2017-04

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「沖縄の奄美差別」という神話の背景

 1953年12月の奄美の日本復帰の頃から、沖縄の日本復帰の頃に掛けて、沖縄で「酷い奄美人差別」があったという事に、奄美人が強い怒りの感情を抱いているという事を知ったのは、インターネットを見始めた7~8年前である。ある掲示板で、かつての「沖縄の酷い奄美差別」を難詰する多くのコメントが、奄美人から書き込まれたので知ったのである。
 しかし、この事は、私が小中高時代を過ごした沖縄本島中部の地元での生活体験からは、感覚的に納得できないものであった。子供時代の感覚であっても、今思い出して、それは違うと思ったのだ。私の小中学校時代の同級生には、奄美出身者の子供は一割ぐらいは居ただろうか。特別彼らが蔑みの目で見られていたとはとても思えない。大人同士もごく普通に「ウチナーンチュ」「オーシマンチュ」は付き合っていたように覚えている。昔は「奄美」という呼び方は一般的でなく、「オーシマ」と言っていた。
 私が小六の時に、神社の境内にある相撲場で、「オーシマンチュ」だけの相撲大会が開かれた事を憶えている。(白いまわしを締めてやるヤマト相撲)小中高学年別・成人の部に分れて競っていたが、地元の人間も興味深く見物していた。飛び入り地元人との対戦もあった。
 相撲大会が終わった後に、テープレコーダーから民謡を流して、大人達が輪になって唄を口ずさみながら、思い入れ深い表情で踊っていた事を憶えている。ずっと後になって聞いた事だが、それは「八月踊り」というものだそうである。翌日、学校ではその相撲大会の話で持ちきりだった。

 例の掲示板で「沖縄の奄美差別」を言う奄美人に、その差別は貴方の体験かと訊いたら、一人も当時に沖縄で生活した経験のある者は居なかった。皆、人から聞いたというものばかりだった。
 確かに、「オーシマンチュ」は沖縄に出稼ぎに来た「旅の人」だから、地元の人間からはよそ者として見られた事は致し方ないことであろう。だが、それは宮古・八重山の人たちも同列に見られていた事である。言葉があまり変わらない「ヤンバル」の人は、奄美・宮古・八重山よりは近しいが、やはり雰囲気や気質の違いでよそ者と見なされる事は同じだった。「オーシマンチュ」が特に白い目で見られていたと言う事は無かったと断言してよい。むしろ、地元民への反発心をむき出しにしがちの宮古人が嫌われていた。

 なぜ、奄美人があの時代のことを、「酷い差別」の時代だったと言うのかと考えてみれば、このブログで何度も書いた事だが、奄美復帰に伴って奄美出身者は外国人扱いされて、住民としての権利を制限された事を恨みに思っている故にである。権利は奪われて税金だけは沖縄人並みに取られた…。その怒りを沖縄の行政と社会にぶつけているのである。
 だが、これも何度も書いたように、沖縄の事は考慮の埒外に置いて、自分たちだけの日本復帰に突き進んだのは奄美の人たちである。奄美で日本復帰運動を押し進めた人達は、沖縄に出稼ぎに行っている同胞が、その後にどんな扱いを占領者である米軍から施されるかは考えてなかったに違いない。考える余裕も無かったのが当時の状況だっただろう。でも、沖縄で高い地位の役職に着いている奄美出身のお偉方は予測していたのであり、静かにその役職の解任を受け入れたのであった。

 一般の残留奄美人たちも、公務員になる権利などを奪われて、「在留許可証明書」の所持を義務付けられ、指紋を取られたりした事で、屈辱的な感情が生まれたのだろう。その感情は察せられるものであるが、沖縄の行政としては致し方なかったのである。それは琉球政府が進んで行った施策ではなかった。また、お先に復帰した奄美人の為に、沖縄の行政が米軍(ユスカー)に逆らうような努力を期待するのは厚かましいのではないか?それは復帰する前に、重職に着いていた奄美出身のお偉方が考えるべき事でなかったか?が、おそらく、彼らは奄美の復帰運動の盛上がりを見て、何もできなかったのであろう。

 この当時の、在留奄美人への差別的処置に対して、それを経験しているのでもない奄美の人たちが「沖縄の酷い奄美差別」だと、検証も無く疑問も持たず告発する理由は何なのだろうか?(続く)
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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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