言葉を交わしながら戦時中の状況を語っている。その言葉は概ね旧日本軍への告発の響きを帯びている。今回の映像では、最近の垣花氏の証言模様もあるが、戦時中少年兵だった垣花氏も80がらみの老人となっている。

 小生が今回の朴壽南女史の新作を出来るだけ早く観たいと思ったわけは、2年前に前作・「アリランのうたー沖縄からの証言」上映会で配布されたチラシにあった女史のコメントを読んだからである。このコメントで朴氏は、梅澤隊長が自決命令を下したという通説を否定し、助役宮里盛秀が集団自決を主導したと示唆した宮城初枝・晴美母子を強く告発していた。そして次回作には、その告発の証言も含まれる事を予告編でも暗示していた。

 それで今回の作品には、どんな形でそれが含まれているのだろうかと緊張感を持って観ていたのだが、その件に関する証言映像はまったく無かった。というより、座間味島に関する映像が皆無だった。朴氏は宮城親子への告発を断念したのだろうかと思ったがそうではなく、上映終了後に読んだチラシには、今回の編は第1部(阿嘉編)であり、高齢化した遺族・証言者に早く見せたい為に編集されたものであり、8月15日前後に第2部(座間味編)の上映を予定しているという。

 この2部で宮城晴美親子への告発映像を公開するようだ。2部は沖縄では上映会を行わず、また本土でも8月15日前後に朴氏の地元・茅ヶ崎と横浜の2ヶ所で開催するのみで、後は各地・各団体からの要請に応じて上映会を行うと、終了後の監督挨拶で朴氏は言っていた。これは何を意味するかと推測するに、第2部には座間味島の集団自決被害者とも言うべき宮城初枝親子を強く批判する内容を含んでいるからかと思われる。
 確かに、晴美の『母の遺したもの』は、梅澤・赤松・曽野・靖国応援団などに付けこまれる内容を含んだものではあるが、全体を通じてはむしろ梅澤告発の内容だと私には思える。ただ宮城親子はナイーブ過ぎたとは言えるのだが…。朴氏は1989年以来慶良間に関わってきて、2000年になって突如として現れた軍命否定の発言に許しがたいものを感じたのだろうか。
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コメント

第2部ではなさそう

和田さん、私は渋谷のロードショウ見てないので断定できないですが、製作サイトの告知を見てみれば、ロードショウの期間が、7月28日(土)~8月24日(金)となっています。これは第一部の上映です。よって、これはまだ阿嘉島でしょう。
http://www.geocities.jp/nutigafu/

上映中も阿嘉島 ?

和田です。
http://qc.sanpal.co.jp/info/1548/
24日までの上記は第二部ではないのですね。

和田さんへ

本文に書いたように、今上映されている「ぬがふうー玉砕場からの証言」には、座間味住民の証言はほとんど採録されていません。
 第2部で宮城親子への告発証言が公開されると思います。

「無駄死に」か「殉国」か

阪神さん、宮城能彦の資料提供を有難う。
宮城の薄っぺらなもの考え方には反吐を催します。

『彼ら(沖縄戦で亡くなった多くの人たち)の「殉国」のおかげで、我々は今平和で豊かな生活をすることができる』
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460581.jpg.html

これは本土の捨石となった沖縄人の命を、大和人の高みから見た感覚です。宮城は大和人の立ち位置に身を置く事で、人生の立身を図ることに決めたのでしょう。

既に1961年に、太田良博は、
「ひめゆりの塔」の少女たちの死は美しい犠牲であったと思うのはかえって、思想的に危険である。 (中略) 彼女らの死に何かの意義をみとめようとすることは、かえって彼女らの死を肯定することになり、ひいては、戦争そのものを肯定することになる。
と見抜いています。
http://keybow.co/ootaryou/hansei1.html

宮城が奥部落などで、戦争を体験者たちの証言を採集することは意義ない事ではないでしょうが、その結果をどんなふうに学問的に纏めるだろうか、という事に関しては全然期待は出来るずありません。

奥の戦争体験

この掲示板に「学問としての戦争体験調査」を宮城教授がしていると書き込んだからとは思いませんが、
本日UPされていましたw。この掲示板をROMってるかもw。
学問としてどう纏めるのかは不明。単に聞き取り調査を発表するだけかもw。
与論への脱出を図った兵隊は150人以上いるはずなので、脱出に関する住民証言をあと3,4件調べれば、北部地域調査の特徴が更に出せるよw。
戦中、ハブに咬まれてからの対処について、ここまで細かく書かれているのは他にはないですね。
ブーブー(瀉血)してナメクジに吸わせ、ヤブー(民間医)の軟こうで治ったのは希少な事でしょう。
http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009883321

