2017-11

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今も「さまよへる琉球人」

 「さまよへる琉球人」という題の記事の続きを年内で書いてしまおうと思っていたのだが、貧乏ヒマなしの典型から逃れられず、生活の為のなりわいに追われて、手を付けないままに新年も一週が過ぎてしまった。

 「さまよへる琉球人」という小説に関することをこのブログで取り上げる訳は、もち論自分が「琉球人」だからであるが、広津和郎のこの小説が取り沙汰された時期が約90年も前の大正末期のことである事と、現在においても、琉球人(沖縄人)はさまよえる存在であると私は思うからである。
 この小説には、作家をだます人間として、二人の琉球人と一人の内地人が登場するのであるが、何度もだます見返民世(嘉手苅信世)のあっけらかんとした明るい性格にはさほどの不快感を感じなかった。だが、作家の貴重な翻訳本を借りて行って、記念に貰っておきますと書いた葉書を寄こして消える(池宮城積宝)というもう一人の琉球人には不快感を感じたという。Oについて、作家と見返が交わすやり取りが以下のように書かれている。

 『君、Oがこう云つて来たが、あの本は僕の手に一冊しかない本なんだ。君から直ぐ送つて来るやうに云つてくれないか』見返が来た時、自分がそういうと、 『困つた奴ですな。だから僕は初めあなたに紹介してくれと云つた時、紹介するのは厭だと云つたんだ』見返はひとり言のようにこんな事を云つて、
『何処にいるのか、あの男はちつとも居所を知らさないんですよ。――いづれ会つたら云つて置きますが、琉球人はあれだから困るんだ。「さまよへる琉球人」と云ふような詩を作つたりしたのはあの男なんですが、琉球人は、つまり一口に云ふと、内地で少しは無責任な事をしても、当然だ、と云つたやうな心持を持つている点があるんですよ。無論全部の琉球人がそうではないんですが……』


『なるほどね』そう聞くと、自分の感心癖が直ぐ頭をもたげて来た。『徳川時代以来、迫害をつづけられたので、多少復讐――と云はないまでも、内地人に対して道徳を守る必要がない、と云つたやうな反抗心が生じたとしても、無理でない点がある事はあるな。もつとも、僕などに対して、そんな態度を執られるといふ事は迷惑だけれども…』

『ほんとうに、仕様のない奴ですな。ほんたうに仕様のない奴ですな』
 が、自分は『さまよへる琉球人』という言葉に興味を覚えて、腹の立ちかかつたのが、直ぐ癒つた。實際、長い間迫害を受けていたら、その迫害者に封して、信義など守る必要がないやうになつて来るのも無理はない。賞めた話ではないけれども、或同情の持てない話ではない。自分は見返が先日話した話など思い出した。土地を持つていて、甘蔗を作つても、飯は食へない。甘蔗を作らなければ尚飯が食へない。而もそれが琉球自身から生じた何かの原因でそうなるのではなくて、琉球以外の大国からの搾取によるのだ。琉球で働いているよりも、九州のT炭坑の坑夫生活の方が好いと思うのも、故郷そのものの何かの原因でそういう心持にならせられたのではなくて、故郷が地獄のような気がして来るのが、みんな故郷以外の或暴力的な圧迫によるのだ。……


 見返のほうがもっと頻繁に作家をだましているのに、こんな会話を交わすところに可笑し味があるのだが、最後の部分で、広津和郎は琉球という土地・民族に対する深い同情を述べている。後に沖縄戦という本土防衛の捨石にされ、敗戦後は日本の独立の為に、更に捨てられる経験をする遥か前の沖縄の状況に対して、同情の念を持っていたのである。90年前すでに、日本の知識人の間では、沖縄は迫害を受けた民族として認識されていたのだ。
 広津が『さまよへる琉球人』を書いた20年足らず後には、沖縄は更にとてつもなく多大な迫害を日本によって蒙らされたのだが、戦後は広津はもう沖縄ついての原稿を残すことはなかったようである。

 前にも書いたように、『さまよへる琉球人』は、さまよっている琉球人を描くことをテーマとした小説ではない。物事に対して、きっぱりとした態度を取れない、ケジメをつけ切れない自分の気質を自嘲的に描いたものである。
 もし、広津が「琉球人」を人だましの多い人種と、苦々しい思いで捉えていたなら、小説に書くことなかったに違いないし、書いてもこのようなタイトルは付けなかっただろう。偶々、広津和郎に接近してきた二人の琉球人が小さな詐欺を働いたという事である。沖縄青年同盟の抗議文、「この作中の人物は『さまよへる内地人』といかなる相違もあるまい」と書いてあるように、人をだますのは琉球人の専売特許ではないことは言うまでもない。実際、作家が憎悪を感じるほどに、酷くだましたのは共同経営者の内地人であったのである。

 ともあれ、作家に近づいた、物事にルーズで誠実さのない二人の沖縄人の文学青年が自分を『さまよへる琉球人』と、自虐的に呼んでいたそうだが、90年経った今でも、日本国は『普天間』への対応でも見られるように、尚沖縄に迫害を加えようとしている現実がある。
 『さまよへる琉球人』とは、今内地で生活している全ての沖縄人を呼ぶに相応しい呼称であるように思える。
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コメント

本島に多いマルレ証言

 阪神さん、情報有難う。
 マルレに関する防衛隊員などの証言は、慶良間よりも本島南部に多いようです。これは、慶良間の戦隊が戦闘開始前にほとんど壊滅させらたり、自沈させられたからでしょう。
 南部で証言が多いという事は、マルレが一発体当たり型の特攻艇ではなく、生還・再攻撃型の兵器だったからです。防衛隊員は何回も泛水・揚陸作業をさせられたので証言が多いのでしょう。

本島でのマルレ泛水

沖縄県史9にあるマルレの泛水方法です。
他の戦争体験記(具志頭村史か東風平村史だったはず)では本島南部では、泛水に30分ほど要したとの事です。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1326203505.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1326203514.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1326203542.jpg.html

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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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