2017-06

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誇張された奄美差別

 最近、小ブログは奄美話題の記事が多くなっている。「ある神話の背景」追求という主旨からはずれているが、「大江・岩波裁判」に関して、惠忠久・奥茂治等の長年沖縄に在住している特殊な奄美人が、原告側のために暗躍している事が明らかに成ったからである。両人が幹部を務める「三欣会」という組織が照屋昇雄氏を原告側に手引きしていたのである。宮平秀幸を、「つくる会」などに引き合わせた人物は奥茂治のようだ。
 また、奄美血筋の偽沖縄人・惠隆之介ともう一人の偽沖縄人・江崎孝(狼魔人)が、目に余る沖縄誹謗の言論を書物やブログで繰り広げている事にも我慢が成らないからである。江崎は「うらそえ文藝」の発刊に関しても、一枚も二枚も噛んでいる事は間違いない。
 そして、佐野眞一の本には、惠忠久・奥茂治が提供した、大袈裟な「奄美差別」の長い文章が書かれている。これも無視できないことである。

 奥茂治はこのブログのコメント欄に顔を出してくれたが、私が言う「偽沖縄人」という言葉を「差別用語」だと指摘し、8.30コメント欄#[C450] で、
 「琉球王朝は奄美をなぜ侵略し支配したか?、奄美の日本復帰後、沖縄に残った奄美人に対して沖縄人はどんな差別をしたのか?、佐野眞一先生が書いた、誰にも書けなかった戦後史を一読すれば判ります。 」と指示されたので、その本を読んでみた。

 指示するはずである。佐野眞一は、奄美に関する部分は大方、惠忠久・奥茂治、この二人からの取材を基にして記事を書いているのである。背中に日の丸を立てた特殊な奄美人から聞いた事を何の批判も加えずにそのまま、これが沖縄による「奄美差別」の実態だと、マコトしやかに書き連ねている。

 「沖縄 誰にも書かかれたくなかった戦後史」を読んだ小生の感想は、「佐野眞一の本を読んで」のエントリーで書いたとおりである。その本の中の、奥茂治へのインタビュー部分を載せ、それへの小生の注釈・批判を書き加えたものを資料欄に載せた。
 主に惠忠久からの取材で佐野が書いた章が、「空白の琉球弧――奄美群島」である。奥茂治は尖閣列島に本籍を移しているらしいが、惠忠久は1996年に尖閣の魚釣島に渡島し、現地に日の丸を立てている。惠忠久は去年3月に、沖縄市内で起った女子中学生暴行事件の被害少女を批判し、実名と誤解される名前が記されたチラシを、産経新聞と世界日報に折り込んで配布するという、呆れた行為をして非難を浴びた老人である。(新報記事)

 さて、「空白の琉球弧――奄美群島」の中で佐野眞一が、沖縄人による奄美人への”すきまじい差別”と言っているのは以下のような事である。

 この世界的な構造変化が、日本の南西諸島を四グループに分けて統冶する終戦当初の比較的穏やかな占領政策から、沖縄を基地の島として恒常的に利用するハードな軍事戦略に切り替えさせる決定的なトリガーとなった。こうした戦略的観点からすると、山地が多く基地建設に適さない奄美諸島は、アメリカにとって厄介なお"荷物"でしかなかった。

 アメリカから見捨てられた文字通り南海の孤島となった奄美大島は、自給体制をとるほかなく、たたちまち惨憺たる状態に陥った。餓死寸前の状況にあえぐ奄美と、基地建設景気に向かいはじめた沖縄の間の軋轢が激化するのは、むしろ奄美の本土復帰後だった。

 問題は、彼らに対する沖縄人の露骨な差別と非人間的な扱いだった。この事実はほとんど知られていない。というより、沖縄の戦後史の暗部として、なかったことになっている。 USCAR(ユスカー)(United States Civil Administraition of the Ryukyu Islands=琉球列島米国民政府)は彼ら在沖奄美人に対して、近世の封建領主が定住地を持たない漂泊の民にとった以上の苛烈な態度で臨んだ。

