2017-05

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ケビン・メアの本

 3月の大震災直前の3月6日に、米国務省日本部長で元沖縄総領事のケビン・メア氏の、沖縄の基地問題に関する「発言」が報道されて問題となり、メア氏はその責任を問われて辞任したのだが、先月出版された世評への反論といういうべき同氏の著書・『決断できない日本』を読んでみた。
                      ketudanndekinainihon.jpg

 去年(2010年)12月国務省内で、沖縄研修旅行に行く予定のアメリカン大学の学生14人を相手にしたブリーフィングで、
「沖縄は『ごまかしとゆすりの名人』『怠惰でゴーヤーも栽培できない』『日本政府は仲井真弘多知事に「お金が欲しいならサインしろ」と言うべきだ』『普天間飛行場は(住宅地に近い)福岡空港や伊丹空港と同じで特別に危険でない』と述べた」
との、共同通信によって配信された記事が沖縄の二紙で報道され(タイムス記事)、それが本土の新聞でも取り上げられるようになっていた。メア氏は直ぐに「それは事実ではない」と否定したが、米国務省は問題の広がりを懸念してメア氏に辞任を求め、メア氏は不服ながらもこれを受け入れた、という経緯であったようだ。

 メア氏は本の出版前から、学生たちが作成した「発言録」は全く事実ではないと、メディアに弁明していたのだが、この本の中でも「私はこうした発言をまったくしていない」「『発言録』は、なんの真実性、客観性もないもの」と改めて強く否定している。

 メア氏の否定に対しては、学生たちの指導教官でありブリーフィングにも同席したデービッド・バイン准教授は、「発言録」について「私自身もびっしりとメモをとっており、それに照らして慎重に確認した。一字一句とまでは言わないが、重要な部分は間違いなくメア氏の発言通りだ」と強調していた。(タイムス記事)

 本の中で、メア氏は「私は何を説明したかったのか」として、『ゆすり』という言葉も知らなかった」「『ごまかしとゆすりの名人』などとは決して言っていません。私が言いたかったのは、『補助金システム』の弊害のことなのです」と弁明している。「メア発言」については、直後に小ブログでも、あながち全面否定できるものではないと感想を述べておいたのだが、嘉手納の元町長のように基地の存在を利用して高額の補助金を獲得したり、一部を自分の懐に収めたりするものが少なからず居て、『ごまかしとゆすりの名人』の側面がないとは言えない、というのが実際ではなかろうか。
 嘉手納のように進んでは、基地在るゆえの補助金を求めない基地反対自治体(読谷・宜野湾)の長でも、財政をスムーズに運営する為にはなるべくは多くの補助金をもらいたいというのが実情であろう。

 名護市を中心とした北部地区の自治体では、辺野古への「普天間基地」移設を前提とした補助金を、この10年で総額1千億円が下されたというのに、移設作業はほとんど前進していないというメア氏の苛立ちが(真偽は判りえないが)「『ごまかしとゆすりの名人』という発言」となったと推測できる。

 問題はやはり、「メア発言」が事実に即したものであるかないかという事であろうが、タープレコーダーやパソコンに記録されてないので、言った、言わないの水掛け論になり、この議論は無益ということになる。
 気に掛かることは、この記事を配信した共同通信の石山永一郎記者が、このブリーフィングに参加した学生たちを日本・沖縄研修旅行の際に、自宅に泊めたりして便宜を図っていたことである。また、学生たちが日本と沖縄に行くツアーを企画し、募集・組織したリーダーは猿田佐世という護憲・反基地活動家で、当時アメリカで研修中の女性弁護士だったというのを、メア氏は学生たちのブログで知ったという。今年2月9日、彼女の依頼でメア氏は石山記者のインタビューを受けたが、その時は12月3日の学生に対するブリーフィングについての話題はなかったらしい。猿田氏は、「私は石山さんのもとでインターン(研修)をしている」と言っていたという。メア氏の学生へのブリーフィング・学生たちの日本&沖縄研修旅行・その後の[発言録」発表・共同通信による配信という一連の企画は、アメリカン大学の学生・猿田氏・石山記者の共同作業であり、自分をはめる為の罠であったことをアメリカン大学のブログの学生たちの記述で知ったと、メア氏は言っている。

