2017-09

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新版・「まえがき」の検証

 曽野綾子が2006年5月に刊行した『「集団自決」の真実』(ワック出版)は、1971年10月から1972年9月まで雑誌『諸君』に連載されて、1973年5月に単行本『ある神話の背景』として発刊され、その後、数社から文庫本化もされていた。PHP文庫(1992)を最後に絶版になっていた同書を題名を変えて、文庫新版として再刊されたものである。新版といっても内容に改訂は見られないから、復刻版というのが適当だろう。
                  sinjitu.jpg 『「集団自決」の真実』表紙

 これが再刊される9ヶ月前の2005年8月には、梅澤裕・元慶良間挺進隊第一戦隊長と、赤松嘉次・元第一戦隊長の氏が、岩波書店・大江健三郎を相手取って「沖縄ノート」の出版差し止め、慰謝料請求の、いわゆる「集団自決裁判」を起こしていた。この裁判は「靖国応援団」などの日本軍国主義復権勢力が、高齢の元隊長ともう一人の隊長の遺族を唆(そそのか)し、援助して訴訟を起こさせたものである。原告二人は提訴まで「沖縄ノート」をろくに呼んだことがないと法廷で証言していた。(裁判の結果は、今年4月最高裁が原告の上告を棄却して原告の完全敗訴が確定した。)

 この裁判において、原告を唆した「靖国応援団」の思想的後ろ盾となって、彼らを「応援」したのは「ある神話の背景」の著者・曽野綾子である。その一環として『「集団自決」の真実』 副題・「日本軍の住民自決命令はなかった!」)と書名を変えて、『ある神話の背景』を再刊したのは間違いない。旧書名よりも新書名のほうが宣伝効果があるとする即物的なやり方だ。

 そもそも、曽野が1971年に『諸君!』に『ある神話の背景』を連載し始めた動機というものは、祖国復帰が数ヵ月後に迫った沖縄の、戦後定着していた「反軍国主義的」雰囲気に冷水をかけ、沖縄の反軍思想を叩く為であった事に疑いはない。出版自体が、その種の勢力と手を組み用意周到に準備計画された謀略行為だった言うべきである。(「沖縄との出会い」「生贄の島あとがき」参照)

 ひめゆり女学生などの記録・「生贄の島」(1969年週刊「現代」掲載)の取材と称して1968年頃から沖縄に通い始め、同時進行で渡嘉敷島の「集団自決」についても取材を進めていたと推測される。1969年には、曽野は渡嘉敷島で戦時中の「兵事主任」富山真順氏にもインタビューしたと、富山氏が証言している。(曽野はこれを「家永裁判」法廷で富山氏を知らないと偽証した。)

 曽野は「新版」への前書きで〈この「『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実』の出発点は非常に素朴な二つの情熱が作用していた〉と、この本を書いた動機として以下の2点を挙げている。

〈一つは、現存する人間に対する興味である。…火を噴く竜がいるという噂の洞窟は恐ろしいが、近づいて見てみたいと思う気持ちと似ている。〉
〈もう一つの情熱は、人間が他者を告発するという行為の必然性である。イエスが繰り返して言ったことだが、人間には他人を裁くことができるほど善い人はいないからなのである。「正しい者はいない。一人もいない。」〉


 確かに、渡嘉敷島の指揮官であった赤松嘉次大尉は『鉄の暴風』を始め、その当時の沖縄の戦記ものでは「極悪人」のように書かれていたキライはあった。それは当時の記録者たちのエラーであり、怠慢であったことに違いない。
 世の中に映画に出てくるような「絵に描いたような」残酷悪人はめったいるはずはないと、誰でも考え得る。いたとしても、そんな人間は速やかに、権力によって排除されるはずである。赤松元大尉は故郷で肥料店を経営して平穏な生活を送っていた。久米島で残忍行為を犯したあの鹿山正元兵曹長でさえ、故郷で農協職員としてそれなりの社会的地位を築いていた。
 沖縄戦記中に描かれた赤松像を「火を噴く竜」を喩えてうそぶく曽野綾子に底意地の悪さを感じる。

 平生穏やかに過ごしている人間でも、時・場所が変われば、人格が変わったように残忍性を発揮する事があると考えるのが妥当ではないのか? 赤松大尉を「火を噴く竜」のごときに描いた戦記記録者たちでも、復員した当人が地元でも残忍さを発揮しているとは決して考えないだろう。
 ただやはり、実地調査を怠り、明確な「自決命令」が赤松隊長から出たという記録を為してしまったがゆえに、彼らは大きなミスを犯した事は否定できない。だが、それは赤松氏の「名誉を傷つけた」という意味合いの失策ではない。「言った」・「命令を発した」というヘマな記述をしてしまったという意味でのものである。

 「文書」・「口頭」による明確な「自決命令」がなかったとしても、住民三百余人の集団自殺は赤松隊という「日本軍」に追い込まれた為のものであり、十数人に及ぶ住民処刑も赤松隊長率いる「日本軍」の手によるものであり、指揮官たる赤松氏は、その責めに十分に任じられるものである。
 赤松は明確的な「自決命令」は出さなかっただろう。それを「出した」と書いた『鉄の暴風』以下の当時の沖縄の戦記が、曽野綾子らに揚げ足を取られたという意味で、太田良博ら記述者たちは責められるのである。(続く)
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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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