2017-08

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典型的な沖縄の知識人

 沖縄在住の作家・大城立裕はS42年に沖縄人初の芥川賞作家となって、それから全沖縄的に作家としての名声を博するようになったと覚えている。それまでは、氏の作品発表の場は沖縄タイムス社の『新沖縄文学』だったらしいが、受賞後は東京の出版社から作品を出すようになったと、『うらそえ文藝』16号の、星雅彦との対談で言っている。
 S42(1967)年という年は、佐藤首相が沖縄返還への第一歩としてS40年に初めて沖縄を訪問した2年後であり、それまでほとんど報道の対象になってなかった沖縄を、日本のメディアが盛んに取り上げるようになった時節であった。
 芥川賞という文学賞は、山崎行太郎氏の言によれば「きわめて政治的で、時局便乗的な文学賞」という性質を持つものであり、その文学賞としての成功の秘密もその時局便乗性にあるという。
 沖縄在住作家・大城立裕の受賞理由も作品そのものの出来よりも、「沖縄返還」へと政治権力が向かっている時局性にあったのであろう。
            
               近影 『月刊日本』より

 かつて大城氏は「日本にとって沖縄とは何か?」と問われた時、「レイプされてもついていく女」と答えたという。苦々しい感じを抱かせる言い方であるが、言ってる事は否定できない。こういうふうに答えるという事は、大城氏も、沖縄は大和(日本)から酷い目に遭わされ続けてきたとの怨念を抱いているという事ではあろう。『月刊日本』八月号のインタビュー記事でも、過去に沖縄が日本から「捨石」にされたことへの恨み辛みを並べている。
 だが一方では、
『私は昭和13年に中学に入学したが、その5年間、「日本人として一人前になれ、それと同時に、琉球人としての誇りを失うな」と教えられた。一見矛盾するようだが、自らの依って立つ歴史と文化への誇りがなければ、日本人にさえなれないのだ。』
と言っている。
 1925年生まれという年代は、まだまだ沖縄人としての土着性を強く身に帯びた世代であろう。だが、上級の教育機関では一人前の日本人になる事を要求された。そこで上に述べているような、沖縄のエリートとしての動機付けがされたのだと思う。しかし、それを強調する氏の姿勢に、体制順応的な体質を感じてしまう。

 「レイプされてもついていく女」という発言に関して、ポストコロニアリズム研究の野村浩也
「その発言は女性をメタファー隠喩(いんゆ)として使っている点で問題がある。女性をメタファーとして使い、しかもレイプ言説で語るという、まさに植民地主義的な語り。だから大城立裕自身が自分のなかの植民地主義を対象化していないというのを逆に示してる。」

と批判している。

 沖縄をレイプされる女に喩えているが、大城氏は自分自身がレイプされた女の一人だとは思ってないような気がする。これまで大城氏の評論や小説に「日本」という国家に反逆するような言説を見たことが私は無い。というか、政治的にラジカルな発言を示した事が無いのではないか。星雅彦との対談では、『うらそえ文藝』「(琉大文学派の)新川明たちのやっている事に対する批判的な事を書こう」と言っていたが、「いい年になっているのに、今さら喧嘩することもない」と言って取り止めにしたらしい。
 『月刊日本』の記事では、沖縄に対する日本の仕打ちを非難調に言っているが、老作家の述懐という感じを受ける。何事につけても事を荒立てることを避ける性質なのであろう。芥川賞受賞後も大和の出版社から堅実に作品を発表してきて、別の文学賞や叙勲も受けた。沖縄県職員としての39年の公務員生活も県立博物館館長という要職を最後に定年退職している。日本という国家体制の中で、沖縄人としての最高のステイタスを保持し、晩年の今尚「組踊」創作という画期的な仕事を成し遂げて有終の美を飾ろうとしている。

 私は今、大城氏を体制順応的な沖縄人エリートとして批判的に書いているが、何も大城立裕個人を告発しようとは思ってない。そんな資格もない。「典型的な沖縄知識人」と書いたのは、有名な沖縄の知識人というのは程度の差こそあれ、ほとんどが「体制順応的」だと思うからだ。
 例えば同じ1925年生まれの元琉大学長で元知事・元参院議員の大田昌秀も五十歩百歩だと思う。大田氏は「醜い日本人」など、日本国の沖縄に対する酷薄な仕打ちを強く告発する批判する著書を数多く出版して、沖縄内外の人たちに沖縄の現状を知らしめ、啓発した功績があると思う。県知事時代は政府に対して軍用地契約の「代理署名」拒否の姿勢を示して、訴訟にまで発展した。だが、大田氏はその抵抗を最後まで貫くことをせず、最後は「代理署名」を受け入れた。おそらく国家からの凄まじい圧力が加わったのではないかと想像される。大田氏の名誉のすべてを地に落とすような個人的スキャンダルを暴露するぞとか…。

 鉄血勤皇隊生き残りの大田氏は苦学し日米の優良大学を出て、日本の左派系出版社が望む本を多数書いて、学者としての地位を築いていたのである。それを失いたくはなかったと思われる。三選目の知事選の時には闘う情熱を失くしていただろう。実業界代表の稲嶺恵一に大差で負けた。その後、野に下って抵抗活動をするかと思えば、社民党から参院選へ出て比例区で当選し、国会議員先生に収まっている。