 公職からの追放、参政権の剥奪、土地所有権の剥奪、公務員試験受験資格の剥奪、国費留学受験資格の剥奪、融資の制限……。
 その一方で、税金だけは琉球人並みに徴収された。すなわち、権利の剥奪に関しては非琉球人として扱われ、義務の負担に関しては琉球人と同列に扱われた。
 

 東西冷戦の明瞭化が、アメリカが沖縄を基地の島として恒常化することになって、「山地が多く基地建設に適さない奄美諸島は、アメリカにとって厄介なお"荷物"でしかなかった。」などと、佐野はあっさりと言う。確かに、大島や徳之島は山地が多い。だが、沖縄本島の国頭地区も山岳地帯だが、そこはジャングル戦のゲリラ対策訓練の基地として使われている。また、沖縄に近い沖永良部と与論の両島はほとんど平坦な地形であり、飛行場などを造るのに、最適な島ではないのか?(普天間基地の移転場所として最適であると思うが、どうだろうか)
 奄美が復帰した後も、沖縄ではあちこちで土地の強制収用が行われ、基地が拡張されたのである。米軍は奄美を返還せずに、米軍基地を奄美にも造成する強権力は有ったはずであり、その必要性もあった。なぜ、アメリカは与論までの旧鹿児島県・大島郡を容易く手放したのだろうか?

 「アメリカから見捨てられた文字通り南海の孤島となった…」と書いているが、奄美の島々は沖縄への配慮はまったく無く、琉球政府の発足わずか一年半後に、住民の署名の99%という圧倒的多数の運動で、自主的に、沖縄より19年も早く、鹿児島という日本の県への復帰を「勝ち取った」はずである。まるで、いやいやながら、琉球から追い出されたかのような佐野眞一の記述ではないか。実際は、沖縄が奄美に見捨てられたと言っても良いのである。

 残留奄美人への「沖縄人の露骨な差別と非人間的な扱いだった」というが、その差別的政策を実施を指示したのは琉球政府ではなく、USCAR(ユスカー)=琉球列島米国民政府である。ただ、琉球政府は在沖奄美人のためには、強い異議申し立てをしなかっただけである。「非人間的な扱い」だったという言葉はあまりに大袈裟である。
 公職からの追放、参政権の剥奪、土地所有権の剥奪、公務員試験受験資格の剥奪、国費留学受験資格の剥奪、融資の制限……。
 これらの差別はすべて、USCAR(ユスカー)からの指令であって、琉球議会の決めた事でもなく琉球政府の方針でもなかった。議会も政府もUSCAR(ユスカー)には逆らえなかっただけである。奄美は19年も早く、沖縄へは何の配慮も無く、米軍支配の下から抜け出したのである。そんな「他所」の人たちの為に、米軍という絶対権力に逆らう行政を望むのは過大な期待というものではないか。
 これらの差別処遇を、佐野は「沖縄人からの陳情」によるものという、惠の言う事を何の疑問も無いかのように取り上げている。いくらかの沖縄人からの陳情があった事は、ありうる事ではある。だが、それは沖縄人全体の望んだ事であるはずはない。

 私は、その当時の在沖奄美人への処遇が妥当なものだったとは言わない。むしろ、沖縄に居残った奄美出身者に対する行政の差別的処遇は、誉められたものでなかったと思うし、自分がそんな差別をされたら相当な不快感を持つだろう、と思う。だが、その責任を「沖縄人の露骨な差別」にあったとする佐野眞一の書き方に承服できないものが有る。
 その後の沖縄のたどって来た戦後史、そして米軍基地の島である事から脱却できる見通しの全く無い状況を考えれば、一つの米軍基地も無い奄美から、沖縄が差別されたのではないのかと言いたくなる。(続く)
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コメント

奄美のメンタリティ-

南国りんごさん。コメントをどうも。
>それに加えて、惠忠久・奥茂治・惠隆之介という人たちは右派・右翼ですよね。
基地正当化のための補強材料をあれやこれやと手当たり次第探しているとも思えます。

