2017-10

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「自分で書いたか、『正論』星論文」

 前記時でも触れたが、11月1日発売の『正論』12月号に、星雅彦(77歳)が「『鉄の暴風』はGHQの宣撫工作だった」とうタイトルの論考を発表した。その全文をHPに転載した。
星雅彦が、政治的主張の論考を全国オピニオン誌に掲載したのは初めての事ではないか。しかも『正論』という右翼雑誌に。
彼は1973・6月沖縄タイムスに、曽野綾子『ある神話の背景』に対する批判論考を載せたのを最後に35年間も、「集団自決」関係を含めてあらゆる政治的論文の発表を止めていた。

私が判る範囲では、星雅彦が発表した「集団自決」関係の論文は以下のとおりである。

■(「25年前は昨日の出来事」、沖縄タイムス・コラム「唐獅子」1970年4月3日)
■(「ドキュメント 集団自決を追って」雑誌「潮」1971年11月号)
■(「歴史の解釈と真実」沖縄タイムス文化欄 1973・6月)

■(「集団自決(強制集団死)」について うらそえ文藝13号編集後記、2008.5月)
■(「集団自決の断層」 うらそえ文藝14号 2009.5月)
■(「『鉄の暴風』はGHQの宣撫工作だった」 『正論』2009・12月号)  3番目と4番目に間には35年の空白がある。その間は沖縄の新聞紙上などで文藝・美術評論、自前の文芸雑誌発行などで評論活動をしている。3番目は『ある神話の背景』発刊直後(1973)に、沖縄タイムスに載せた批判論評である。岡本恵徳いれい・たかしら共に、当時の沖縄の若手文芸評論家3名が連続で、タイムス紙上に『ある神話の背景』批判の論文を載せているのであるが、3人とも文章が生真面目すぎて曽野綾子の本に迫力の面で太刀打ちできてない印象になっている。理論的・思弁的に対応しようとして、曽野のペースに嵌っている感じを受ける。特に、星の文章は3人のうちでも対決姿勢が弱く、こねくり回したような文章だが、今読んでみるとむしろ曽野綾子に敬意さえ持っているではないかと思われる。

それでも星は、「ある神話の背景」は「集団自決」の虚構を暴いたあらたな虚構だとは言ったのである。また「絶対者(神)の名を楯に他を説得する」とか「非戦閾員の悲劇性が霧散している」と、曽野の姿勢に異議を唱えてはいるのである。しかし、これを最後に「集団自決」についてはおろか、あらゆる政治的論考の発表をする事なかったようだ。
それから35年後の「うらそえ文藝」13号編集後記(2008.5月)で、現在の自分の「集団自決」に関する見解を簡略に述べた後、
「実は今回の「うらそえ文藝」で『集団自決』問題を特集しようと考えたが、まだ究明の余地があるように思われ、時間も必要であることを痛感し、結局、特集を組むことを取りやめにした。」
と書いていた。
この13号編集後記については「狼魔人」=江崎孝がブログで書いていたので、私も知ったのであるが、後で考えれば江崎がこの企画を進めるよう星の背中を押していたものと推測できる。

我々も1年後の14号(2009.5月)の発行には、ある種の期待感を持っていたのだが、上原正稔と組んで行った「鉄の暴風」非難、および「大田昌秀」攻撃の特集には、いささか失望した。
星自身の論考・「集団自決の断層」では、「大江・岩波裁判」の地裁判決を批判する中で「鉄の暴風」に厳しい非難を浴びせている。そして、慶良間における「集団自決」の軍命性、強制性を否定し、それを強調し続けてきた沖縄のジャーナリズムを非難している。特に、「鉄の暴風」は記録としてはあまりにも間違いの多い、戦記としては全く信頼できるものではないとこき下ろす。
初版前文に書かれていた次の文章が象徴するように、「鉄の暴風」は「日本軍を糾弾し米軍を高く評価する」という米軍の意に迎合した戦記だとしている。