二段階条件付命令ではなかったか

阪神さん
フイジガーの収容力の指摘ありがとうございます。200メートル続く谷であれば1m両側に2名でも800名収容可能。 フィジガーで気になるのは、機関銃騒動(村長の言により、新城兵事主任が軍陣地に駆けこむ)の後、渡嘉敷部落の人の多くが軍陣地に移動したが阿波連の半数(半数は元々軍陣地近く)がフィジガーに止まりこのことが午後8時からの大規模な自決に繋がりました。

 前日の第1戦隊2個中隊による切り込みの再来を恐れた、米軍留利加波付近からの夕暮れ切り込み阻止砲撃の遠因となり、阿波連住民の大量自決を招いたことは確実です。 しかし、先行した(ただし渡嘉敷部落よりは遅れた)阿波連住民の多くが午後3時前に軍陣地に移動しなかった理由が今一つわからない。 今のところ、阿波連住民は恩納河原に小屋や権利をもたないのでフィジガーの谷がより安全と考えた、機関銃騒動は渡嘉敷部落民の移動は促しても阿波連住民には伝わらない、移動の動機が弱かったことなどが考えられる。 移動の動機が弱い原因の一つとして、阿波連住民の位置が関わる可能性があると考えてみたまでです。


さて、「ある神話の背景」では、村長と巡査の会話の中に、(取材順序は別においといて)軍命に関するやり取りがあります。村長は「それから敵に殺されるよりは、住民の方はですね、玉砕という言葉はなかったんですけど、そこで自決した方がいいというような指令が来て、こっちだけがきいたんじやなくて住民もそうきいたし、防衛隊も手榴弾を二つ三つ配られて来て・・・・安里巡査も現場にきていますよ。」と語っている。

 この証言に最も近いのは、http://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/syomen1.html
の家永第3次教科書訴訟第1審 金城重明 証言「当時、村の指導者を通して、軍から命令が出たというふうな達しがありまして」であろう。 そして、巡査は曽野に「部隊がもう最後という時に一人は部隊の連絡に出た筈ですよ。 ・・・・連絡員を部隊に出しました」と語っている。

次に吉川勇助の陳述書http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1332431747.jpg.html
には、大略「軍陣地から出てきた40歳過ぎの中年男性である防衛隊員が「伝令」と叫びながら古波蔵村長の隣まで来ると、村長の耳元で何かを伝え、村長は何度も頷いていたこと、伝令の話を聞き終えた村長が郵便局長と話をし、しばらくたって住民に呼び掛けて「天皇陛下万歳」を三唱し、村長の「発火用意」との号令によって集団自決が始まった」との記載がある。 

 陳述書より約一ヶ月早い沖縄タイムズの記載は陳述書の要約版といえ、それに引きずられるように金城牧師は松川の兄さんと思われる伝令が村長に耳打ちした話と、教科書裁判での自己の証言を同一視している。 だが私は別物と思っている。 
吉川証言に拠れば、村長は最後の伝令の話を聴いてから郵便局長としか相談していない。時間も長くないようだ。一方.村長は村の三役等と相談をしている、それもかなりの時間、という証言は数多い。村長と牧師が指摘する話は、村長の耳元だけでなく、広く住民に伝えられたということで中身がかなり異なっているようだ。さらに金城牧師は阿波連出身で村長の挙動を観察できなかったろう。 

曽野や巡査も嘘ばかり語るわけではない。巡査は一貫して「米軍に保護されるのはいけない。(捕虜になるよりは、自決せよ、との意)」と証言する。巡査には手榴弾を配り、爆破の指導・遺書の薦めをしたとの複数の証言がある。 28日午前中の段階でそこで自決した方がいいというような指令が来ていた可能性が高い。 このことが、集結した住民の間に広がり、村の三役がいろいろ相談したということであれば、自然の流れである。 
最後の伝令について、巡査は出したことは認めるが、復命に至らず自決が始まったとする。 取材順はともかく、曽野は巡査とのこの重要な問答を村長にループし問い合わせるということをしない。

 そして唐突に、村長の話では軍命は巡査を通すのだから軍命はなかったと短絡させる。村長に誘導させた、軍からの命令はすべて巡査から村長へと伝えられるとの(時期の錯誤を含む怒りの)激白を巡査に伝え、確認することもない。 曽野は、自決した方がいいというような指令と、最後の伝令を出したことについて、「村長と巡査の絵空事」であるかのように無視し、巡査は軍命を聞いていないから軍命はなかったと付会し、指令と最後の伝令の話を後背の闇に押しやった。