この「特殊」奄美人たちは、沖縄に米軍基地及び自衛隊基地を押し付ける為の言論を、役目として、権力に使われている者です。一般奄美人とは区別して考えなければなりません。

>あと、奄美の人たちも、支配者意識をもっていると思うんですね。言うことを聞け!貧乏人!という上から目線で沖縄のことをみている気もします。

確かに、「特殊」奄美人たちの言動を見ればそういう感じも受けますが、奄美の人全体がそうだとは私は思いません。むしろ、普通の奄美の人々は、沖縄人以上に自分達は大和から抑圧されていると思っているのかもしれません。
その辺、貴兄にも勉強していただきたいと望みます。

最近、喜山荘一氏(与論出身)の「奄美自立論」を読んでみて、知る事が多かったです。
HP→http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/

・かってにお先に復帰した彼らが、何でこんなに沖縄を罵るのかと不快でもあり、不思議でもありました。
>>

そうですよね。私も不思議に思います。

・奄美人全体の潜在意識に、俺らがこういう状況に陥ったのは、あの4百年前の侵略は琉球の不甲斐なさのせいだという感覚と、その後放置されたという恨みがあるからではないかと思ってます。
>>

それに加えて、惠忠久・奥茂治・惠隆之介という人たちは右派・右翼ですよね。
基地正当化のための補強材料をあれやこれやと手当たり次第探しているとも思えます。

あと、奄美の人たちも、支配者意識をもっていると思うんですね。言うことを聞け!貧乏人!という上から目線で沖縄のことをみている気もします。

武士が農民を見下し、農民がさらに下の人間を見下してるような。

1960年~1970年代って、まだ沖縄人に対する差別ってありましたよね。昔は、沖縄人は在日コリアンと同じ境遇だったというじゃないですか~。大正区や鶴見区に皆寄り添うように移住してますよね。

奄美は一足先に日本復帰したんで、琉球人にはみられたくない・沖縄人にはみられたくないという意識が当時働いたと思うんですね。(惠忠久・奥茂治・惠隆之介)←こちらの方々もその世代じゃないですか。それが作用して(沖縄に対して)上から目線になったとも思えるし・・・。

私の思い込みですかね。

re:奄美について

南国りんごさん。コメント有難うございます。

>キー坊さんと、私は感覚が違います。
いえ、そうでもないですよ。私も基本的感覚は、南国りんごさんとあまり変わらないのです。
「親近感はあっても、同胞意識までは持っていないんですね。」←この感覚は私も同じで「同胞意識」を持つまでに至らないのです。

①については、私の方が貴方より大分年長でしょうが、復帰前、同じ町にたくさん居た彼らはオーシマンチュという鹿児島県人、自分らはウチナーンチュという地元民だとの感覚で育ってきたのです。

②「沖縄県に属したいという“奄美の人たちの意思”が全く感じられない。」それはそうですが、奄美人には彼らなりの強い矜持があり、沖縄人からそう言われると、必ず不快感を持つと思います。
かといって、彼らが鹿児島県に属していることに、誇りを持っているかどうかは判らない事だと思います。

③については、「沖縄人が、外から彼らのアイデンティティー(集団・所属意識)に介入すべきではない。 」とは私も思っています。奄美は奄美で、一個のまとまった民族意識を持った集団であるに違いないです。沖縄人が奄美人に、貴方達はかつては琉球の一部だったのだから沖縄県に同朋意識を持て、とはとても言えないことです。
だが、少数ながら奄美にも、沖縄と同時の復帰を主張するグループがあったとも聞きます。(つまり、沖縄と一緒に県を作りたい少数派も居たということ)

かつて奄美復帰後、沖縄復帰前までの期間、沖縄で奄美人の権利を制限したことに対して、奄美人からきつい告発の声が発せられ続けていました。
(例・拙HP http://keybow49okinawan.web.fc2.com/itimura/itimura1.html
 http://keybow49okinawan.web.fc2.com/harakara/prologue.html

