2017-10

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「体当たり」兵器だったという嘘

 前回記事に対する阪神さんのコメントで、マルレの出撃に携った沖縄本島の防衛隊員の証言を紹介してくれている。阪神さんの意図は、マルレの泛水方法の証言を紹介したかったのでしょうが、私が興味引かれることはマルレが何回も出撃・帰還を繰り返していたという証言にある。一元防衛隊員は次のように証言している。

 「…そうしてこの船舶特攻隊は、巧いこというんですな、実際面ではまったく効果ないんですが、大きな法螺を吹いてですね、今日は戦艦を撃沈させたなどといって、朝がたに帰ってくるんですな。……」(沖縄県史9)

 曽野綾子『ある神話の背景』では、陸軍水上特攻艇(マルレ)の事を次のように説明している。
 ……ベニヤ製舟艇に七五馬力の自動車用エンジンを載せ、速力ニ○ノットで、一二〇キロのが爆雷二個を装備し、夜間を狙って敵艦船に体当たりし、爆破沈没させる目的で編成されたものであった。……「三艇を一組として攻撃敵船腹にて爆破せしむるもので、隊員の生還は不可能である」と記されている。……(「集団自決の真実」p42)

 だが、この記述は真実でないと判っていたことである。
 『鉄の暴風』の執筆者・太田良博が、既に昭和四十八年七月琉球新報に連載した『渡嘉敷島の惨劇は果して神話か』(ni0615氏資料)の中で、吉田俊雄(元参謀、海軍中佐)の著書から引用して、次のように書いている。

「海軍の特攻艇が、同じモーター・ボートでありながら、艇首に大量の弾薬をもち、敵艦船の横腹に撃突し、自分は粉ミジンになって相手を撃沈しようという『必死艇』であったのにくらべ、この陸軍特攻艇は、撃突を狙ったのではなく、敵艦船に肉薄、そこで艇尾の爆雷を投げこみ、水中でドカンとやって、『柔らかい下腹』に穴をあけようと狙った点が違っていた」云々。(戦車攻撃要領の応用)。
 陸軍特攻艇出撃の一例をあげると、昭和二十年四月十五日夜、海上艇身第二十六戦隊の二十二隻が嘉手納沖の米艦船を攻撃、かなり戦果を報じているが、未帰還はわずか三名(搭乗員は一隻一名)である。なかには出撃して全員帰還した戦隊もある。(『沖縄方面陸軍作戦』)

 外部の人間だけが「体当たり」ではなかったと証言しているのではない。他ならぬ第一戦隊長の梅澤裕も手記の中で、自分が上層部に提案して、体当たりを回避した攻撃方法を採用させたと自画自賛しているのである。

 「……だが、まだ二十歳にもならない若者を爆死させてよいものか悩みました。そこで、攻撃方法を工夫しました。敵艦に接近したら、直突せずに角度を持ってすり抜け、手動で爆雷を落とす。爆雷を落した四秒後には舟は二十メートル退避できるはず。十人のうち五人くらいが生還でき、次の戦いに臨むこともできると。
 宇品の司令部に行き、船舶司令官の佐伯中将に意見具申しました。佐伯中将は、多くの参謀とともに話を聞いてくださり、しばらく瞑目された後、「よし、それでゆけ」と決裁をくださった。こんな感激はなかったです。隊員の特別幹部候補生も大喜びし、訓練にも熱がこもったことは言うまでもありません。……」
(『WILL』2008、8月増刊号より)

 また、第三戦隊(赤松隊)の副官だった知念朝睦は、県史への証言で、次のように言っている。

 「……渡嘉敷、座間味、阿嘉で丸く囲んだ内海で全舟艇は二百五十キロの爆雷を抱えて、内海の中心に向って全速力で三方から押し寄せ、敵艦に三〇度の角度で接近し、舟艇の先きが、敵艦に接触したと見るや、爆雷を投棄して、六〇度万向転回をして、即ち三〇度の角度を保ちながら遁走します。その後、四秒で爆発するので搭乗員は助かる算段は、充分にあるわけです。……」(沖縄県史10巻 1974年 証言記録より)

 1991年にTBSテレビで放映された特集『陸軍にも特攻隊があった』という番組では、動画イラストでその直前転回方式の攻撃方法が描かれている。
 貧弱なベニヤ製舟艇では、実際には逃げられる可能性はほぼ無かっただろうとの解説がされている。
 だが、100%助からない特攻方法と、わずかでも助かる可能性ある攻撃方法では、搭乗員の持つ心理状況には雲泥の差があるのは言うまでもない。

 梅澤裕や知念朝睦の証言では、最初は体当たりの戦法が想定されていたが、後に隊員の命を尊重すべく、直前衝突回避の方法に改められたという事である。それはそれで人道的措置と言えよう。
 梅澤は、「十人のうち五人くらいが生還でき」と言い、知念は、「搭乗員は助かる算段は、充分にあるわけです」と言っている。