 大城氏や大田氏は沖縄のエリート知識人の典型であると思う。エリートでなくとも、本気で、命を懸けて体制に抵抗したら、沖縄では順調に生きていけない情況にある。日本の国家体制に抵抗するように見えても、芯から抵抗しようとすれば、冷や飯を食わされる事になりやすい。逆に、嘉手納の元町長のように、抵抗する振りして国家の意に沿う行動をすれば甘い汁を吸える。
 普天間基地の県内移設反対の集会に、公務員の組合員が多数参加すると思うが、彼らの給料は市町村単位の職員と言えども、国から流れてくる補助金で賄われていると言ってよい。今公務員は沖縄の求職者にとって高嶺の花だ。本気で国家に抵抗する気のある公務員は如何ほど居るのだろうか。こんな沖縄の情況を見透かしているから、菅首相や北澤防衛相はイケシャーシャーと、沖縄に米軍基地を押しつける発言をくり返せるのだ。

 大城立裕や大田昌秀の功績を自分のような者が否定できるものではないが、彼ら知識人が自分世俗的名誉を損なってまで、故郷の名誉ある地位を取り戻す為の強い態度を示す事は期待できないと思わざるを得ない。知識人でなくとも沖縄社会で一定の地位を得ている人間が、身を捨ててまで反権力の姿勢を保つのは難しいのではないか。
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コメント

池宮城秀意

晩年、日本への反骨姿勢を持ち続けたのは池宮城秀意氏ではないでしょうか。
天皇からの勲章を断り、沖縄復帰記念式典の招待を無視した姿勢は高く評価できます。
もし存命だったら今の沖縄に苛立ちを表明するでしょうね。

戦中戦後体験が彼の主張に影響

大城立裕氏らの文学作品については何も知らないので、文芸批評についての戦後史を調べようと思ったら余りにも膨大な文献になりそうなので、大城氏の立ち位置について大雑把に知る事が出来そうな本を探しました。
2ヶ月前に発行された「焦土の記憶(福間良明)」に大城氏の戦中から復帰までの経緯が80頁余りに書かれています。
この本の巻末には参考文献が載っているので更に文学史や大城氏を巡る論争について深く考察していける叩き台になる本です。
大城氏は戦中や沖縄に帰郷直後の体験から、特定の政治思想に絡みとられるのではなく、自分の頭で考えるようにしたそうです。それが体制順応的なのかどうかはこの書籍だけではわかりません。
ただ、相手に深く立ち入らず、ほどよい距離を保って会話を楽しむカクテルパーティという寛容さを嫌悪した大城氏ですが、不寛容の可能性を徹底的に追求出来なかったのではないでしょうか。
その辺については新川明氏との論争があったと思われます。
また、岡本恵徳氏についてもかかれており、「青い海」「新沖縄文学」などの一時流行した総合雑誌についても書かれています。
なお、歴史の浅い「うらそえ文藝」や正体不明な作家、星雅彦&上原正稔については一切出てきませんw。

曽野・大江それぞれの言説

和田です。
阪神さん、キー坊さん
尾川氏、狼魔人の論理に類似する論説の中でもっとも知能が高いと思われた「亀井秀雄」氏の論考にコメントをつけています。

http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/148535/127704/22747738/list_comments
上記はどなたかが、コピペしたものと思います。

元のコメントは
http://fight-de-sports.txt-nifty.com/ukiyo/2008/01/3_e1c7.html
上記の下や幕間劇(2)の下にあります。

私は、赤松の自決命令が年齢40過ぎの伝令、松川の兄さん(松川は出身地座間味島の松川で谷本版陣中日誌1945/3/28の防衛隊戦死者として記載されている小峯上等兵の可能性がある)により、伝えられたと考えています。

狼魔人の「ある神話―」称讃

 ところで、ニセ沖縄人・狼魔人も、「ある神話の背景」を初めて読んだ時の感動を「予断は木っ端微塵に打ち砕かれた。目からウロコが落ちるとはこのことかと思った。」
と彼の初期のころのブログに書いています。並々ならぬ賞賛振りです。その頃よりも大物ブロガーになった今、曽野綾子へのお目通りも叶ったのでしょうかね。
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/a239794d6a7480d1d2e60e4947cdf9b9

著者自身が伝聞によっている

 阪神さん資料紹介ありがとう。

 「ニューギニア戦線」と「日本国内の住民の住む小島」
 死線をくぐり抜けてきた従軍経験者でも、他戦場との情況が違う場合、抱く見解が適切なものにはならないという事を、尾川氏は例示していると思います。

 曽野は現地調査をしたから価値があり、大江はそれをしてないから、疑問だ…。軍人は、民間人に対して命令権を持たない…。軍人は命令に従うものだから、赤松個人に責任はあるか?…。 
 
 いずれも、軍隊経験のない我々が読んでも、旧軍人の型に嵌った、杓子定規的な捉え方・見方でしかないと思います。「要は、疑う視点を持つかどうかである」と言っていますが、「ある神話の背景」に対しては、著者は疑う目は持ってないようです。

精緻な史料批判が足りない例

「戦争 虚構と真実(尾川正二)2000.8.1発行」の中に、渡嘉敷島の軍命についての論考がありました。
尾川氏はニューギニア戦線での歩兵の生き残りです。
氏は「人肉食をしただろう」と、さんざ言われたのでしょう。
マスコミの報道に「自分の経験した範囲」で批判しています。
氏は南京大虐殺や百人斬りなどについても一般化した言説を批判しています。
思考能力の無いネットウヨとは違いますが、国文学者である氏は、歴史学の目から見れば精緻な史料批判をしているわけではありません。
それだけに、渡嘉敷島の件については「通りすがりのからかい気分」で批判したに過ぎません。
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1313727821.jpg.html
http://imgb1.ziyu.net/view/kimuke/1313727833.jpg.html

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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