伝令の中身は赤松と巡査の基本的考えを受け継いで「捕虜になるようであれば、自決せよ」との条件付き自決命令と推測できる。 巡査と赤松の自決の未必の故意-意思、その意思に基づく防衛隊を通じた自決を視野に入れるようにとの指示に引き続き、条件付き自決命令が出されたのであれば、村長の条件としての時期判断を誤ったかもしれないとの悔悟と、死亡した伝令に近い村長に(二人が独断で決めたのではないかという疑惑から)周囲の非難が及ぶ可能性も指摘できる。

宮城能彦

キー坊さん、情報ありがとうございます。23日は仕事なので行けません。
「沖縄道 沖縄問題の本質を考えるために(宮城能彦)2012.2.25初版」に集団自決の件がありました。
4年前に山崎先生のブログで叩かれてから、この著者はどう変化したのかと思って読んだら、相変わらず「師と仰げない低次元教授」でした。
今は学問としての戦争体験調査を北部地域で行っているそうですが、この「学問としての」という所に期待を寄せる事は出来ません。
なぜならば、社会学を専門としていながら『彼ら(沖縄戦で亡くなった多くの人たち)の「殉国」のおかげで、我々は今平和で豊かな生活をすることができる』と言っているかです。
今の豊かな生活が戦争犠牲者のおかげであるという決まり文句を使うという事は、いかに戦争体験を社会学的に分析している学者の論文を読んでいないかを露呈しています。
この著者のレベルは中学、高校の教師程度でしかありません。
しかも著者自身がレベルの低さを認めているのです。情けない事この上なし。
著者に向かって「博士論文まだぁ?」と言いたいw。
戦争体験調査の結果が出たら数年後に沖縄に行って読みますが、どんなものになるか見え透いているのが悲しいw。

http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460492.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460505.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460520.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460532.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460682.jpg.html
ttp://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460581.jpg.html
ttp://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460695.jpg.html
ttp://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460714.jpg.html
ttp://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1339460727.jpg.html

朴氏よりの上映会案内

 朴壽南監督の娘さんである朴麻衣さんより、メールが来ました。
 5月31日の中野上映でアンケートに答えた客に、メール送ったようです。『阿嘉島編』のアンコール上映のようです。私は行けません。
 麻衣さんよりのメールを貼り付けます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

急な企画ではございますが、
5月31日東京中野で開催された試写会を契機に
来たる23日、沖縄戦慰霊の日にアンコール試写会を開催するはこびとなりました。

つきましては、本作をご覧いただいた皆様から
ぜひとも知人、友人、さまざまなグループへと
是非この試写会のお知らせを広げていただきたく
ご連絡いたしました。
以下の詳細文を引用いただき、メールやブログなどの活用で
宣伝協力いただけると幸いです。

日時: 6月23日(土)

●14:00開場/14:20開始

●14:30上映

●17:00 監督講演と会場交流

場所:明治大学和泉キャンパス<第一校舎4階/403教室>
東京都杉並区永福1-9-1
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/izumi/access.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
尚、近くの代田場近くには、「和泉名店街 沖縄タウン」があります。
http://okinawa-town.jp/

可能です

和田さん。
>700人集合はかなりきつい感じがします。
私は写真にうつっている場所を歩きました。
集団自決の碑のあたりを住民の最上部とすれば2本の川が合流する地点までに200人は集合出来るでしょう。残りの500人は川下に向かって集合出来ます。
この場合、下のほうにいた人々は村長達と200メートル以上離れているので、何を言っているか聞こえないし、姿も見えません。
その気になれば、更に川下へ逃げる事も出来たでしょう。
ごく少数の人は危険を感じて集合後、逃げたのではないでしょうか。
集団自決の碑より上なら何千人でも集合出来ますが、姿を晒してしまうので、やはり、集団自決の碑より後に人々はいたはずです。

単なる推測です

あまり根拠はないのです。 座間味での発言と「朴氏の地元・茅ヶ崎と横浜の2ヶ所で開催するのみで、後は各地・各団体からの要請に応じて上映会を行うと、終了後の監督挨拶で朴氏は言っていた。」とを合わせると9月以降に座間味で上映するという意味かなと感じたまでです。

話は変わりますが、
http://sugiyannma.ti-da.net/e3865675.html
上記のサイトでフィジガーとはどのような場所だったのか、写真が多いのでよくわかります。

東川の源流の泉とその下の谷川付近がフィジガーのようです。  700人集合はかなりきつい感じがします。 後から来た阿波連の約半数は北山盆地に止まり、フィジガーまで踏み込めなかった可能性があり、そうであるならば、午後2時前後の最初の自決では阿波連住民は無傷であった可能性があります。

座間味と他島

和田さん、コメントをどうも。
>9月以降に座間味で上演予定の可能性…
この可能性の根拠はどこから得たものか、分りますか?