 このように、マルレが「体当たり」でなく、生還型の攻撃艇であったことは周知のことであったのである。なぜ、曽野綾子、そして赤松嘉次は、『ある神話の背景』で、そんな事はおくびにも出さず、「隊員の生還は不可能である」などと「嘘」を書いたのだろうか?
 海上挺進隊(マルレ隊)は死を覚悟した純粋な特攻隊であった、と設定したほうが赤松隊というマルレ隊を美化するのに都合が良いからに違いない。そのほうが赤松隊がやった住民処刑などの残虐行為を正当化しやすいのである。 

 3月26日の未明、赤松隊は特攻出撃を取り止めて、自らの命を長らえたのだが、その不出撃の理由を、次のような本部からの意味不明の返電にあるとしている。

「敵情判断不明。慶良間の各戦隊は、状況有利ならざる時は、所在の敵艦を撃破しつつ、那覇に転進すべし、那覇到着の際は懐中電灯を丸く振れ。船舶工兵これを誘導収容す」(『集団自決の真実』p109)

 意味不明の本部命令に迷わされて逡巡しているうちに、最高司令官の大町大佐が現れ、マルレ自沈を命令されて、自分らが熱望していた「体当たり」出撃を阻まれたというわけである。
 曽野は「転進すべし」は、「退却せよ」と同義語ではないかと言うが、この電報もマルレが体当たり兵器ではなく直前転回型の攻撃艇であることを考えれば、十分意味明快なことであるのだ。本部は決められた通りの攻撃を実行して、敵の砲弾から逃げ果せた艇は慶良間には戻らず、那覇に向かえと言っているのではないのか?この場合、「転進」は「退却」と同義語ではなく、文字通りの「転進」=方向を変えることに他ならない。(続く)
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コメント

まずは方法論から

まだ忙しいのですが、一段落ついたので松川の兄さんが軍の自決命令の伝達者であったことを説明します。   簡潔にという条件があるのですがそれだけでは納得できない部分が多いことと思います。 そこで簡潔な結論の羅列に近い表現をする前に、渡嘉敷の集団自決と曽野綾子の「ある神話の背景」について私が検証した方法論を論じてみます。
結論の羅列に近い表現の後、何回かに分けて説明を加えるつもりです。

方法論
Ⅰ  情報の収集
「ある神話の背景」に描かれた絵を大小のジクソーパズルに分類する。重複する部分があって良いし、別の角度から同一事実を複眼的に見直すことも必要。
次に争いのない事実や自然現象を定点に定めておく。点を出来るだけ増やす。米軍など利害関係がない勢力の情報も推測でなければ利害関係者より重視する。
同時に大きな状況を把握する。大きな状況とはある時間帯と地域によって共有されている可能性が高い状況認識のことである。
争いのある事実(関係)・一人だけの証言・利害関係がある人物の証言についても無視せずできるだけ収集する。思い込みは出来るだけ排除する。
矛盾し、又は整合性のない証言や状況認識については錯誤によるものか、情報操作(嘘)によるものか定点と大状況・利害関係・証言の変遷(大体において古い時間帯の証言が事実であることが多い)
荒唐無稽な証言や虚実半ばする証言についても軽視しない。狼魔人の情報はなかなか有益だった。仲間内の論議でぽろりと出た証言の名に有益で信憑性が高いものがある場合がある。 けんか腰やハッタリの、論調から、隠れた事実を推測することも時には役立つ。ただし必ず裏をとらなければならない。
また、数字情報に相当の真実性があれば重視する。その数字の意味を探らなければならない。
たとえば、爆発回数の意味で私のアマゾンへの投稿http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4569706401/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1
を参照されたい。 

Ⅱ仮説の設定・情報の取捨選択と整合性を基準とする線作り
情報収集と平行して考えられるすべての仮説を設定する。 
情報と仮説を第1に整合性の観点、第二に証言者などが錯誤の可能性、第三に証言者などの利害関係による証言の歪みの可能性から整理する。その中で点を線に、線を面に、面を構造物にしていく。
その過程のなかで、「ある神話の背景」のジクソーパズルと論理と比較し、修正する。