かってにお先に復帰した彼らが、何でこんなに沖縄を罵るのかと不快でもあり、不思議でもありました。だが、少しばかり本を読んだり、ネットでやり取りしたりする内に、奄美人のメンタリティーは単純ではないのだということが分ってきました。沖縄人は奄美ついてあまりに無関心であり、無知ではないかと、思うようになって来たのです。

大和でもない沖縄でもない、その感覚が彼らにアイデンティティーの不安をもたらしているのだという事が分ってきた気がします。
奄美人全体の潜在意識に、俺らがこういう状況に陥ったのは、あの4百年前の侵略は琉球の不甲斐なさのせいだという感覚と、その後放置されたという恨みがあるからではないかと思ってます。

彼らのアイデンティティーも、解放されたものではないという気がします。解放されてない状況は沖縄も同じだと思うのですが、多数派の沖縄人は奄美にもっと関心を向けるべきだと思うのです。

 基地経済にガンジガラメにされて自立できていない状態ですし、確かに「高度な自治権」は遠い夢の話かもしれません。でも、準備はしていたほうがいいかと思います。
 引き出しは沢山用意していたほうがいいです。

 教科書問題は、私はもう諦めています。(キー坊さんには、頑張ってもらいたいです。)

奄美について

・「もっと、沖縄の人間は俺達に関心を持て」と言っているように思います。
・沖縄の自治権を考える時は、奄美の存在を抜きにしては無意味だと思います。>>

キー坊さんと、私は感覚が違います。

私は、奄美諸島の人たちに対して、文化共同体的な親近感や隣人としての親近感はあっても、同胞意識までは持っていないんですね。

同胞意識を持っていない理由を書くと、
①私が生まれた時から既に奄美は鹿児島県であったので、鹿児島県下という情報が蓄積されて、感覚的に外(ソト)の領域になっている。

②沖縄県に属したいという“奄美の人たちの意思”が全く感じられない。過去も現在もそういう“所属に異議を唱える運動”は奄美ではない。
・・・ということは、鹿児島県所属で彼らは満足しているのではないか?
彼らのアイデンティティーは鹿児島県下で出来上がってしまってるのでは?というふうに私は思ってしまった(思っている)。

③わざわざ、沖縄人が、外から彼らのアイデンティティー(集団・所属意識)に介入すべきではない。

自治権

南国りんごさん。またコメントをどうも。
一般の奄美人は、沖縄人に対して反撃して欲しいのではないかと推測しています。「もっと、沖縄の人間は俺達に関心を持て」と言っているように思います。


>「もう、正直水掛け論にはウンザリしてます。
大和は大和で、”アジアを解放した、集団自決は沖縄人の捏造だった、年金目当ての2等国民だった”と好きに教科書に記述させたらいいんですよ。」

もし、沖縄が「一国二制度の高度な自治権」を勝ち取ることになったら、教科書の問題など第二義的な事柄となるので、私も上の考え方に賛同します。
私は、まだ一国二制度の事を十分勉強してないのですが、日本国にガンジガラメにされている今の沖縄には「高度な自治権」は夢のまた夢ではないでしょうか。だから、教科書の問題はどうでも良いことではないと思います。
沖縄の自治権を考える時は、奄美の存在を抜きにしては無意味だと思います。私は、奄美にも自治(決)権は無いと思っているからです。

実は、茶色い字のところまでしか記事を読んでなくて・・・・記事を読み終えず、勢い余って投稿してしまいました。^^
琉球列島米国民政府と琉球政府は別だったんですね。キー坊さんの主張がわかりました。

まだまだ知識不足なので調べて、また考えてみます。

奄美人だけではなく、当時沖縄には、少数のコリアン・数千人の台湾人もいましたから、(本当は)彼らも含めて見解を持ったほうがいいと思います。

話はとびますが、私は早く一国二制度の高度な自治権を勝ち取って、沖縄は沖縄で歴史観を持ち・教科書を作り、大和は大和で歴史観を持ち・教科書を作ればいいと思っているんですね。

