2017-06

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国策のまちおこし 嘉手納からの報告

              国策の町興し 
       『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』 渡辺 豪 2009.10.30凱風社 


 本書は、「沖縄タイムス」紙で2009.3.1~7.18まで、80回にわたって連載した(「国策のまちおこし」~防衛局移転の真相~)を加筆・修正し、再構成した単行本である。 
 どのような過程で、嘉手納の町が政府からの補助金で再開発され「沖縄防衛局」が誘致されて、嘉手納という土地が如何なる過程を経て、進んで「軍事植民地」に成ったかという実態が書かれている。もちろん、「軍事植民地」という用語を沖縄タイムスの記者が使うはずはなく、これは私がそう判断して書いたのである。
 この嘉手納の再開発計画は、「島田懇談会事業」(沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会)事業の一環として、200億円余の補助金が与えられて、実現したものであるj。この懇談会の座長は島田晴男という大学教授であるが、仕掛け人は岡本行夫という外交評論家で、元外務官僚の人物である。1996年、岡本が自民党有力政治家の梶山静六に働きかけて、1000億円の資金を米軍基地所在市町村に呉れてやって、市町村の活性化事業を企画・推進し、基地存在の故に停滞している土地の活性化に資しようというものである。
 早い話、1995年に起こった「少女暴行事件」を切っ掛けにして巻き起こった沖縄全体の「反米軍基地感情」のガス抜きを図った「アメ」の施策であった。1000億のうち200億余を嘉手納に呉れてやり、基地押し付けの権化「沖縄防衛局」を誘致させて、住民をなだめ「嘉手納基地の永続化」を認めさせようというものであった。強欲町長のは喜び勇んで、この岡本行夫が持ってきた「儲け話」に乗ってきたのだ。


 空から見た嘉手納:再開発前の2004年

上空

見取り図:太線の範囲が嘉手納空軍基地
      見取り図
 
上の写真は西海岸(東シナ海)側から見た嘉手納基地と周辺の光景である。左下方の住宅が密集した地域が沖縄住民の住むところである。滑走路の上方まばらに建物が在る所も基地の中である。最上方に白っぽく見えるのがコザの市街である。その上方は太平洋。
したがって、滑走路や駐機場からの距離は、コザや北谷よりも嘉手納のほうがはるかに短く、飛行機のエンジン調整音(爆音)は嘉手納の方がはるかに大きい。

米軍基地所在市町村の活性化を図る事業の為に、国庫からの資金を提供すると言っても、結局は箱物の造成であり、旧来の土建業者が儲かるコンクリートの施策でしかない。それをこの「島懇」事業では9割の補助で行おうとする、市町村にとっては「濡れ手に粟」の儲け話であった。が、箱物を造った市町村は今後この維持運営の為に又四苦八苦の財政運営を強いられる可能性が強い。

だが、嘉手納の町長は、その箱モノを埋めるために、那覇防衛施設局を誘致するという思い切ったアイデアを思いついたという。名称変更した「防衛局」からテナント料として、毎年2億円が見込めたからである。
 もしかしたら、岡本の入れ智恵かもしれないが、他の首長なら考えもしなかった事だろう。その辺は欲得の為には、智恵が湧いてくるという特殊能力の持ち主かもしれない。
本書では、防衛局を誘致する為に、が如何に精力的に効率的に立ち回ったかを書いている。駆け引きの具合も沖縄人離れしているようだ。だが、の才覚で防衛局誘致を勝ち取ったかに見えても、所詮は防衛省当局の願望を先取りして、その方策に沿う対応をが提示したというのが、実態では無いのか?「島懇」事業という「アメ」の政策を受けれて、米軍基地押し付け機関の「那覇防衛施設局」を地元に誘致する行政は、永遠に米軍基地を受け入れますという意思表示に他ならないからだ。
お互い「魚心に水心」「渡りに舟」である。が有能と言えるところは、1000億のうち200億余りの分配をせしめる事に成功した事ではないか。