 石山永一郎氏といえば、2009年12月阿佐ヶ谷ロフトで行われた「普天間基地移設をめぐるシンポジウム」でパネラーの一人として参加していた人物であることを思い出した。(小ブログ記事)
 その他の参加者は保坂展人・岡留安則・奥野修司であり、もちろん反米軍基地の立場にある人物たちであろう。あまり記憶に残ってないのだが、石山氏は「普天間基地の移設先は日本領である硫黄島が最適」・「フィリピンのように沖縄も米軍基地を撤退させなければ成らない」という趣旨の発言をしていたと思う。「日本領である硫黄島が最適」という発言に好感を持ったような気がする。
 石山氏は、沖縄からの米軍基地撤去を願う陣営からすれば同士なのである。しかし、策謀でもって敵を陥れることはかえって敵を利することにしかならないと思う。石山氏及び猿田氏は、メア氏の指摘に対してまとまった形の反論若しくは弁明を行う必要があると思う。

 本書全体を読んでみて、官僚らしからぬメア氏の歯に衣着せない言動にわずかばかりの好感を覚えるところもあるが、所詮はアメリカ帝国の植民地代官であり、沖縄へ米軍基地を押し付ける事を人生の使命の一つとしている支配者側の一員である。だが、沖縄を良く知る支配者側の人間としての、多少は興味深い記述もあるので、追って感想を述べたい。
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コメント

書証提出されなかった陣中日誌

和田さん、コメントをどうも。
ご紹介された原版「第三戦隊陣中日誌」、これを何時から防衛省で公開したのか判りませんが、私は一部を2年前(2009.9月)「防衛研修所」で(CDロムで)入手しました。原資料は既にs41(1966)年に、赤松嘉次によって防衛庁に提供されていたのですね。そして、現在HPでも公開されているということですね。
元々の記述係であった辻政弘中尉が3.28の当時に負傷したので、それ以後木林氏が記述したのでしょう。
ところで、『うらそえ文藝』編集委員の浜川 仁・沖縄キリスト教学院大学准教授の論文の脚注によれば、この原版「陣中日誌」は大江岩波裁判では、原告側から書証提出されなかったそうです。
http://keybow.co/urasoe/hamakajou.html (注8)

大幅な改ざんがバレテしまうからでしょう。ni0615さんの対照表をご参照あれ。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp?cmd=upload&act=open&pageid=2251&file=%E3%80%8C%E9%99%A3%E4%B8%AD%E6%97%A5%E8%AA%8C%E3%80%8D%E5%8E%9F%E6%9C%AC%E3%81%A8%E6%94%B9%E5%A4%89%E7%89%883%E6%9C%88.htm

被告側からも提出がなかったという事は、審理の期間中はこの資料が公開されてなかったか、或いは大江岩波側は、防衛省に資料保管されてることを知らなかったからかもしれません。

1966年提出された木林明陣中日誌

和田です。
http://www.okinawa-sen.go.jp/view.php?no=B0305202
上記表紙記載から、この日誌が防衛研修所に提出された年は1966年と特定される。
ところで、http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/990.html
上記1968/4/6発行週刊新潮には、「赤松嘉次元大尉は…、防衛庁が出した戦史『沖縄方面陸軍作戦』が「彼の名誉を回復した」からといわれ、また最近、渡嘉敷島住民の間で、「赤松名将説」が現れたことに「ご本人、すっかり気をよくし」たからともいわれている。」とある。

防衛庁は、戦死叢書編纂に当たり生き残りの兵士等に改めて資料の提出を依頼しただろう。
1966年提出の資料がそれに当たることは、時期とその後の経緯からほぼ間違いない。
そうすると、上記「陣中日誌」の筆者が木林明か辻政弘かという問題と、上記「陣中日誌」と谷本版「陣中日誌」の異動の意味はその前提を考慮して検証する必要がある。 1966年という新しい時期に提出された陣中日誌という意味と、赤松が自分の名誉回復という明確な目的から提出された資料であるということを見逃すべきではない。 現に「陣中日誌」自体に事実ではないことが書かれている。

そのことは第二便以降に検討するがその前に前期新潮と直後の
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/991.html
琉球新報取材からおもしろい内容を2,3拾う。新潮「ちなみに、この"記録"を読んで、渡嘉敷島を訪問し、その"生存者"たちに直接問いただした人々は、確かに赤松隊長から"自決命令"が出されたという島民の証言をレポートしている。たとえば、ルポ作家の石田郁夫氏は『沖縄の断層』(雑誌『展望』67年11月号)で、「赤松から、防衛隊員を通じて、自決命令が出された」と明確にしるしている。」  (注)松川の兄さんは、赤松隊兵士・勤務隊直属兵士・普通の村民ではなく、まさに防衛隊員だった。早い時期から防衛隊員伝達説は存在していた。

