2017-10

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新版・「まえがき」の検証2

 もう一つの情熱として、曽野は「人間が他者を告発するという行為の必然性である」と書く。(新版・まえがき)
 例によって、キリストの言葉を持ち出し、「イエスが繰り返して言ったことだが、人間には他人を裁くことができるほど善い人はいないからなのである」、「正しい者はいない。一人もいない」と、沖縄の人間には、戦時中の赤松隊の行為を告発する資格はないというのだ。と言いながらも、一方では「これは単純に殺人者を放置せよ、とか、詐欺師を避けるな、ということではない」と、現実世界のルールを無視する事ではないと言う。

 神学者の言葉や聖書の概念をやたら引用して、読者を煙にまいているとしか私には思えない。殺人者を放置することでないというのなら、渡嘉敷島で赤松隊が為した住民への処刑は、裁かれるべきではないか?世俗には世俗のルールがあり、現実世界はそれによって規範が保たれ、俗人同士の安寧な関係が保たれていくのではないか。
 人間自分の精神の内奥を探ってみれば、誰しも、相手が殺人者であっても完全に裁けるものではないという心理は否定は出来ない。だが、それを世俗に適用したら、被害者にわずかの落ち度でもあれば、加害者を告発できないという理屈になる。そうなれば刑法裁判所も要らないはずである。
 曽野はそういう事でもないと言っているから、渡嘉敷村民の三百余名の「集団自決」についても、十数人の住民処刑についても、赤松隊には現実的な意味において、責任はないと言いたいのだ。『「集団自決」の真実』=新版・『ある神話の背景』は、全編その論理で貫かれていると言ってよい。

「赤松隊長による自決命令はなかった」
「住民処刑は戦時中のやむを得ざる処置だった」
「渡嘉敷村の戦記が〈隊長命令があった〉と書いたのは、援護金をもらう為の嘘だった」
「『鉄の暴風』は全て体験者でないものからの伝聞で書かれた」「『鉄の暴風』を引き写して村の戦記は書かれた」
……。
 明確な「隊長命令」はなかったことを除けば、すべて曽野綾子の虚偽記述であり、赤松隊という「日本軍」を免責したいが為の謀略記載である。

 もし、占領者であったアメリカ軍にその意思があれば、少なくとも住民処刑に関しては、軍事法廷で赤松隊長を裁けただろうと思う。あるグァム島からの引揚者の方から聞いたことだが、戦時中、父親と兄が日本兵に食料を奪われ、銃殺されたそうである。それには同じ住民の目撃者がいて、占領後、戦争犯罪の米軍による裁判が開かれて、目撃者の証言により、犯人の日本兵は死刑判決を受け、直ちに処刑されたそうである。
 同じような軍事裁判が沖縄でも開かれていれば、赤松隊長は死刑になるかどうかは判らないことだが、重い刑罰を下されたのではないか。久米島事件の鹿山正は確実死刑になっていただろう。
 だが、このような日本兵が日本人に行った戦争犯罪は、グァムが小規模な占領地だったから裁かれたのだだろう。沖縄は十数万の民間人の死者を出し、日米の兵士の死者は合わせて十万を超える大規模の戦場だった。また米軍は沖縄の永久占領を目論んでいたから、散発的な日本兵による住民虐殺事件などには関わっていられない情況だったのだ。   

 曽野らの「軍国日本」復権勢力は、明確な「隊長命令」はなかったことを切り札として、沖縄攻撃に乗り出したのである。急所を突いて沖縄の戦記の類をやり込めようとしたのである。そして、それはヤマト社会のB層にうけ、通俗大物作家への跳躍台になったのである。
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コメント

何時書き換えたか。

先日、PHP文庫版「ある神話の背景」(1992)を古書店からゲットしました。問題の書き換え部分は「集団自決の真実」と同じです。リンクしてくださったこのぺ-ジは、初刊(文春1973)のものでしょうね。
 http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1319113908.jpg.html

近いうち、この初刊と、角川文庫版(1977)も入手しようと思ってます。おそらく、太田良博の「渡嘉敷島の惨劇は果して神話か」(1973)で、曽野は気づいただろうから、角川版も直されているでしょう。

慶良間戦隊に軍旗はあっただろうか。

阪神さん、コメント有難う。
やや体調良くなくて、記事更新が進んでなくてスミマセン。

知念朝睦が、意識的に連隊旗の嘘を言ったなら、帝国軍人失格というよりも人間失格です。曽野がそれを太田良博から言われて、こっそり訂正したなら、曽野らしいと言えます。(笑)

本田靖春の「阿嘉島の夏Ⅱ」に、軍旗に関する記載があります。太谷海岸での降伏交渉の後、「軍旗」を交換し、米側の将校はそれを後生大事に持っていたそうである。後年テレビ番組に出る際、それを返還したいと申し出たそうであるが、野田元隊長はそれを断ったそうです。
 それは軍旗などでなく、マルレに備え付けの合図の旗に過ぎなかったかららしいです。
http://keybow.co/honda/akajima2.html

こっそり書き換えた汚い曽野綾子

大江健三郎が「罪の巨塊」と書いた記述を「罪の巨魁」と誤読したと山崎先生に指摘されたのに、曽野綾子はだんまりを決め込んで逃げている卑怯な三流作家です。
ここでもう一つ、曽野がこっそりと訂正した見逃すわけにはいかない重要な箇所があります。
それは太田良博氏が1973年7月11日から25日まで琉球新報に連載した「渡嘉敷島の惨劇は果して神話か―曽野綾子氏に反論する」で指摘されている、連隊旗の件です。
ni0615さんのサイトで見れます。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/?cmd=word&word=%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%97%97&type=normal&page=%E6%B8%A1%E5%98%89%E6%95%B7%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%83%A8%E5%8A%87%E3%81%AF%E6%9E%9C%E3%81%97%E3%81%A6%E7%A5%9E%E8%A9%B1%E3%81%8B3

「ある神話の背景」では「三百人の生き残りが並びまして、連隊旗を持ち」となっていますが、
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1319113866.jpg.html

「集団自決の真実」では「米軍側は三百人位が並びまして、軍旗を持って」と書き換えられています。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1319113908.jpg.html

これは曽野が大田氏の指摘を受けて、こっそりと書き換えたとしか思われません。
一見、瑣末な指摘に思われるかもしれませんが、これは見逃せない書き換えです。
連隊長など存在しないのに連隊旗を序列が下位の第三戦隊が持っているはずなど絶対にありえないし、降伏式に連隊旗を持ち込むなどというのはありえません。
死んでも敵に連隊旗を手渡してはいけないのです。
降伏式に臨む前に、連隊長の面前で奉焼しなければなりません。
つまり知念氏の証言は真っ赤な嘘なのです。
山形の霞城連隊にあやかって、自分達も8月15日以降まで抵抗した立派な帝国軍人であるかのように思わせたかったがために嘘をついたのでしょう。
しかしこの嘘は帝国軍人失格となる嘘です。
この書き換えにより、知念氏は嘘の証言を平気でする人物だとわかります。
こんな人物の証言を重要視する曽野の「集団自決の真実」は信用性ゼロです。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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