2017-06

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1945年阿嘉島の平和交渉

 1945年6月26日、慶良間諸島の阿嘉島の海岸で、阿嘉島に進駐していた海上挺進隊第二戦隊の野田隊への降伏勧告の交渉が行われたという事実は、沖縄戦の出来事してはかなり異例の事だろう。降伏もしてない敵同士が遭えば、戦闘になるのが当然の戦時中に、お互いを信頼し切ったかのような会談が行われたのである。一通りの話し合いの後、米軍の計らいで昼食まで一緒に取ったという。これには双方の隊員の気質等、偶然の要素が絡んでいると思われる。
面白い事は、戦闘で負傷し既に捕虜になっていた第一戦隊の梅澤裕隊長も、米軍側の交渉役としてこの会談に加わっていた事である。

私が見ただけで、この出来事をレポートした三編の出版物がある。HPにアップしておいたが、発表順に並べれば、

「沖縄県・阿嘉島の夏」本田靖春、1987ー「小説新潮」に連載したルポの一章。
「大谷海岸での米軍との交渉」儀同保、1992ー著書「ある沖縄戦」より沖縄戦史サイトに転載されている。
「阿嘉島の平和交渉」上原正稔、1995ー「沖縄戦トップシークレット」の一項。

 一番早くこの出来事を世に知らせたのは、やはり、アメリカの公文書館の資料発掘に通じていた上原正稔ではないかと思われる。本田のこのルポに、1985年に上原が「沖縄タイムス」紙上に載せたこの「平和交渉」ドキュメンタリーがTBSディレクターの目に止まり、ニュース番組で当事者の日米旧軍人を阿嘉の海岸に集結させて、その交渉場面を再現をするという特集を組んだのだとの記述があるからだ。(小生は見てないが)
このTBS・TV特集には、野田義彦元隊長は出演したが、中心人物の一人・梅沢裕元隊長は出てない。この時期梅沢氏は座間味島への報復活動という独自の行動をとっている最中だから、自分の都合でそれに出なかったか、あるいはTV局が敬遠したかもしれない。

この三つのレポートを見てみれば、幾つかの面白い事が垣間見えてくる。
上原正稔のドキュメントには、当時の米側の一行として、「クラーク中佐、ホプキンズ中尉、オズボーン中尉、ステュワード中尉、オダ軍曹、クームス一等兵、捕虜の梅澤少佐、染谷少尉、神山少尉、日高兵長」とある。神山少尉とはもしかしたら、後で梅澤氏からスパイと決め付けられた「神山中尉」の事ではないかという気もする。もし、そうだとすればやはりスパイだったかも知れないという疑惑も生じるが、そんな事はもう検証の仕様もないだろう。

本田靖春の取材に対して、野田元隊長は、「米軍が阿嘉島に上陸して来たとき、真っ先に考えたのは、いかにして戦うかではなく、限られた食糧をどうやりくりしていけば部下と住民の犠牲を最小限に食いとめられるかであった、」語った。野田第二戦隊長は、日本がやがて戦争に敗れると読んでいた。だから、もはや米軍との戦闘より飢餓とのたたかいが重要だと考えていたのである。

問題は、彼は帝国軍人として皇国の必勝を信じて命を捧げるという、「軍人魂」を何時捨てたのかである。3.23からの米軍猛攻撃によって、〇レ舟艇の大部分を破壊された時点ではないと思う。私は、戦隊が慶良間に進駐した当初から、野田隊長は日本国の敗戦を見越してていたと思う。だから、「真っ先に考えたのは、いかにして戦うかではなく、限られた食糧をどうやりくりしていけば…」と証言したのではないか?
また、別の隊員はどうだか知らないが、野田隊長は是が非でも特攻出撃を敢行して、日本国の勝利のために尽くそうとは思ってなかったと思う。この事は、野田隊長だけでなく、梅澤隊長も赤松隊長も似たり寄ったりだったのではないか。(続く)
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コメント

スパイの可能性

阪神さん、コメントをどうも。
>本島についてはスパイはいなかったとは言い切れません。

私も資料はないのですが、沖縄戦も近代の戦争だから、スパイは送り込まれていた可能性は高いと思います。
偽沖縄人の惠隆之介は、沖縄には中国系のスパイがたくさん居たなどと、雑誌に書いてますが、彼の言う事が、何ら裏づけのない妄言である事は何時ものことです。
http://keybow49okinawan.web.fc2.com/megumi/ryunosuke.html

兵隊等によってスパイの嫌疑をかけられて殺された住民の中に、スパイが居たことの可能性は低いと思います。

32軍は否定

阪神さん
>本島についてはスパイはいなかったとは言い切れません。今、スパイついてはここでは書かない事にしておきます。

私も深入りは避けますが、32軍の参謀部がスパイによる灯火という噂は調査の結果否定されたと下達していますね。「沖縄戦と民衆」に引用されていました。WEB上の防衛庁資料でも見ました。(いま場所探しができないでごめんなさい)

もう一つ

こんにちは。参考ですが、「船舶特攻の沖縄戦と捕虜記(深沢敬次郎)2004.7.28」にも「休戦協定の締結」と題して書かれています。
あとスパイの件ですが、座間味の件は梅澤氏の憶測で決め付けている可能性が高いですが、本島についてはスパイはいなかったとは言い切れません。今、スパイついてはここでは書かない事にしておきます。充分な裏づけ調査に多大な時間を要しますので。

キー坊さん

>神山少尉
深い意味で言ったわけでありません。

言葉足らずで不快な思いをさせて申しわけありません。キー坊さんは誤解されていないのは分かっていますが、一般読者が誤読するとまずいので、念を押させていただきました。

訂正

ni0615さん。
雑な点検をして申し訳ないです。儀同保氏「ある沖縄戦」1992版は叢書であり、それより12年も前に単独の刊行がされていたのですね。まあ、正稔の「沖縄戦トップシークレット」は米軍指揮官の手記によるものとして、儀同氏の戦記を裏付けたものとしての意味があると思います。

>神山少尉
深い意味で言ったわけでありません。例えば英語が出来るとかで米側勧告団に加わったと推測すれば、梅澤の言った事も露ほどの可能性はあるかなと思っただけです。

一番早く?

キー坊さん
>だが、一番早くこの出来事を世に知らせたのは、やはり、アメリカの公文書館の資料発掘に通じていた上原正稔のようだ。

復刻元版の中身を確かめたわけではありませんが、現場をじかに目撃した儀同さんの方が早いような気がするのですが。

請求記号 GB554-907
タイトル 慶良間戦記
責任表示 儀同保著
出版地 東京
出版者 叢文社
出版年 1980.5
http://opac.ndl.go.jp/recordid/000001457673/jpn

なお、
投稿勧告者=「そうだとすればやはりスパイだったかも知れないという疑惑も生じる」というのはどうも??もしそのような規定でしたら、梅澤にも同じ疑惑が生じます。

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Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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