2017-08

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「マサダの集団自決と比べる虚妄」

 曽野綾子は「新版へのまえがき」の後段で、渡嘉敷島の「集団自決」を、紀元73年、古代イスラエルの要塞・マサダで起きた兵士と住民960人の集団自決と比べ、
「日本人とユダヤ人の大きな違いは、マサダの自決をどう評価するか、において見ることができる。イスラエルでは、マサダの集団自決を、非人間性や好戦性の犠牲者として見るどころか、そこで自決した九百六十人の人々を、ユダヤ人の魂の強さと高貴さを現した人々として高く評価したのであった。」
 と、マサダの「集団自決」を強く賞賛しながら、沖縄の「集団自決」を同じようには讃えない沖縄人や日本人の感性を誹謗している。沖縄の「集団自決」を誉め殺し、同時に赤松隊という住民を死に導いた日本軍を免罪したいが為の文言である。曽野はこのマサダの集団自決の話がお好みのようで、「正論」2003年9月号にも同じような文章を載せている。
 曽野のマサダ話のいかがわしさについては、山崎行太郎氏も2007年12月1日のブログ記事で、完璧な批判を加えていた。
 
               masada.jpg
                現在聖地・観光地となっているマサダ

 この「新版へのまえがき」後段の文章に、曽野綾子の権力御用モノ書きとしての愚劣さと卑劣さがモロに露呈していると思う。
 第一に、マサダの集団自決が起こったのは、今から1938年も前、イエス・キリストがこの世にいた時期からわずか数十年しか経ってない時代であり、ローマ帝国が欧州・中近東の大部分を圧倒的武力で制圧していた時代である。小国が強大な帝国に抵抗した結果、陥落させられ兵士と住民が捕虜になれば、男は殺され、女子供は奴隷にされる以外に道はなかっただろう。
 
 キリスト教は自殺を禁じているというが、もし、イエスがその集団にいたとすれば仲間に何と言ったのであろうか、という仮定は別の問題として、敵の手に掛かるより、また捕われて奴隷にされるより、自ら決して死を選ぶほうが二千年前の現実世界では名誉ある行為であると、現代においても評価されるのは当然であろう。また、現在中東の孤立国家となっているイスラエルで、民族の精神的高貴さの象徴としてマサダが讃えられているのは、今置かれている国家の情況にも依るのだろう。

 しかし、曽野が2千年前の中東の小国家の出来事と、20世紀半ば第二次世界大戦中の、日本の一部である沖縄県渡嘉敷島での出来事を同列に置いて、渡嘉敷のそれもマサダ同様に賞賛せよと言うのはあまりに乱暴な論議であり、愚劣と言うしかない。沖縄では、住民は日本兵や地元在郷軍人から、米軍の捕虜になれば男は八つ裂きにされ、女は暴行されて殺されると絶えず吹き込まれていた。世界を知らない住民は本気でそう信じていたから、孤島の渡嘉敷では、赤松隊によって一ヵ所に集められ米軍の砲弾に晒された住民は、「集団自決」=集団心中に走ったのであった。

 無差別に住民を爆撃して、残酷にも無数の命を奪った米軍であったが、一応アメリカという民主主義国家の軍隊である。当然ようには捕虜になった日本人・沖縄人を「八つ裂きにし、強姦する」事はなかった。曽野綾子自身、戦時中はいざとなれば自分も死ななければならないと思っていたというが、敗戦後も彼女は自決しなかったし、戦後、経済的には恵まれた家庭の子女として不自由ない人生を送ってきたはずである。そんな大和人が沖縄の「集団自決」を、マサダ同様に賞賛せよと言う。その神経が全くもって分らない。あの20世紀半ばでの大戦で、民族の名誉の為に、捕虜になるより、集団で死を選んだという出来事が、世界のどこかであっただろうか?私は聞いた事もない。

 曽野の卑劣さを示すもう一つのことは、渡嘉敷の住民が「集団自決」したのは、マサダ同様民族の精神的高貴さの表れだと言いながら、捕虜になって生き長らえた赤松隊長以下の、渡嘉敷守備隊を非難することは決してないことである。赤松隊長に命令されて一ヵ所に集められて、米軍に追い詰められて、「集団自決」に追い込まれた住民の行為は讃えるべきと言っているに拘わらず、捕虜になっても自決せず、生き長らえた赤松隊には何の言及もない。これは住民の「集団自決」をホメ殺しながら、赤松隊という「日本軍」を免罪する為の詭弁の文章である。そもそも「ある神話の背景」全体がこの論理で貫かれている。

