2011-10

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新版・「まえがき」の検証2

 もう一つの情熱として、曽野は「人間が他者を告発するという行為の必然性である」と書く。(新版・まえがき)
 例によって、キリストの言葉を持ち出し、「イエスが繰り返して言ったことだが、人間には他人を裁くことができるほど善い人はいないからなのである」、「正しい者はいない。一人もいない」と、沖縄の人間には、戦時中の赤松隊の行為を告発する資格はないというのだ。と言いながらも、一方では「これは単純に殺人者を放置せよ、とか、詐欺師を避けるな、ということではない」と、現実世界のルールを無視する事ではないと言う。

 神学者の言葉や聖書の概念をやたら引用して、読者を煙にまいているとしか私には思えない。殺人者を放置することでないというのなら、渡嘉敷島で赤松隊が為した住民への処刑は、裁かれるべきではないか?世俗には世俗のルールがあり、現実世界はそれによって規範が保たれ、俗人同士の安寧な関係が保たれていくのではないか。
 人間自分の精神の内奥を探ってみれば、誰しも、相手が殺人者であっても完全に裁けるものではないという心理は否定は出来ない。だが、それを世俗に適用したら、被害者にわずかの落ち度でもあれば、加害者を告発できないという理屈になる。そうなれば刑法裁判所も要らないはずである。

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新版・「まえがき」の検証

 曽野綾子が2006年5月に刊行した『「集団自決」の真実』(ワック出版)は、1971年10月から1972年9月まで雑誌『諸君』に連載されて、1973年5月に単行本『ある神話の背景』として発刊され、その後、数社から文庫本化もされていた。PHP文庫(1992)を最後に絶版になっていた同書を題名を変えて、文庫新版として再刊されたものである。新版といっても内容に改訂は見られないから、復刻版というのが適当だろう。
                  sinjitu.jpg 『「集団自決」の真実』表紙

 これが再刊される9ヶ月前の2005年8月には、梅澤裕・元慶良間挺進隊第一戦隊長と、赤松嘉次・元第一戦隊長の氏が、岩波書店・大江健三郎を相手取って「沖縄ノート」の出版差し止め、慰謝料請求の、いわゆる「集団自決裁判」を起こしていた。この裁判は「靖国応援団」などの日本軍国主義復権勢力が、高齢の元隊長ともう一人の隊長の遺族を唆(そそのか)し、援助して訴訟を起こさせたものである。原告二人は提訴まで「沖縄ノート」をろくに呼んだことがないと法廷で証言していた。(裁判の結果は、今年4月最高裁が原告の上告を棄却して原告の完全敗訴が確定した。)

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プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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