もう、正直水掛け論にはウンザリしてます。
大和は大和で、”アジアを解放した、集団自決は沖縄人の捏造だった、年金目当ての2等国民だった”と好きに教科書に記述させたらいいんですよ。

歴史の話題にはもう決別して、沖縄は高度な自治権を獲得し、中国・台湾の経済圏に半分入って、経済自立を模索したほうがお互い(大和・沖縄)の精神衛生にいいと思っています。

すいません、また話が飛躍してしまいました。

奄美・沖縄は兄弟

南国りんごさん、同じウチナーンチュに来て頂いて嬉しいです。

記事に書いた論調と矛盾しているように思われるかもしれないですが、私は沖縄人と奄美人は仲間だと思っています。言ってみれば、長く別々に暮らして、余所余所しくなった兄弟同士といえましょうか。

戦後、奄美の復帰後に沖縄に残った人々を差別的状況に置いた沖縄行政の拙なさに、沖縄人が後ろめたく思う気持ちは皆有ります。だが、沖縄人が奄美人を犠牲にして利益を得たという事は無いです。米軍基地を押し付けられ、土地を奪われ共同体を破壊された沖縄の損失は奄美よりはるかに大きいと言えます。

だから、おっしゃる
「ウチナーンチュは、素直に謝ればいいと思いますよ。 奄美のみなさん、当時権利を剥奪してすいませんでしたと。」
のお言葉には首是しかねるのです。

簡単に謝ってしまうのは、かえって、奄美の人を馬鹿にする事だと思います。沖縄人も言いたい事を正面から言う気迫を持たなければ、ますます、奄美人に、怨みと侮蔑の念を増長させるだけだと思います。
また、大和人の人々にも、沖縄は昔、奄美の人たちに、とんでもなく酷い仕打ちをしたのだという「誤解」を与える事になります。その上、二人の惠、奥茂治らの「特殊」奄美人の跋扈を許してしまいます。

こんばんは

こんばんは。大和に住むウチナーンチュです。

惠忠久・奥茂治という人たちの主張は、在日コリアンの主張とある意味似ていますね。(^^;)なんと皮肉なこと!

日韓併合・台湾割譲により日本国籍を与えられた人たちは、歴史の流れの中で日本に移住し、戦争に参加し・させられ、良かれ悪かれその土地で労働という形で貢献してきたんですよね。
敗戦後は、個人の意思とは関係なしに、台湾人もコリアンも権利を剥奪されてるのです。奄美人・沖縄人だってそうですよ。
所属する集団や組織が異なれば、個人の意思に関係なく、公職権を含めたあらゆる権利を剥奪されてきたことは近代史にはよくあることなのに・・・・。
 
 彼らの主張は、在日コリアンの主張と全く同じだと思います。
個人の権利・人権の観点から、彼らがそのような主張をするなら、在日コリアン側の意思や(国家に翻弄されてきた個人の)歴史的経緯・事情をきちんと汲み取る側にいるべきだと思います。
 しかし、実際どうかといえば、惠忠久・奥茂治・惠隆之介という人達は、アンチ在日(納税はさせても権利は与えず・祖国に帰れ)の側に立っていると思うんですね。(^^;)ネットで惠隆之介さんを調べてみました。思想的にそういう感じがする。

 権利の剥奪を言えば、琉球処分のほうが悪質だと思いますよ。土地や書類を没収し、公民権も与えませんでしたからね。沖縄県庁職員も大和人が過半数以上を占め、沖縄人は下級の職にしかつけず、意思決定権は与えられなかったし・・。これについては、惠隆之介さんはどう評価するんでしょう。ちなみに、個人の観点からみた”天皇メッセージ”の存在(基地建設容認と独立主権回復のバーター取引)をどう評価するのかな?と疑問に思います。

ウチナーンチュは、素直に謝ればいいと思いますよ。
奄美のみなさん、当時権利を剥奪してすいませんでしたと。
ごめんなさいね!って謝罪を含めた反省の意を新聞社説にでも載せればいいのです。

話がとびとびして、みっともない投稿ですが・・・宜しくお願いします。

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キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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