2017-06

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誇張された奄美差別2

 「空白の琉球弧」で佐野眞一は惠忠久と次のような一問一答をしている。(茶字・佐野青字・惠)

――奄美出身者は公職からも追放されたようですね。
「当時、琉球政府の行政副主席で立法院議長を兼ねていた泉有平さんが解任されました。琉球銀行の初代総裁だった池畑嶺里さんも追放されたし、復興金融公庫総裁の宝村信雄さんも、電電公社総裁の屋田(おくだ)甚助さんも追放されました」
――エェッ、沖縄政財界の重鎮たちが、全員クビですか。それはすきまじい。
「持に、琉銀総裁の池畑さんの場合はひどかった。復帰前日の十二月二十四日に、しかも、鹿児島に仕事で出張中に突然、解任されたんです」
 池畑解任の理由は、琉球の中央銀行たる琉銀のトップに"外国人〃の総裁を置いておくわけにはいかない、という理不尽なものだった。
「電電公社総裁の屋田さんが、僕によくこぼしていました。USCARは沖縄人をどんどん採用しろというけれど、入社試験をやったら、成績の一番から七十番までほとんど奄美人だった、だから奄美人を採用せざるを得ない。ところが、奄美人は採用するなという通達があって部長以上は全部免職になった、と」 ――全員免職! 免職の大義名分は何だったんですか。
「USCARの布令、布告です。でも、それを出させたのは沖縄人の陳情です」
――沖縄人の陳情!
「僕はUSCARと親しかった人から直接聞きましたので、間違いありません。USCARの命令といったら、もう終わりです。泣く子も黙る」

 確かに、奄美出身の琉球政府の高官や公営基幹産業のトップが全て解任されたのは異常といえる。奄美復帰の直前まで、これだけの人材が沖縄政財界の重職を占めていたというのは奄美人の優秀さを示すものであろう。逆に言えば公職の人事について、奄美への差別は無かったとも言える。
 これだけの多数の重鎮が沖縄政財界の中枢に居たに拘らず、沖縄を度外視した奄美の復帰運動について、これら重鎮たちが当時、何の見解も発表しなかったというのも解せない事である。彼らは奄美が復帰した以後も、そのままその地位に留まれると思っていたのだろうか?
 いや、そうではないだろう。奄美大島出身で琉球新報記者の中村喬次が書いた「異土の同胞」に、次の記述がある。
「出張先の名瀬市で解任を通告された池畑嶺里・琉球銀行初代総裁は、当然、この日の近いのを予想して、沖縄で辞意を表明したこともあったほどだから、覚悟はできていたに違いない。」

池畑総裁は出張中に解任されたのだが、その前から解職される事を予期していたのだった。他の重鎮たちも職を失う覚悟はあったと思われる。自分らの帰属する地域が日本復帰によって、外国に成ってしまえば、米軍が創立した基幹企業から自分らは「追放」される、と考えるのが常識的な考え方なのではないか。「追放」といっても彼らトップの人材は沖縄から強制退去させられる訳でもない。必ずしも理不尽とまでは言えまい。
 (だが、ユスカー(USCAR=米軍民政府)の強引なやり口は、沖縄人と奄美人を離反させる為の恣意的なものだったと私は推測する。)

 惠は次のようにも言っている。
「成績の一番から七十番までほとんど奄美人だった、だから奄美人を採用せざるを得ない。……部長以上は全部免職になった、と」
「USCARの布令、布告です。でも、それを出させたのは沖縄人の陳情です」


 私の同級生にも奄美人はたくさん居たから分るが、職員採用試験で奄美人が、一番から七十番までの上位を占めるほどに優秀だったとはあり得ない事である。もしそうだったら、沖縄人が甚だ愚鈍な人間の集まりという事になるが、そんな事ある筈はない。惠忠久や惠隆之介の言うことは、全てにトンデモな内容なのだ。
 「沖縄人の陳情」などという惠の一方的な物言いを、佐野は相槌を打ってそのまま書いているのだが、この佐野眞一というノンフィクション作家の人格にさえ疑問を抱かせる書き方ではないか?
 比嘉行政主席は解職された泉有平副主席に対して、当分琉球政府の顧問としてどどまってほしい旨要請、泉氏はこれを受諾、のち南方連絡事務所の次長に就任しているのである。