「この動乱を通じ、われわれが沖縄人として、おそらく終生忘れることができないことは、
 米軍の高いヒューマニズムであった。国境と民族を越えた彼らの人類愛によって、生き
 残りの沖縄人は、生命を保護され、あらゆる支援を与えられて、更生第-歩を踏みだすこ
 とができたことを、特筆しておきたい。 一九五〇年七月一日 」
(改訂版で削除)

それでも、星は「鉄の暴風」を非難しながらも、日本軍の残虐性は否定していない。「日本兵の中には個人的に善行をした実例もありはするが、概して日本軍(友軍とも呼ぶ)は非常に悪い印象を残している。」というふうに、日本軍を擁護する文言はこの論考にはないのである。

だが、この特集の半年後の「正論」12月号では、「『鉄の暴風』はGHQの宣撫工作だった」という題名で、日本軍の弁護をするような論考を発表した。
星は「沖縄タイムス」自体が、米軍政府のバックアップの元に1948年創刊されたと言う。創刊の1年後に「鉄の暴風」は企画され、6ヶ月で取材・執筆を終えて、翌年(1950)に、朝日新聞から発刊されたという。物不足、印刷機械不足の中で本土の大手新聞社から出版できたのは、GHQの「頼もしい圧力」があったからとタイムス社長の座安盛徳が言っていたそうである。その時代に新しい新聞を発刊するとすれば、米軍の意に沿う必要があったのは致し方ないことであっただろう。だが、だからと言って、沖縄の新聞が永久に米軍の御用新聞の役割を果たし続ける事はありえなかった。昭和30年代に入ってからは、沖縄タイムスは米軍の暴虐に対し、糾弾の報道を続けて来たのである。

星は最初は「鉄の暴風」を、引き込まれるように読んでいたが、「沖縄県史」の戦争記録集の編纂に関わるようになり、自分で沖縄各地を取材、調査しているうちに、「鉄の暴風」に記載されている事が実際とは違っているのでは思うことが多々あったという。そして、日本兵が住民を助けた話も幾つか聞いて、そういった証言も記録すべきだと報告したら、県資料編集所職員の一人Aが訪ねてきて「何故日本兵の善行などを書き入れたかのか」と詰問してきたそうである。(Aとは狼魔人の記述によると安仁屋政昭・元沖国大教授)

「Aはマルクス主議者で、一つのイデオロギーにすべての物事をはめて判断しようとする傾向があったのだ。
 この取材を通して私は『鉄の暴風』は、日本軍を『悪』とするために創作された、ノンフィクションを巧みに交えた推理小説風読み物ではないかと考えるようになった。そこには日本軍と国民、また日本軍と沖縄住民を二極に分離させ対立させる仕掛けが巧みに織り込まれているのである。まさしく江藤淳が『閉ざされた言語空間』で指摘したように、日本と米国との戦いを、日本の「軍国主義者」と「国民」との戦いにすり替えようとする米軍の底意が秘められていたのである。」

と星は書いているが、「『鉄の暴風』は、日本軍を『悪』とするために創作された、ノンフィクションを巧みに交えた推理小説風読み物ではないかと考えるようになった。」とは、正に日本軍擁護の文言である。半年前の「うらそえ文藝」の論考ではない書き方である。前記事でも書いたが、これは惠・奥・江崎らの文体と同じではないか?
この「正論」への掲載も、彼ら沖縄における「特殊言論人」の内の誰かが取り持ったのではないか、という推測は容易である。

最後の部分で、星は、「鉄の暴風」の慶良間の部分を引用し、誤記部分を「虚偽記載」として、30箇所指摘している。確かに「鉄の暴風」の誤記載の多さは褒められたものでない。
しかし、それが取材された時代の事情を考えれば、厳しい責めを負わせられ事柄ではなく、2・3の事項を除けば重箱の隅をつつく行為でしかない。
この訂正を裏付ける根拠として、皆本義博・谷本小次郎・知念朝睦などの証言、陣中日誌を挙げている事が問題である。それらが間違っているというのではないが、軍隊を擁護する立場の人間たちの証言を、星雅彦という言論人が、急に今、採用していることに胡散臭さを覚えるのだ。本当に星雅彦は、この論文を自分で書いただろうかという気がする。
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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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