Ⅲ Ⅰ、Ⅱの試行錯誤を繰り返し、最も妥当と思われる結論を小出しに提出し、別の結論により、整合性があれば、自説の改変を恥じず修正する。

別に変わった方法ではないですが、現実にはどれだけフィットするアイデアが出るかどうかが検証できるかどうかの分かれ目になると思います。

なお、前回投稿後初めてキー坊さんのホームページを見てナイチャー氏に賛同できる部分と反論を書いておく。1944/11/3梅沢のいう島民の自決決議はないであろう。一般国民は大本営の台湾沖航空戦の大勝利に酔い、10/10国民祝賀会などこの時点ではレイテ決戦を有利に進めていると考えている-というより思わされていたという表現のほうが正確だろうが-ことが当時の新聞などから窺われ、そのように悲壮にはならない状況である。ただし大戦果の虚報を訂正せず、大本営と天皇にも黙っていた海軍は償いの意味を含め神風アタックを開始した。  次に松川の兄さんの説明については逃げも隠れもしない。 昨年から長期間ご無沙汰していたのは投稿がキー坊さん側からウイルスと判断され投稿不能になっていためであるし、期限の仕事も事実。 松川の兄さんについては何度か断片的に説明しているが、理解されていなかったことに鑑み説明の仕方を工夫する必要性を実感したためでもある。

「助かる」と指導

キー坊さんの言われるとおり、必死の自殺攻撃ではなかった証言がありました。
http://homepage2.nifty.com/xial/essay/interview6.html#subsec7
「投下後4秒間に200m飛ばしたら自分も助かると指導していた」とあります。
つまり特攻艇ではなく雷撃艇として運用していたのですね。

削除

ナイチャー殿をアラシと判断したので、12日のコメント削除しました。以後拒否。
狼魔人のブログ辺りでジャレあえばよろしい。

聞いたようなセリフ

ナイチャー殿、なんで、そんなにガサツ且つ高飛車なモノの言い方ができるのだ?

>私がナイチャーを名乗る以上、沖縄在住に決まっているでしょう。そんなこともわからないのですか。
 私がアンタを沖縄在住でないと言った覚えはないね? が、沖縄に住もうと、ヤマトに住もうとナイチャー(大和人)はナイチャーでしかない。

>沖縄言論の最大の問題は異論を認めないということです。
 どっかで聞いたようなセリフだ。そうそう、小林よしのりや沖縄生まれのナイチャー・狼魔人がよく言うセリフだな。
 星雅彦や上原正稔は狼魔人=江崎孝にそそのかされて、おおっぴらな軍命不在説・援護金目的でっち上げ説を打ち出したではないか。最近上原は江崎らに支援されて、琉球新報相手に裁判を起こしているらしい。連中にとって、沖縄でどんな異論を展開しようと、何の危険もないはずだ。

>キー坊さんは沖縄マスコミ知識人は軍命そのものはなかったと認めているなどという嘘を主張しています
 これは「嘘」などでない。確信ある推測というものだ。あまりにガサツな言葉を使わないでもらいたい。

>和田さんがやっぱり軍命があったと主張したとたん時間をくださいなどと卑怯な逃げを売っているではないですか。
 失礼な言い方でないか?和田さんは私に対する答えとして、時間をくださいと言っているのだ。彼なりに慎重を期する事柄であるからだろう。アンタに対して逃げているのではない。

 赤松・梅澤は口では自決を命令しなかったが、言葉以外のやり方で持って、住民を集団自殺に追い込んだ―、これが事実である。今度こそお付き合いは止めてもらいたい。

まだまだ研究不足!!

ナイチャーさん、11.3県民集会がガセとは言い切れません。
私は、この集会があった可能性は低いと考えていますが「開催された証拠」をいまだに追求しています。
泉知事が本土へ行こうと画策している事が、県民集会がなかったという理由にはなりません。
それから、輸送手段の大半が壊滅とありますが、何割程度減になったということでしょうか?
仮に輸送手段がほぼ壊滅していたとしても、県民集会の開催が不可能になる理由付けにはなりません。

単純に真実が知りたいのです

私は付き合って欲しいです。

沖縄言論の最大の問題は異論を認めないということです。
戦前は皇国史観一色。占領下は祖国復帰一色。復帰後は反旧軍一色。私がナイチャーを名乗る以上、沖縄在住に決まっているでしょう。そんなこともわからないのですか。

私の現在の研究では、梅澤氏が主張している19年11月3日集会はガセです。桜井氏や星野氏がこの主張に追随しているのは危ういと思います。19年11月時点では北部で準備している食料やマキの輸送さえままならぬ状況でした。10・10空襲で輸送手段の大半が壊滅していたからです。

また泉知事はこの時点で本土期間を画策していました。このような時期に大規模な県民集会を開催出来るはずはありません。
さらに当間軍曹は当間重剛氏を想定していると思われますが、当間重剛氏は1985年生まれですから、日露戦争時9才です。これはありえません。一方その父当間重慎氏は28才ですから日露戦争従軍はありえますが、現在のところその記録を見ることはできません。

この程度研究した上で軍命はそれでもなかったのではないかと主張しているのです。キー坊さんは沖縄マスコミ知識人は軍命そのものはなかったと認めているなどという嘘を主張していますが、和田さんがやっぱり軍命があったと主張したとたん時間をくださいなどと卑怯な逃げを売っているではないですか。