ユスカー(USCAR)に取り立てられて、基幹企業トップの座に在ったこれら奄美人重鎮たちは、奄美現地で行われている復帰運動に何の発言もしなかったと思うが、心中はどうだっただろうか。おそらく、沖縄と一緒の時期に復帰してくれたらと、望んだだろう。沖縄の人間だったら、それを口にしたと思う。
 しかし奄美人社会は、これだけ多数の人材が沖縄政財界の中枢に居ても、彼らが、故郷で盛上がっている復帰運動に口出しできるような社会ではなかったのだと思う。私は、今で言う「同調圧力」は、沖縄社会より奄美社会の方がずっと強いと思う。(続く)
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コメント

「神話」の背景

 旧帝国軍人・梅澤裕の死は、『桜』や「狼魔人日記」などで丁重に報告されてましたね。宮城初枝の弟・宮平秀幸が死んだ時の無視に比べて、雲泥の差がありました。元少尉知念朝睦が死んだ時も、旧軍人に対する連中の扱い振りは違いました。

 今回の『集団自決真実』あとがきを拙HPにアップしました。2006年版との差異は実質そこにしかないと思うので。http://keybow.co/sono/sinbanatogaki.html

 さて、『潮』1971.11月号の宮城初枝の証言の見出しが、「自決神話の背景」となっている事に小生も偶然の一致かどうかいぶかしく思っていました。でも、これに必要以上の憶測をめぐらす事は如何なものかと思います。『諸君』に曽野の連載が始まったのは71.10月号からで一月早く、これを読んだ初枝のほうが表題を剽窃した可能性もない事はないですが、復帰前に沖縄の離島に住んでいた初枝が、それを読んで直ぐに『潮』の記者に証言したという可能性は無きに等しいと思います。よくは分からないが、表題は出版社が付ける事があるのではないでしょうか。『潮』編集者が『諸君』を読んだ後に、初枝証言の表題に「神話」を使ったかもしれません。

 曽野及び初枝のいう「神話」はどっちも事実ではないという事を意味してますが、初枝は戦後の早い時期から、隣人の宮里米子に梅澤隊長の自決命令はなかったと言っていたそうです。曽野の『ある神話の背景』を読んだから、『潮』に「神話」と証言したのではないと思いますね。

 和田さん、朴寿南監督が今だに「初枝告発」の映画を公開できないのは、初枝の謀略性を確信できないからだと私は思います。朴女史の見方は荒唐無稽な発想としか、一般には見られないないでしょう。
 貴兄もそんな発想を小出しにしないで、まとまった「謀略論」があるなら、この欄ででもよいから発表してみては如何でしょうか?でなければ、そんな見方は捨てていただきたいですね。

梅沢の死

今月7日に座間味戦隊長梅沢が死んだらしい。 ついでに宮城初枝の証言を少しだけ検証したい。例の
1971年雑誌潮の特集には宮城初枝の寄稿文もある。注目点は三つ。1 標題の「自決神話の背景」
2 「艦砲弾が忠魂碑に命中、碑は一瞬に消しとんだのだ。」
3 「玉砕命令のとき、・・・・村長命令で役場の重要書類の運搬をいいつけられていた。」 

1については、二つの解釈がありうる。一つは後の「母の遺したもの」の先駆けで、早い時期から初枝が自決(命令)を神話(事実ではない)と語っていたという解釈。しかし、スポーツや戦争について、強烈なインパクトを与えた出来事について(たとえば短距離選手ボルト)「伝説になった」、「神話となった」という表現があり、確定的とはいえない。  
今一つは曽野綾子のある神話の背景連載時期と潮発行時期は後者が一月早いだけということに注目すると、(雑誌発行月より作家等は早く入手できる可能性と雑誌によって実際の流通時期は発行月より早いことを考えると)曽野綾子が宮城初枝の標題を剽窃した可能性がある。

二番目。http://pds.exblog.jp/pds/1/201001/28/60/c0180460_128663.jpg
上記は米軍上陸直後。とても忠魂碑が消し飛んだとは、いえない。オーバーな表現癖の可能性がある。
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/j/jjtaro_maru/20110605/20110605183810.jpg
上記は現代の姿だから、艦砲では上の台座の表面の一部が剥がれた程度であることがわかる。宮城氏は狭い島に常時在住し、忠魂碑を見続けていたはずだから潮の記載は奇妙である。