 曽野はしきりに、渡嘉敷島の赤松隊は、爆雷を積んだベニヤ製の舟艇で敵艦に体当たりする、「生きて還らざる」決死行であったと強調するが、これは嘘であったことが判っている。知念朝睦元副官の証言梅澤裕第一戦隊長の手記等によって、体当たりを直前で回避し、爆雷を投下して反転逃走する生還型の特攻方法に変えられたことが判っている。沖縄に配備されたマルレ特攻隊は必死の戦隊ではなく、「決死覚悟」であっても、生き残る可能性の十分あった特攻隊であったのである。曽野はこの事を知っていたに違いないが、けっしてそれを文章に書くことはしていない。

 赤松隊は生への執着心を気持ちの奥底に残した部隊だったのだ。特攻出撃の取り止め住民への残虐行為もそれで説明がつく。その証拠に、8月15日が近づくにつれて住民への態度や逃亡兵士への対応が寛大なものに変わっていった。自分らが生き残れる確信を得たからである。日本軍人たちは敵米軍が決して捕虜を辱め、惨殺しないことが分っていたのだ。
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コメント

認識

 アマワリ氏は「正しい歴史認識とは…」と題して、長々と「軍命」否定論を申し述べているが、少し「集団自決」を調べた者にとっては、その内容には何の説得力もないと判るだろう。恐らく、狼魔人や鴨野守などの書いたものを下地にして言っているのだろう。

まず
>「当時の渡嘉敷島での残留兵士は、梅澤少佐と赤松大尉を筆頭に数名の兵力しか無く戦えるほどの戦力もないなかで、貴重な手榴弾を配って集団自決を軍命として発令できたであろうか。」
と言う。

 梅澤少佐は渡嘉敷島に残留していたのか?兵力は数人しか残ってなかったのか?
 この程度の認識ぶりである。こんな御仁の言うことなど無視するのが適当だろうが、閲覧者に「何の反論も出来ないのだろうか?」と思われるのもナンだから少し言っておきたい。

 「軍命」については、対立した解釈の仕方があるのだが、この御仁は、指揮官が明確な「号令」或いは「文書」の形で、自決を命じたのでなければ「軍命」ではないと言いたいのである。これは曽野綾子ら「赤松免責派」の言うところと同じである。
 だが、「軍命」とは、そんな狭い意味のものではないと言いたい。「軍命」とは単に口先でいう命令ではなく、住民が「集団自決」に到らざるを得ない絶対的な「強制力」のことである。

 日本軍は、米軍が捕虜を殺さないことを知っていた。しかし、赤松隊長は住民を捕虜にさせない為に、巡査に命じて、各々の壕に隠れていた住民を一ヵ所に集合させた。その事が住民を「集団自決」に追いやったのである。その過程で、軍人・赤松嘉次には住民の命を尊重する気持ちなど微塵もなかったのだと、容易に推測出来る。住民が生き残って、自分らが死ぬのが許せなかったのではないか。

 その後、捕虜になった住民10名余を斬殺したのはその証拠である。

質問

amawari300winmag さん

>私が得た情報や見てきた事実
住民から話を聞いたのですか?

>そこにある地域の住民は居なかったと聞いたことがある。
どこで聞いたのですか?
その地域はどこですか?
なぜその地域の住民は行かなかったのですか?

