2017-10

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沖縄にまつわる雑感・イルカ漁に関して

 米アカデミー賞で、日本のイルカ狩りを撮影したドキュメンタリー映画が部門受賞した。内容はもちろん、日本人のイルカに対する惨逆な仕打ちを非難の目で見るものである。この映画が受賞したという事は、欧米人の感覚では、イルカを殺して食べるという事は人間として許し難いことに写る事であり、それが審査員に受けたからだろう。取材の対象とされた「大地町」の人達は、だまされて撮影されたとして、製作者へ怒りを表しているが、私はそんな事に関心はない。

 私は単純に、人間が人間以外のどんな動物でも、生きる為に食用として殺す事はやむを得ざる事として許されると思っている。鯨・イルカと牛・豚の間に差別を付ける事に普遍性は無いと思う。よって、欧米人の「イルカ殺すな」の声には妥当性は無いと思っている。
 特定の動物を捕獲、或いは飼育して食べる事を禁止する事が妥当だとされるのは、その動物に絶滅・希少化の危惧がある場合にされるべきであると思う。絶滅危惧種のジュゴン・トキは獲ってはいけないが、イルカに絶滅の心配が無ければ捕獲・食用にして良いと思う。無論、食用にする必要もないのに、徒に狩猟する事も禁止されるべきであるが。

 かつて、沖縄の名護でも昭和の終わり頃までは、漁民による勇猛果敢なイルカ捕獲(殺戮)ショーが例年行事として行われていた。毎年春先に名護湾にイルカの大群が迷い込んでくるのを、漁師がサバニを繰り出し海を血の色に染めて大量のイルカを殺していた。それはお祭り的要素の強いイベントとして名護の町の売り物になっていた。もちろん肉も食用として売られたのであったが、それは不味い肉と見なされていて、豚肉の五分の一くらいの値段で行商されていたのを憶えている。
 平成の時代に入ってからは、国のイルカ捕獲の制限措置によって、名護のイルカ漁も頭数制限を受け、大っぴらに観光ショーとして売り物にする事はなくなったが、今も名護のイルカ漁は続いているようだ。お祭り的要素の強い捕獲行事は無くなる方が良かっただろう。
 
 昭和の終わり頃には長崎県壱岐のイルカ駆除漁が、アメリカをはじめとした、轟々たる国際的非難に晒されるキャンペーンがあった。私はこの調子だと、名護のイルカ漁も国際的に報道されて、非難の目を向けられるのだろうと思っていた。だが、名護についてはそんな事は無かった。
 

 何故、同じ日本の壱岐、或いは大地町のイルカ漁はアメリカなどから非難の目を向けられるのに、沖縄名護のそれは何のお咎めもされなかったのだろうか?アメリカのメディアは、沖縄の情報を十分に持っているはずなのに、名護のイルカ捕獲ショーを知らなかったのか?そんな事は有りえないだろう。
 アメリカの報道界も、沖縄と日本(大和)に区別(差別)を付けているのである。なるべく沖縄の事は世界に知らせたくなかったのである。特に、沖縄を非難がましく報道すればするほど、世界の関心を「米軍基地の島・沖縄」に向けてしまうことになる。アメリカはそれを避けたかったのではないか。
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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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