2009-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

狼魔人という偽沖縄人

 狼魔人という、沖縄生まれで沖縄で育ったらしい物書きの端くれが、長年に渡って沖縄を貶す言説を繰り返している。言いたい放題である。8月22日の記事では、「(座間味村の援護金受領について)当時の厚生省の措置は、村役場と遺族を含む三者が口裏を合わせて公金を横領したと言われても仕方のない強引な処理である。」と言っている。

「集団自決」で犠牲になった事への補償にたいして、「公金横領」という中傷に満ちたな言葉を使って貶しているのだが、彼が沖縄人にではないからこんな言葉も吐けるだと、沖縄人の私は直感的に思う。沖縄人であるか、そうでないかはちょっとした言葉の使い方で判ることが多いのだ。

狼魔人という偽沖縄人 »

スポンサーサイト

徐々に出る証言

 渡嘉敷の「集団自決」は軍命(軍の強制)によるものだと、渡嘉敷島の生き残りで最初に証言した者は「鉄の暴風」(1950年)に証言した古波蔵(米田)惟好元村長である。その後、彼ら体験者である村の幹部が編纂したものが『慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要』(1953)という渡嘉敷村の公式戦争記録である。その中には、赤松隊長から防衛隊員を通じて「自決命令」が下されたと明記されている。
 古波蔵(米田)元村長は早い時期から、自決は「軍命(強制)」である事を明言したのであるが、彼のように早くからそれを公言していた渡嘉敷の体験者はそれほど多くない。誰も赤松隊長が「自決せよ」の命令を発した場面を見た者がいない事も一つの理由だろう。

 新城(富山)真順元兵事主任は、1971年と1987年に戦時体験談を証言しているが、「集団自決」が軍命だとは言っていない。だが、1988年に朝日新聞のインタビューに、例の「兵器軍曹による手榴弾配布」証言をして「集団自決」は軍命であったと明言した。

徐々に出る証言 »

少年二人処刑にまつわる嘘

 渡嘉敷島赤松隊で最初に処刑されたのは、4月半ば、小嶺武則、金城幸二郎という16才の阿波連部落の少年二人である。二人はニシ山での集団自決に失敗して米軍に保護され、手当てを受けて快復したところを阿波連部落に帰されていた。
 『渡嘉敷島の戦闘概要』には、
軍の使者として渡嘉敷住民へ連絡のために住民避難地へ派遣された十六才の少年小嶺武則金城幸次郎の両人は不幸にも途中赤松隊将兵二人に捕らえられ米軍に通じた理由の下に直ちに処刑された。」と記載されている。

 「ある神話の背景」で、赤松隊長は自ら少年二人の取調べに当たり、少年らに、
「お前らは捕虜になったんだ、日本の者は捕虜になればどうするんだ。」と訊いている。「そしたら、兵隊さん、死にます、と、はじめは言った」。「死ぬか、阿波連へ帰ってくれ」。「そしたら阿波連へ帰ります、というので私は、そのまま、戻ってきたのです」。(中略)「(電話線を)松の木に引っかけて、それで首をくくったらしいのですが、詳しいことは私も見てないのです」と、言っている。(『集団自決の真実』p238~239)

少年二人処刑にまつわる嘘 »

曾根一等兵をめぐる嘘・パート2

 石田郁夫ルポ・「慶良間の虐殺」の冒頭に、「私が読むことのできた沖繩戦記のなかに、あまり姿をとどめない、当時の朝鮮人軍夫の境遇について知りたくなった。」と書いている。だが、『鉄の暴風』をはじめ、沖縄の戦記類には朝鮮人軍夫や慰安婦についての詳しい記述はほとんど見られない。

 川田文子の曾根元一等兵への取材で判った事は、彼は朝鮮人軍夫とはそれほど親しい間柄ではなかったという事である。本当は日本人の戦友を誘って逃げたかった。しかし、それは通報の危険があったので無理だった。曾根は朝鮮語も分らなかった。軍夫長のフクダは日本語を解したので、曾根はフクダを通じて朝鮮人軍夫に、決行の一時間弱前に逃亡を持ちかけたのである。軍夫との事前の綿密な連絡の上で、逃亡を実行したものではなく、寸前に軍夫長を通じて誘い、軍夫らは咄嗟の判断でそれに乗った。乗らなかった者もたくさんいたようである。誘いに乗ってきた者に二人の慰安婦がいたが、曾根は拒まなかった。