正しい歴史認識とは・・・

去った大戦で沖縄の渡嘉敷島でおきた悲惨な集団自決では、色々な考えや意見によって正確に知る事ができなくなっているが、そんな中で、私が得た情報や見てきた事実から推測されることを述べてみたい。
 当時の渡嘉敷島での残留兵士は、梅澤少佐と赤松大尉を筆頭に数名の兵力しか無く戦えるほどの戦力もないなかで、貴重な手榴弾を配って集団自決を軍命として発令できたであろうか。
 もし、軍命であればなぜ一部地域の住民はそれを知ることができなかったのだろうか。
 軍命で集合場所に集められた方法は、巡査や区長による伝令であるが軍命であれば統制一過全員が集められたはずが、そこにある地域の住民は居なかったと聞いたことがある。
 渡嘉敷島に行くと阿波連に向かう途中に、曽野綾子氏の碑文が建立されており、その内容から悲惨な集団自決があったことが刻まれているが、しかし、その文面から日本軍による軍命があったとは記されていない。
 それが間違った内容であれば、建立に際して当時の渡嘉敷村議会は設置に許可しなかったはずであるが、村民が往来する村道の横にその碑文はあって、もし軍命であった集団自決がそうでないと刻まれておれば、内容の訂正又は撤去が必至だと思うのだが、今も太陽の下で公の目に触れている。
 ということは、当事者の島民は村議会を始め軍命がなかったと認めていることにならないだろうか。
 では、なぜ軍命の集団自決として認識されるようになったか。
 その基になったのが、戦傷病者戦没者遺族等援護法という法律である。
 戦後の救済制度により琉球政府援護課の職員が調査をする過程で集団自決者の生き残り(遺族)に対し、同法の適用を受けるため軍命であったとするために、当時健在だった赤松嘉次元大尉から「軍命であった」とその時は、懺悔の気持ちから嘘の証言をしたとのことが、今では事実になってしまっている。 
 しかし、沖縄の事大主義の頂点にある沖縄タイムス・琉球新報によって、日本兵は鬼畜と化し自虐史観のプロパガンダで、飛んでるカラスを白い鳩として評価しないと「声」の欄にも掲載してくれません。
 私が今悔やんでいることは、習ってきた歴史に捏造されたことが事実として教えられたことで、今は目が覚めたように正しい歴史を模索している。
渡嘉敷島には、港に資料館もあって遺留品が展示され、多くの人に観覧して欲しいですね。

米軍が撮影した写真と地図

読谷村のHPからです。1945年1月に米軍の飛行機から撮影した写真です。
15,16ページは渡嘉敷島です。
集団自決のあった場所は写真の範囲外なのが残念です。11ページは嘉手納です。
200%に拡大するとよく見えます。
http://heiwa.yomitan.jp/DAT/LIB/WEB/4/1060_vol8-maponline.pdf

そして、米軍の調査した「okinawa gunto」には「渡嘉敷集落から北へ9 0 0メートルの地点、そして儀津崎(ギズノ)の高台に人の通った跡や土を掘り返した跡が見られ、陣地構築(築城作業)が行われていると思われる。」と書かれています。これは何の陣地だったのでしょうか。この陣地と米軍上陸後に掘った陣地とは別の場所なのでしょうか。とても気になります。
http://heiwa.yomitan.jp/DAT/LIB/WEB/4/1058_Vol8-2online.pdf

>素晴しい業績

阪神さん、いつも関連書籍の情報有難うございます。

喜納氏は県庁定年後から翻訳に取り掛かった人なんですね。私は、外間正四郎訳のものをネット古書店で買おうかと思っていました。でも、原本に忠実であると聞いて、そのほうがいいかなと思いました。
だが、その本を検索してみると、価格4.200円+税なのですね。先日、昔の曽野綾子・「ある神話の背景」三冊と、「切りとられた時間」一冊をネットで注文し、合計7千円あまりになったので、今はこの本には手が出ません。
リンクしてくれたぺ-ジを近いうちHPにテキスト化したいと思っています。

素晴しい業績

今年の3月に出版された「沖縄戦 第二次世界大戦最後の戦い(喜納健勇訳・Mugen舎) は「沖縄 日米最後の戦闘 (外間正四郎訳・/光人社NF文庫) 」には省略されていた章も翻訳されています。
また外間氏のような意訳をせず、原書に忠実に翻訳したそうです。3年以上かけて・・・
歴史研究とは執念がなければならないと思わされました。
曽野綾子のような人間の芯が腐った者には、喜納さんのような仕事は絶対に出来ない事でしょう。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749224.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749237.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749247.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749262.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749273.jpg.html
ttp://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320749285.jpg.html
↑URL制限に引っかかるので、最後の一行はコピペして下さい。

マルレはレールで出した

こんにちは。「挑まれる沖縄戦(沖縄タイムス社)2008/1/31」に渡嘉敷の住民証言があり、マルレはレールを敷いて壕から引き出したようです。ただ、レールが海面まで延びていたのかどうかは不明です。
104隻分のレールがあったかどうかも不明ですが、出撃時の防衛隊、女子青年団の証言が皆無という状況が真に残念です。
キー坊さんの言われるとおり、曽野の主張は愚劣極まります。
それはキリスト者として失格であるからです。
曽野は地獄へ落ちるでしょう。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320311820.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1320311835.jpg.html

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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