2017-08

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50年前の事件から感じる事

 前々回の当記事で紹介した1959年6月発行の『週刊明星』を読んで、52年前に「スチュワーデス殺人事件」があった事を初めて知り、これの関連記事や情報を多少調べてみたのだが、感じさせられる事は二つあった。

 一つは、世の中で当然なものとして信じられている事柄と、その実態あるいは実相とはかけ離れている事が多々在るという事である。
 曽野綾子の仇敵ともいえる「鉄の暴風」の著者・太田良博は、皮肉にも、曽野が初めて沖縄を訪れた1961(昭和36)年初頭に、その講演を聞いており、その年3月の新聞コラムに次のように書いている。(『戦争への反省』)
「なんでも、疑ってみることが大切だ。権威を無批判に肯定してはいけない」という意味のことを、曽野綾子さんが講演した…、
と。
 『週刊明星』でも、東京オリンピックについて大勢の考えに反対する意見を述べていたが、権力に奉仕する体質の曽野綾子は、昔から上っ面だけの反権威主義的ポ-ズをとっていたのである。若い頃から欺瞞的性質は持ち合わせていたようだ。

 我々は例えば、つい最近まで、「検察」は世の中の不正をただす正義・不過誤の組織だと思い込んできたが、「村木冤罪事件」で露わになったように、多くの無実の人間を無理やり罪人に仕立て上げてきた不義・不正の組織であったという事が判ってきている。その検察という公的組織でさえ立件・起訴できなかった「小沢一郎政治資金疑惑」を、「検察審査会」という一般人の耳にはなじみのない組織が、無理やりに起訴して罪人に仕立て上げようとしている。「検察審査会」という公の組織がなにやら「権威」ある実体を備えているかのような日本マスコミの報道振りも、小沢一郎を不正の政治家に仕立て上げている。
 実態とはかけ離れた固定観念というものは、権力の側からそのように思わさせられているの事が大部分はないだろうか。民衆を支配するために、権力にたてつく者を排除するするに都合の良い「観念」を、権力の側が支配される側に、学校教育・マスコミの報道等によって与え続けるのだと思う。

「カトリック」はキリスト教の二大潮流の一派であるが、事の外戒律厳しく、その布教に従事する者は、「聖職者」と崇められ、それを信仰する人たちも清潔で自律的な生活をしているとの観念を我々は持っているのだが、52年前の事件の記事や情報を見てみると、とんでもない活動をしている「聖職者」や教団も在るのだという事が判る。

 もう一つ私が感じた事は、50年前も、今と変わらぬ日本人の「事なかれ・保身」体質である。「スチュワーデス殺人事件」では、限りなく「クロ」に近いカトリック神父をみすみす国外に脱出させているが、この神父がバチカン国の配下にある「サレジオ修道会」の神父であった事が、日本警察がその捜査を貫徹できなかった理由である。 
 松本清張は「スチュワーデス殺し」論の末尾で、
「明瞭なのは、この事件の捜査が壁につき当ったのも、ベルメルシュ神父の帰国を警視庁が「知らなかった」のも、要するに日本の国際的な立場が極めて弱いからである。そして日本の弱さが、ステュワーデスという一個人の死の上にも、濃い翳(かげ)りを落しているのである」と、結論的に書いている。
 岸信介首相は7月11日からの欧米親善訪問を控えていた。敗戦後14年という時代は、欧米に対しての弱腰は今よりもっと顕著だったのである。欧米と仲良くしたい国にとっては、1スチュワーデスの死など小さい事だった。
 だが私は、日本の国力の弱さよりも権威に弱い日本人の体質が、この事件を未解決にした根本的要因であると思う。日本人が権力にたてつく精神がもっと有るなら、こんな結末には成らなかったと思う。

 第一線で捜査している現場警察官の中には、正義感から真実を追究する意欲を持った者が居たことが想像されるが、上層部の命令には逆らえる筈もなかっただろう。近年の例としては、数日前テレビ朝日で、10年ほど前にあった「佐賀市農協冤罪事件」の続報特集を見たが、当時36歳の検察官は「ぶっ殺すぞ、お前」など暴言で脅して調書を取ったという。その検察官は今は退官していてテレビのインタビューに応じている。
「我々は戦場においての兵隊なのですよ。上官(上役)の命令に従うしかなかった。相手をやらなければ自分がやられる。被告には申し訳ないことをしたが…」
という趣旨の事を述べていた。

 戦時中渡嘉敷島での赤松隊の住民処刑に関して、曽野綾子は「戦争中の兵士はミミズと同じ一匹の虫でしかなかった。ミミズは突かれれば同じ反応を示すしかない」と言って、赤松隊長以下兵士の住民に対する残酷な所業を免罪する記述をしている。人間の自由意志の否定であり、これでもって沖縄に対する日本軍人の全戦争犯罪を免責にする言論であった。日本人の事大主義、権威への隷従体質は、戦後に始まった事ではないようだ。
 戦後は米国に隷従し、国内植民地の沖縄を軍事用土地として米国に提供し、米国からの恩恵を受け、経済的利益をむさぼってきた。その米国が日本を支配し、検察警察・マスコミなどを使って楯突く者を排除しようとしている。こんな日本国の状況を見れば、日本人に幸福感をもたらさない不自由感・閉塞感から日本人が抜け出すのは容易ではない気がする。
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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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