曾根一等兵をめぐる嘘・パート2 »

曾根一等兵をめぐる曽野の嘘

「ある神話の背景」の朝鮮人軍夫を語る文脈の中で、こういう記述がある。

「…(赤松隊の)数人が、収容所に入ってからも「朝鮮人」から私刑を受けなかったのは赤松隊くらいなものだった、という意味のことを言った。
 しかしこれとても、勤務隊第三小隊所属の曾根一等兵のように、彼ら軍夫たちをかたらって逃亡させた立場の人に訊いてみれば、又、別の視点があり得るだろう。曾根氏は私が今も会いたいと思っている人の一人である。」
(『集団自決の真実』p283~284)

曽野綾子はこの文章を書いた1972(S47)年頃、曾根一等兵に会ってなく、捜し難い人物のように書いている。
渡嘉敷島の第三戦隊に配属された朝鮮人軍夫の動向・消息については、赤松隊の記録にはほとんど記載がなく、軍夫をつれて逃げた曾根一等兵に訊けば、戦時中の朝鮮人軍夫について、かなりの事が分るのではないかという事である。
「ある神話の背景」執筆時には、曾根元一等兵の消息を曽野は知らないのであるが、それ以後の曽野の「集団自決」に関する論考で、曾根一等兵に触れた記述は無いようだ。

 だが、川田文子著・『赤瓦の家』では、著者・川田文子は曾根元一等兵に1985(S60)年頃面会して、朝鮮人軍夫を引き連れて赤松隊を脱走した経緯を詳しく聞きだしている。

曾根一等兵をめぐる曽野の嘘 »

狼魔人自ら暴露

 成りすまし沖縄人の狼魔人こと江崎孝がブログで、目取真俊氏のことを「沖縄版・言論封殺魔登場」として揶揄している。目取真氏が自身のブログで、「星雅彦との会見記」を書き、その中で、星氏が「大江・岩波裁判」の判決を、新聞の要旨を読んだだけで、詳しいものを読んでないことを知った。星氏はインターネットをやってなく、そこから詳細な判決文を入手できる事を初めて知ったという。目取真氏は判決全文を星氏に送る事を約束したと言う。

 自分の主宰した雑誌の特集で、裁判の判決を批判するくらいなら、その詳しい内容を知る必要性があるのではないか。新聞掲載の要旨だけでは不十分なはずである。目取真氏の苦言は妥当なものである。それを狼魔人・江崎孝は「沖縄版・言論封殺魔登場」と大袈裟なレッテル張りをして、目取真氏を貶している。この記事だけを読んでも狼魔人がまともな言論人でない事が判る。

狼魔人自ら暴露 »

惠論考の点検6(さまよえる琉球人)

 奄美血筋のニセ沖縄人・惠隆之介の日本軍は沖縄県民を敵として戦ったのかという論考を、5回も6回も点検してきたのだが、この論考は全編に渡って、嘘・マヤカシが並べ立てられているのでキリがなく、今回で終わりにしたい。

 最終部分に、「大正十五年『中央公論』三月号に作家広津和郎が、『さまよえる琉球人』を著した。廣津は、沖縄の県民性を批判し、「絶えず日本本土に被害者意識を持ち続けている」と指摘し、本土社会で信議を守らない沖縄出身ビジネスマンを痛烈に批判していた。」と書いてある。

 これを読むと、惠はアホじゃないかと思わされる。「さまよえる琉球人」は沖縄人の間では有名な小説である。広津和郎はこの作品で、沖縄の県民性を批判したのではない。この本のテーマは沖縄人への批判ではなく、作家自身の騙されやすい気質を自嘲的に振りかえる心境を綴ったものである。

「さまよえる琉球人」には作家を騙す三人の人物が登場する。

惠論考の点検6(さまよえる琉球人) »

«  | ホーム |  »

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
関連著作の紹介 (73)
渡嘉敷島関連 (19)
座間味・阿嘉関連 (19)
奄美その他 (38)
曽野綾子論 (35)
基地 (55)
政局 (45)
自論 (40)
STAP問題 (17)
慶良間全般 (1)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。