確かに座間味上映会で、朴監督は座間味村でも、第2部の上映会を行うと言ったようですが、日時、或いは他島でもやるかどうかは言ってないようです。
31日の中野上映会では、茅ヶ崎、横浜以外は上映会を製作委員会主催では予定してないと言ってたと覚えています。
宮里(宮村)一族にとっては、『母の遺したもの』は歓迎せざるものであり、朴氏に協力したでしょうから、朴氏は座間味で上映会を持たなければならないかもしれませんが。
それでも、いきなりという感じでは、地元及び沖縄全体に与える衝撃は大きいものになると思います。

本島と座間味

宮里芳和さんのサイトです。
http://zamami.blog97.fc2.com/blog-entry-765.html
上記によると、朴氏の映画第一部は既に阿嘉島・座間味島で5月上演され、第二部も座間味で上映予定とのことです。

朴氏は沖縄本島と座間味島を区別しているのか、9月以降に座間味で上演予定の可能性があります。 朴氏が沖縄を避けているか問題にするのは早計と思います。

私も見ました(2)

 31日の試写会です。定刻前に会場に入ったので、キー坊さんが見ていないところを。
定刻約10分前に、朴監督の長女(朴麻衣さん?)が挨拶しました。朴監督は目が不自由になり(文字を読むのがつらい)、麻衣さんが助監督として活躍したようです。挨拶の後、今回の撮影のスナップ写真がスライドで紹介されました。

 東京での前2回の試写会は30人前後だったようですが、今回満席(定員は約100人)になりました。キー坊さんや私は阪神さんのブログ投稿で試写会を知って参加したわけですが、我々のような人が増えたのかそれとも東京新聞に試写会の紹介があったためか、多少興味のあるところです。参加者はやや年配の女性が一番多かったようで、新潟あたりからの人もいたようです。

伊藤さん、コメントを有難うございます。
31日の試写会に行かれたのでしょうか。阪神さんでなく伊藤さんがいらしたとは意外でした。それと分ればご挨拶申し上げたかったです。

阿嘉島配属の元軍夫・シン・ジェオン氏は、前作でも囮にされた事を韓国で証言しているようです。

第2部では宮城晴美氏を告発する事になりそうですが、それはよほど決定的証拠を掴んでなければやれる事でないと思います。この点について製作委員会に質問してみたいと思います。

私も見ました

私も試写会に出席しました。キー坊さんの紹介にあるように、今回の映画は阿嘉島が主体で、
注目の座間味島は現在続編として編集中、乞ご期待という挨拶が朴監督自身からありました。

以下キー坊さんが触れなかった事柄について補足します。

阿嘉島を主に紹介した人は垣花武一氏で、これは拙著「船舶団長の那覇帰還行」で取材した
方です。映画の中で同氏が案内した場所や語ったことは、私自身も見聞したものでした。
米軍が上陸した3/26、住民が避難したところに日本軍の軽機関銃の銃口が向けられていたこと
2つの大きな壕に住民が監禁状態になったこと
叔父夫婦がスパイ容疑で虐殺されたこと
などです。同氏が語ったことは初公開というわけではなく、栗原佳子氏の「狙われた『集団自決』」
(2009年、社会評論社)で既に紹介されています。
 栗原氏も述べていますが、垣花氏の証言はブレがほとんどありません。儀同氏が「慶良間戦記」
などの執筆で記憶が不確かなところを垣花氏に確認したそうですから、垣花氏の証言の信頼度は
高いと思います。

 初耳に類することが多かったのは朝鮮人軍属に関わる事項です。
 斬込みのときに囮にされたとか、(ナレーションですが)最初(3/27深夜)の斬込み&マルレ
出撃時に防衛隊と少年義勇隊は途中で返されたが、朝鮮人軍属はその代りに使用されたなど。
(私の理解では、少年義勇隊は参加させなかったが、泛水作業があるので防衛隊は参加させたはず。
また、部落に突入した整備隊以外は逃げ帰ったことが「慶良間戦記」に書かれている。)
このほか、朝鮮人軍属を350人としていました。この数字は公刊戦史の数字を使ったものと思い
ますが、地元の人はもっと少なかったとしています(沖縄県史10巻中村仁勇氏の手記)。垣花氏
もとてもそんなにいないと強く否定していました。拙著で軍側の資料を再点検したところ、
公刊戦史の数字はほぼ正しいとなりましたので、不一致の原因は謎です。
 阿嘉島の従軍慰安婦は、2月に基地大隊主力が沖縄本島に移動した際に一緒についていきました。
その後を描写しているようなのですが、これは追いきれませんでした。

 映像の持つメッセージ性の高さは言うまでもないことですが、私のような活字派の人間は
前作「アリランのうた」のように、証言部分が本になることを期待しています。
「ある神話の背景」にある、加工されていてどこまで本当なのかわからないインタビュー記事
と違って、高い史料価値があります。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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