        強欲の面々
  町に金を持って来てくれた政治屋のお面の前に立つ我が町の強欲の面々
右側の者は町議会議長のである。いつの間にか議長にまで成っているが、かつては選挙の度の「集票ブローカー」として有名だった。彼も再開発区域内に土地を家屋を持っていたが、最後まで取り壊されずに家が残っていた。おそらく、立退き料でごねてたのだろう。2番目の白シャツが町長である。3番目の老人は町商工会の長老であるが、今再開発区域内の土地のかなりの割合が、彼の名義になっているそうである。

            前後
        再開発の前と後の上空写真:正に人よりもコンクリートである。

 著者の渡辺 豪(つよし)は沖縄タイムスの記者であるが、ヤマトゥンチュ(大和人)である。
本書は、岡本行夫が主人公であるとしている。この二人に焦点を当てて、嘉手納町を主にした「島懇」事業の実態を客観的にルポした優れたノンフィクションであるといってよい。本文では決して岡本とを告発調で描く事してない。だが、後書きを読むと、大和人としての忸怩たる思いを述べて、日本政府による基地押し付けの為の「アメとムチ」の政策が如何に沖縄人をスポイルしているかを手短に書いている。私としては、もっと彼らを激しい言葉で批判し貰いたいのだが、新聞という公器の性質上、そんな風にも行かなかったのだろう。
 直ぐに権力からの「アメ」政策にカラメとられる沖縄人一般への不満は大いに持っているだろうが、厳しい批判を述べるのでなもく、沖縄人をそこへ追い込んだ日本政府と、その事に無関心な大和人一般を告発している。私は本当の「思いやりあるドキュメンタリー」だと思う。その辺が、大久保潤の著書「幻想の島 沖縄」とは、性質を異にする良書だと思う。

 ところで、先日高校野球選抜大会の出場校発表があったが、九州大会で優勝したこの町の「嘉手納高校」も初出場という快挙を果たした。九州でベスト4になった「興南高校」と共に沖縄から2校出場である。
 この事は再開発後の町のスタートに景気をつける慶事として、町民は沸き立っている事だろう。インタビューを受けたキャプテンは「全国制覇」を口にしていた。レベルの高い全九州で優勝し、年末にあった明治神宮大会でも準優勝したのだから、「全国制覇」も夢ではなく手の届く位置にあるといえる。元々嘉手納は野球の盛んな土地柄である。我が「嘉手納中」は沖縄県内ではもちろん、全国大会でも複数回優勝しているはずである。私の母校ではないが、もし、この町の高校が全国大会で優勝すれば、私は欣喜雀躍するのが当然であるが、今回は1回戦で敗退して話題にならないで貰いたいと思う。政府は、喜びに沸いている町に、「普天間基地」の移転を持ち掛けにくい雰囲気になるだろうからである。
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コメント

私憤にあらず

私は生まれジマを出て数十年であり、町を食いものにしたこの幹部らと付き合いは全く無く、物質的利害関係などない。彼らはオレの存在さえ知らないだろう。
オレは外から見て、我が町の腐敗振りに愕然としているのだ。

オレは大の野球フアンであり、出来たら「興南旋風」の時のような感動を、我が町の高校によって味わわせてもらいたいと思うのだが、それよりも「普天間」が重要だということだ。

高校生の野球まで、国策推進のために負けを願うのですね。性根腐れきっています。私憤をはらすためでしょうが、あなた自身が大和エゴイズムを推進していることをいい加減に自覚して下さい。
さようなら。

オフトピ申しわけありません

今日気がついた琉球新報の特集再掲です。

「戦禍を掘る 出会いの十字路」
indexページ
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-212.html
連載にあたって
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-155083-storytopic-212.html
1983年8月14日掲載

今年新年から始まっていました。迂闊でした。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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