2017-07

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喜納昌吉の竹中労誹謗

 政局とは関係ない事柄だが「沖縄の自己決定権」の中に、喜納が芸能ルポライター竹中労を貶す一節がある。「竹中労と沖縄芸能界」
 沖縄には歴史的に見て、大和に対する文化コンプレックスが在って、日本復帰を境に自分たちの本当に大切なモノを捨てて、外来のものや大和的なものに迎合する事が当時の潮流になっていたと、喜納は言っている。沖縄民謡に於いて、それを主導したのがRBC(琉球放送)でエリートの地位にあった上原直彦であり、それを受け入れたのが大和から来た芸能評論家の竹中労であったと言う。

 確かに上原直彦(38'~)は沖縄の民謡界を、ラジオやテレビで演出する事に関して、民謡歌手達を牛耳っていたように思える。多少の学があるから、無学な民謡実力者達をラジオ・テレビに出してやり、自分の思い通りに扱っていたような気が私もした。それでも、彼が、嘉手苅林昌(20'~99')や登川誠仁(30'~)を重く扱ったのは、この二人が傑出した唄さーであったからである。
 私はラジオなどでしゃべる上原の語り口は、自分が沖縄民謡界をリードしているのだという臭みを感じて好きではなかった。また、沖縄で言う「唄さー」を奄美で使っている「唄者」と書いたり、「民謡」に代わって「島唄」という言葉を流行らせたりして、安易に奄美の真似をした事についても不快感がある。奄美が沖縄の真似をする事は絶対無いからだ。

 竹中労(30'~91')は復帰前S45年頃、大工哲弘(八重山)と国吉源次(宮古)という二人の先島民謡歌手を「全日本歌謡選手権」というテレビ番組に出場させていた。私はこれ見て、「民謡歌手を歌謡番組に出すとは何て無粋なことだ」と不愉快な気分になったことを憶えている。同じ頃、竹中は雑誌やラジオなどで嘉手苅林昌を本物の民謡歌手だとして紹介していた事も憶えている。その頃の私は、「民謡は年寄りのやる時代遅れの音楽」くらいにしか思ってなかったので、民謡歌手に本物も偽物も在るはずなく皆同じじゃないかと思っていた。
 だが、自分が中年になり、故郷の血を自覚するに連れて、自分の島のネイティブなメロディーに惹かれるようになり、また自分でも唄サンシンをかじるようになって、人の唄う「唄」には重みの差があることが判ってくるようになった。竹中労が高く評価し、その後の人生で心の友とした嘉手苅林昌は、その味わい深さという点で抜きん出ていると思う。登川誠仁とは竹中はそれ程付き合ってはないようだが、嘉手苅と並ぶ沖縄民謡界の重鎮であることに違いない。したがって、この二人の唄サーは沖縄に於いても、大和に於いても高い評価を受けるに値する存在であることに間違いないと思う。
 嘉手苅林昌は的確に竹中労から評価されていると思うから、私は、竹中労はまともな物書きだろうなと思うのである。

 喜納昌吉は次のようにのたまう。
「みんな竹中を崇拝するんだげれど、竹中労には限界があった。私は会ったんだけど、独特の直観で、なんだこのひとは?と思ったわけです。彼がメディアで紹介すると、有名になって権威がついてくるから、みんなそっちに流れていく。私はもともと親を尊敬しているから、親は世界一、沖縄の音楽は最高と思ってるから、メディアで本物でない作り物をみてしまうわけです。」
「そのひと(上原直彦)と竹中労なんかがいっしょになって、作っていったのが嘉手苅林昌で、その延長が登川誠仁となるわけね。私は絶対許せないと思った。」
「もともと沖縄民謡というのは東に喜納昌永(20'~09')がいれば、西に山内昌徳(21'~)がいて、これが東西の二大スターになる。」


 これでは、卑俗な親バカ子バカに過ぎないのではないのか?確かに喜納昌吉の親の喜納昌永と山内昌徳はs30~40年代に嘉手苅林昌や登川誠仁よりも人気あったが、それこそ作られた人気でしかなかったのではないか。喜納昌永は沖縄のレコード会社と放送局が結んでスターに仕上げたのではないかと知名定男(45'~)も著書の中で言っているし、山内昌徳は素人ファンに享けていたのであって、玄人には実力は嘉手苅のほうが上だと思われていたと、ある実力派の女性歌手から聞いたことがある。
 私が聞いても喜納昌永は唄サーとして、嘉手苅林昌や登川誠仁に比べれば一枚も二枚も格下であると思う。声に力感が無いし、「唄心」と呼ばれる味わいも足りない。
 と言っても喜納昌永と山内昌徳がつまらない民謡歌手と私は言ってるわけではない。嘉手苅林昌や登川誠仁には及ばないと言いたいのである。自分の親が世界一で、嘉手苅林昌や登川誠仁は本物でない作り物だ、と言う喜納昌吉が許せないのである。

 喜納は現在音楽家としては沖縄社会で随一の存在だろう。そして、国会議員先生になり、政権政党の中で沖縄支部の長でもある。社会的に沖縄ではトップの位置に居ると言えよう。そんな人物がこんな与太ごとを言っている事が問題ではないか?
 民主党は沖縄に基地をこれからも押し付けるという戦後65年続いた「沖縄植民地政策」を採用する事に決定したが、喜納はそれに対して何の抵抗活動もしていない。反権力・反権威を売りにしてのし上がってきた彼だから、選挙後には直ちにその行動を起すべきである。それをしないとすれば、菅直人同様、権力追随主義に転落したと見なされても仕方ないだろう。
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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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