繰り返しますが私はただ事実を知りたいだけです。

しばらく時間を

簡潔な説明ということです。詳細な説明よりある意味むつかしい面もあります。
ただいま、期限のある案件を複数かかえています。

しばらく時間をください。

松川の兄さん

和田さん。
県史に載っている渡嘉敷女子青年団のKは、古波蔵(伊礼)容子に違いないでしょうね。自決に失敗して陣地に押しかけた住民を、抜刀した将校が威嚇し、その側で、住民を追い払おうとした防衛隊員の手榴弾が暴発して、その防衛隊員は死に、将校(西村or辻)は負傷したという話。
 その防衛隊員が「 松川の兄さん」ということでしょうが、貴兄がなぜそういう推測をするに至った経緯をもう一度簡潔に説明して頂けないでしょうか。

軍命はあった

私は松川の兄さんへ軍から自決命令が下されたと判断しております。 松川の兄さんが出てくるのは女子青年団匿名座談会k名ですが、伊蓉子であるこがわかっています。 人名ではなく、座間味島の松川出身の可能性が高く、金城武則のいう玉砕の時に亡くなった西山盆地への集合を伝えた防衛隊伝令、吉川勇助のいう古波蔵村長へ耳打ちした40過ぎの伝令と同一人物である可能性が極めて高い。

大和エゴナショナリスト

 ナイチャー殿、貴方には物事の本質を見ようとする姿勢が無いようです。
 沖縄マスコミ、その他「軍命」を主張する知識人も、「文字通りの軍命」は無かったという事は了解している事です。何でそれを言わないのかって? うじゃうじゃ居る下劣権力追従言論人たち、例えば、小林よしのり・桜井よしこら・靖国応援団らが、「無かった、と認めたぞ!!」と大騒ぎするからです。それを貴方みたいな「大和人エゴナショナリスト」は大喜びするでしょう。

 最初に「直接命令」を書いた太田良博は「ある神話の背景」出現以後は、沖縄出版界で冷遇されたのです。
 戦時中、沖縄のマスコミも教育者も地域指導者も、軍国主義教育に協力しました。沖縄人も内部的に、その責任追及を怠ってはなりません。が、それをさせたのは軍の圧力に外ならないのでしょう?

 貴方は、大和人の心情の大部分を代表していると思いますが、上っ面をなでるようなものの言い方には、もう付き合う気がしませんね。

>>キー坊さん

誠実な回答ありがとうございます。しかし実際のところ現在沖縄マスコミが主張しているのは「文字通りの軍命があった」ということですよ。

観念としての「軍命」を吹き込んだのは、軍そのものではなく、沖縄の教育者及びマスコミでした。「軍命」論は教育会・マスコミが自己を弁明するインチキだと思います。

来月、沖縄へ

こんにちは。
来月、沖縄へ行く予定です。
本島で韓国プロ野球オープン戦を観るか、あるいは久米島にするか決めていません。
渡嘉敷島へも行くかもしれません。
うっかりしていましたが、丁度3年前に作り直された渡嘉敷島の戦闘状況の図です。
第2玉砕場は海の見えるヒータティヤーあたりかと思っていましたが、野球場のあたりですね。
http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/pdf/jiketsu02.pdf

軍命とは何ぞや?

 その瀬戸際に、「住民は自決せよ!」と、軍が号令を発したという意味なら軍命は無いですよ。
 軍は常々、「捕虜になると、男は八つ裂き、女は強姦!その前に自決せよ!捕虜になったら非国民だ。」と、強制力を伴った観念を住民に吹き込んでいた。

 もっと視野を広くしたモノ考えをして頂きたいですな。

いまのところ

ここにある資料や、チャンネル桜など見たんですが、やっぱ軍命はなかったというのが、真相ですね。
もし決定的な軍命あったという資料があれば教えてください。

曽野・秦対談

 渡名喜氏が引用した秦郁彦著・『沖縄戦 集団自決の謎と真実』という本の、曽野綾子との対談の部分は、対談だけに彼女らの醜悪な本音がモロに出ていますね。
http://keybow.co/sono/sono.hata2.html#tomiyama

 曽野が家永裁判の証人尋問で、富山真順を知らない、会った記憶がないと証言した事は大嘘であったことを自分でバラしています。
 沖縄の言論人には、もっと強く曽野を叩くことを望みたいです。

曽野批判あり

こんにちは。先月発刊された「ピース・ナウ沖縄戦(石原昌家編)法律文化社」の中で渡名喜守太氏が曽野綾子を批判しています。曽野が兵事主任と会ったかどうか、はっきりさせろと言っています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1327148704.jpg.html

また、集団自決という言葉が戦争末期に新聞にて使われたと、石原教授が発見しました。
これは造語ですから、さかのぼって調査すればもっと前に使われていた可能性も残されています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1327148692.jpg.html

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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