新報での赤松弁「ゴウにいたのは中隊への非常用食糧、弾薬の確保を指示していたためだ。」明らかにこの記述は、「鉄の暴風」の泛水時に赤松が壕に籠もった記述を受けたものである。
那覇転進命令は事実と思われ、沖縄原野をさまようことも予想されることから「中隊」-勤務隊等への確保ではないことに注意-への非常用食料は必要である。 赤松は不意な質問に要領よく答えたつもりだろうが、弾薬の確保と答えたのは爆雷をマルレに搭載できなかったことを意味しよう。一瞬の隙をつかれた問わず語り。

新報赤松弁「1月に初めて第3戦隊の同窓会をした。60人ほど集まったが、そのとき新しい戦史を作ろうと話し合った。」新報のみだしでは「「正しい歴史」を作りたい」となっているがそのような言い方もしたのだろう。 さて「新しい歴史教科書をつくる」という言い方には、これまでにない歴史感覚で記述する歴史教科書を作成するという意味で表現自体に違和感はない。 だが、事実解釈に止まらず、事実そのものに関し、間違った歴史を書かれたと本気で信じ怒っている者が「歴史をつくる」というニュアンスや文体を使うとはとうてい思えない。 「誤った歴史記述を正す」、「真実の歴史を再現する」等のニュアンスでなかったのは、赤松自ら歴史改竄を企図している胸の内を吐露した、又はその意図がにじみ出たものと考えている。

木林陣中日誌検討の前に1945/3/20以後のおさらい。 3/19まで大本営は米軍の侵攻方面を台湾か沖縄か決めかねていた。しかし、3/20台湾爆撃がなかったことから、台湾爆撃を陽動と確信、沖縄侵攻は4/1近辺と予想。この情報は沖縄方面軍・住民に順次伝えられ、3/21沖縄方面軍の再編が行われ、ゲルマ島では自決命令が出された。 そのような切迫した軍事情勢の中、3/22大町大佐がスケジュールどおりの巡視を行うなど、それが事実であれば沖縄方面軍・大町大佐は無能で軍理に疎いことにしかならない。 事実は、臨時に座間味・阿嘉・渡嘉敷の3戦隊の出撃準備を目的とした出港であった。 3/22鈴木元基地隊長がこのような緊縛した情勢の中、泛水路完成祝いに赤松を訪れることなどありえない。 元部下のマルレ泛水を指揮し、マルレ出撃後直ちに沖縄本島での戦闘部署に帰還する計画に相違ない。

石田四郎少尉によれば、大町大佐傘下の通信兵は7名。 3名は座間味島他2島に配置。 3名は大町大佐の大発船に同乗したかもしれないが、阿嘉島・渡嘉敷島には先行配備させる。計画では大町大佐に同乗する他の3人は各島に対応して受発信。つまり、2名3セット。残りの1名は沖縄本島との受発信に専従させたと考える。 各人を専従・専心させ、混線を避けるため、周波を調整、乱数表も4種類あったはずである。 それ以外に通信兵7名の意味はあり得ない。

80歳

曽野は今月17日で80に成るようです。百まではバリバリ活動するでしょうね。一度はナマ姿を見てみたいですが、行けそうにありません。

講演で震災に関して何をしゃべるのでしょうか?
will六月号、渡部昇一との対談では、
「原子炉の冷却水を一時、メガフロートに移す案がありますね。私はあれを「お化け畳」と呼んでいるんですが、日本財団もお金を出して開発に参加したものなんです。……あのお化け畳は、あればなんにでも役に立つんです。今回だって、汚染水を溜めるだけでなく、焼き場にもできました。暫定的に火葬場にすれば、死者を焼いてあげて家族の元に返せるし、衛生面も保たれます。」と言っている。

震災の傷跡生々しい時期に、なんという冷淡な物言いでしょう。
http://keybow.co/sono/sonotosyouiti.html#obaketatami


曽野綾子の醜い顔が拝めます

『揺れる大地に立って 東日本大震災の個人的記録』の刊行記念として曽野綾子の講演会があるそうです。
私は、例え無料でも行きたくないですね。

場所はモード学園コクーンタワー コクーンホールB
9/28(水) 開場:午後6時30分 講演:午後7時~午後8時

下記HPの真ん中あたりに出ています。
http://www.book1st.net/event_fair/event/page1.html

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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