三番目 宮城氏の「母の遺したもの」での記載では重要書類の運搬を命じられたのは、初枝氏等が本部壕で梅沢と別れた後という時間帯で、兵事主任の宮里盛秀から命じられたことになっている。潮では、逼迫した状況の前に村長から、前もって命じられていたとのニュアンスである。

私は、以前にも指摘した宮城氏のその他の証言内容の変遷と、朴氏が収集した座間味島住民の証言を合わせ考えると、宮城氏が梅沢周辺の元衛生兵等から軍命令に疑問を持つ証言を依頼された可能性は可能性として残しておく必要があると考えるに至った。

初動対応

今回は阪神さんの素早いキャッチ、和田さんの加勢があり、初動対応として、まずは合格点ではないかと思います。

8/22の時点で、アマゾンの個人全集部門でベストセラーランキング1位でしたが、
現在は42位に下がっていますので、多少なりともカウンターが効いたかという感触を持っています。

確認できた範囲では、14日に産経、20日に毎日に広告を打っていて、それなりに
力を入れているように見えます。反撃に出てくる可能性は大ですので、引き続き
皆さんと力を合わせて対処したいと思います。

書評

伊藤さん
おつかれさま
私もさっきアマゾンに書評を送信しました。

今までのように、嘘の暴露ばかりでなく心理的側面を推測しました。

ある神話の背景に冠して数年前亀井秀雄という北大名誉教授のプログに書いた政治思想史的見解を小説評論風に変換したものです。

http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/148535/127704/recent_comments
上記に亀井氏への和田コメントが載っています。

アマゾン書評欄への投稿

「集団自決の真実」の書評をアマゾンに投稿しました。

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新版

伊藤さん、ご報告をどうも。
私は4版持っているので、急ぎで買う気なかったので、まだ入手してません。資料として注文しておかなければならないですね。
まだ「赤松隊長を罪の巨塊」と言っているのは、大江本人や山崎氏の指摘に従うのが癪だからでしょう。


曽野は計算高い人間だから、山崎氏との論争に応じないでしょうね。「山崎の売名に応じない」として。
佐高氏には「ストーカー」呼ばわりしながら反応しましたが、佐高氏が山崎氏より名が売れてるから、何か言わなければマズイと計算したからです。
両氏が言うように、曽野には本当の思想なんか有りません。処世術の巧みさだけです。

「集団自決の真実」の分析

ざっと分析して見ました。情報共有まで。

1.新版というが、2006年の同名の書と何も変わらない。

・変更点:
 「罪の巨魂」→「罪の巨塊」に訂正
 送り仮名の変更、前著の誤植の訂正など
 事実関係では渡嘉敷島の赤間山の標高の訂正のみ

・OCRにかけてテキストデータにし、2006年版ファイル比較をしましたので、まず間違いないと思います。

2.曽野氏のあとがき(6頁)が付け加わった。
・3頁半は四方山話
・残りは「罪の巨塊」の誤字に関する釈明で、主原因はワープロの誤変換というふざけたもの。
・「赤松隊長を罪の巨塊」と言っています。「沖縄ノート」では「赤松隊長の行為を罪の巨塊」と言っており、赤松個人を「巨塊」(物)扱いしていませんので、相変わらず誤読していると思います。

3.頁数が増えたのは、行間が大きくなったため。

曽野は沖縄を食い続ける

曽野は一審敗訴の後、秦郁彦との対談で次のように言ってます。

「私はもう沖縄問題から足を洗いたいんです。今は「エボラ出血熱」の勉強に凝ってるときでもありますし。」
http://keybow.co/sono/sono.hata3.html

だが、「沖縄」でおいしい思いをしてきた曽野が簡単に足を洗いそうにないです。今回の単行本での再刊はその証拠です。単行本で384ページとは、付録が付いてくるのでしょうか。

エボラについては、おもむろに講釈を垂れ始めるでしょうね。

「集団自決の真実」の再刊?

