2017-10

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石田郁夫・沖繩の断層1

 (引用者注) 
石田郁夫氏は1933年7月、伊豆大島生まれ、日共に入党、除名の経歴あり。1993年2月肺がんのため死去。

1967年5月頃、沖縄を初訪し、約1ヶ月滞在。伊江島、喜屋武、渡嘉敷島、八重山、与那国島などを訪ね取材した。 帰京後、「展望」11月号に「沖繩の断層」を掲載した。沖縄の取材のルポを、三一新書「沖縄:この現実」(1968年4月)に収録する際、「沖繩の断層」は、「島の断層」と「慶良間の虐殺」の二つの章に分けて掲載されたが、「慶良間の虐殺」では赤松元隊長個人を難詰する調子は薄くなっているように思える。

だが、同じ1968年4月に、赤松氏は「週刊新潮」に責任否定の弁明記事、「琉球新報」にも同様の弁明発言を行い、マスコミデビューを果たした。これを読んだろう石田氏は、「ドキュメント日本人8 アンチヒューマン」(学藝書林69年3月)に、[集団自決の『記録』と『真実』の間」を発表した。内容は「慶良間の虐殺」のリライトであるが、赤松を責める口調はきつくなっている。
1972年4月、「サンデー毎日」4月30日号に記事を書くため、石田は4月10日に赤松氏を自宅に訪ねている。この記事が「渡嘉敷島集団自決の真相」である。

以下、石田氏のこの4編のルポルタージュをテキスト化したので、このブログで、発表順に公開してみたい。



沖繩の断層 一の本文へ
 
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コメント

No title

キー坊さん
とても読みやすくしていただいてありがとうございます。じっくり読ませていただきます。

さて、1967年ですか・・・・・

ようこそです。

ni0615 さん。
早速のご訪問、真にありがたく思います。また、入力についてのご助言もありがたいです。

石田氏の渡嘉敷についての論考は、私が持っているのは4編で、大部のものになります。なるべく早く皆さんにも紹介したいと思ったので、拙速とは思いましたが、このブログで載せることにしました。徐々に、HPも整えていきたいです。

この一週間くらいで全部アップしようかと思ってます。(変換ミスも多々生じるかもしれませんが、そのあたり、ご勘案いただきたいです。)

No title

キー坊さん
ブログを資料のために拓いていただいてありがとうございます。

石田氏の論考は気をいれて読まなければいけませんね。ひとつお願いですが、改行段落の際に、空行を一行入れていただけないでしょうか。パソコンではスクロールしますので、空行がないとちょっとシンドイです。

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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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