阪神さん

確認しないといけませんが、内容紹介を見る限り手を加えたわけではなさそうですね。だとすると山崎氏との論争を避けたことになり情けないことです。

「曽野綾子大批判」か「集団自決の真実の再刊?」のアマゾンの書評欄に書きませんか「曾野綾子が逃げた」と。

エボラ

阪神さん、情報をどうも。
この記事を書いたのは、もう5年も前ですが、山崎行太郎さんはその1・2年前からブログ(mixi)で「大江裁判」に関連して、曽野綾子批判を展開していたように憶えています。
 また同時期に、佐野眞一へも「通俗作家」だとして、筆誅を加えていたと憶えています。ここに私は、山崎さんの思想家としての本ものらしさを感じていました。

 「大江裁判」完敗直後、曽野は「もう沖縄に関わるのが嫌になって来ました。これからはエボラ出血熱の予防に取り組む」などと、秦郁彦との対談で言っていましたが、沖縄を食い物にして出世した曽野が、簡単に『沖縄』から離れられないでしょう。エボラに関してもどこまで本気で関われるのか疑問ですね。

曽野が懲りずに出しやがった

キー坊さんこんにちは。
先月末、月曜社から発行された「戦争の教室」に佐野が沖縄の話を書いています。
従来の彼の沖縄に関する話を纏めただけで、彼の著作を読んだ者にとっては目新しいものではありません。
それより、佐野の次に山崎先生が「三島由紀夫のパラドックス」と題して書かれています。
三島の入営検査で不合格となった「哀しさ」に焦点をあてています。
佐野の沖縄に関する、毎度おなじみの書き方との歴然とした差を感じました。
佐野は今後もオワコンw感を漂わせながら、沖縄を飯の種にするのでしょう。
やだやだ。

曽野が11日にまた「集団自決」の真実を懲りずに出しやがった。
私が何度も手紙を出した腹癒せでしょうかwww
この本を読んで信じてしまうB層が生産され続けるのでしょう。
http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6%E3%83%BB%E6%B8%A1%E5%98%89%E6%95%B7%E5%B3%B6%E3%80%8C%E9%9B%86%E5%9B%A3%E8%87%AA%E6%B1%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E6%9B%BD%E9%87%8E%E7%B6%BE%E5%AD%90%E8%91%97%E4%BD%9C%E9%9B%86-%E6%99%82%E4%BB%A31-%E6%9B%BD%E9%87%8E%E7%B6%BE%E5%AD%90/dp/4898314279/ref=sr_1_24?s=books&ie=UTF8&qid=1407968491&sr=1-24&keywords=%E6%B2%96%E7%B8%84

屋田(おくだ)甚助

よなさん。コメントありがとうございます。

屋田甚助さんが琉球電力公社の総裁に任命されたのは、1965年の事です。
奄美復帰時の1953年には彼は琉球電電公社の総裁であり、その年「追放」されたという事です。しかし、その後まもなく土地開発公社の総裁にも就任しています。72年の時点でも電力公社の役員でした。米軍支配の公共企業の幹部職を渡り歩いたのです。
http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/archives/item3/76684

 奄美出身者が冷遇されたのは、奄美復帰直後の一時であり、追放された奄美人要職者の多くは直ぐに復職し、その後長く、米軍の召使として良い思いをしたのです。
 
 盗作・剽窃作家の佐野眞一は、怪しげな奄美の怪人・惠忠久、奥茂治の二人からのガセネタを検証もせず、そのまま『誰にも書かれたくなかった沖縄』に書いたのです。
 佐野眞一は今、生ける屍となっていますが、彼には完全に自殺してもらいたいと私は思いますね。佐野はそんな事する玉でもないでしょうが。(笑)

「電電公社総裁の屋田さん」は間違い

「電電公社総裁の屋田さん」とあるが、電力公社の間違いではないか。あまり知的な人には見えなかった。USCARの所轄米人課長へへつらってばかりいた。水道公社の総裁もそうだった。任命だから仕方がなかったが。

追記

 ウィキ(Wikipedia)で調べてみたら、3人のトップが解職された琉球銀行・復興金融基金・電電公社は、全額ユスカー(USCAR)出資の米軍所有の会社だったのである。組織上も、琉球政府が差別したというものではないのである。

池端琉銀総裁は、1953.12.24、復帰の前日に出張先の名瀬で解任されたと言ってるが、その場で解職されたのではなく通告されただけであり、翌年の1.18までは在職したのである。どこまでも大袈裟な惠忠久の物言いである。

また、復興金融基金総裁の宝村信雄は、1959年にその後進である「琉球開発金融公社」の2代目総裁として返り咲いている。復職したのはそれよりも前だと考えられる。沖縄の復帰前に早逝したが、仕事の鬼として部下を畏怖をさせていたそうである。

惠忠久・惠隆之介・奥茂治らの「特殊」奄美人の言説は、到底まともな内容ではない事が分る。彼らの言う事が一般奄美人の声だと解釈してはならない。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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