2017-10

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翁長知事関連記事

 昨日付(10・21)の沖縄タイムスに、二つの目に付く記事と写真がある。一つは一面の、翁長知事が内閣府に出向いて、島尻安伊子沖縄相と面会した記事である。翁長知事の表情はにこやかである。会談後、知事は次のように述べたという。

 (島尻氏について)『私が那覇市長時代の那覇市議会議員で、参院議員になるときは私も応援した』と、これまでの関係性に触れ、『(島尻氏の)政治姿勢や真面目さはよく分かっている。沖縄を熟知しているし、頑張ってもらいたいと話した』と会談の内容を説明。
 島尻氏から「経済面やソフト面、子どもや介護、女性に関する施策をきめ細かく取り組みたい」との話があったといい、『県政としても(方向性)一緒なので、力を合わせてがんばろう」と応じたという。

     10月21日翁長・島尻          団長と徳永


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2013年の座間味行 その2

 近くの民宿に入宿してから、再び米子の家に行ったら、テレビの大きい音がしていて、今度は在宅だった。5年前の時には玄関払いの風だったが、今回は心安い感じで居間に招いてくれた。子供たちはみな本島に移住して、彼女は一人住まいであり、村内のケア施設に毎日行っているらしかった。

 約70~80分間話したが、直ぐには本部壕の件については質問せずに、戦時中の事を、話好きの老女の話すままに聞いていた。大体は彼女が村史やその他に証言したままの話である。
 自決を覚悟して忠魂碑に向かう途中で、引き返してきた知念老人から「もう解散だから、ナーメーメー(各々)でやりなさい」と言われた事。自決当日の25日の夜、忠魂碑から引き返し、艦砲を逃れて、一時産業組合の壕に入ったが、そこは役場職員の為の壕だからと、追い出された事。同級生の収入役の娘が「米子さん、さようなら。元気でね。」と言って、産業組合の壕に入って行ったとかを聞かされた。

 ところで、座間味村史(1989)の米子証言には、知念老人の言葉に「解散」という語はないので、その件を聞いてみると、「戦後の話でも、軍が住民は解散せよと言った事になっていたように思う…」と、やや曖昧な言い方に思えた。しかし、「野村村長が忠魂碑前で、軍の命令による自決禁止・解散を宣言したという話は聞いたことない」とハッキリ言った。これはやはり、宮平秀幸の虚言に過ぎないという事であろう。(ところで、秀幸はその2年前に死去していたのだが、私はそれを知らなかった。もう過去の人物だと思ったので、訪ねる気に成らなかった。)

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2013年の座間味行

一昨年(2013年)5月末に5年ぶりに座間味を再訪した。前年の5月ごろに朴壽南監督の沖縄もの第二作の「ぬちがふう」を見た時、次作の予告編が流されていた。
 その中で宮里米子、「自分は、助役が義父母の家族を撃ち殺そうとして銃を向けた、という証言を(宮城晴美に)した事はない。あれは嘘だ!」と言っているのを見たからである。
 この米子の目撃談が事実であるかどうかは、晴美の母・初枝の証言(1945.3.25の本部壕での出来事)の真否には直接関係のない事である。だが朴氏は、「母の遺したもの」で、母・初枝の梅澤隊長の自決命令を否定する証言を打ち出した晴美が、他の件でデタラメ取材をしているとの材料を挙げて、間接的に初枝の証言も嘘であると表現したかったのだろう。

 その証言が本当かどうかを米子に確かめたかったのが、一昨年の里帰りの主な理由だった。(その他には、その年の初めに、遺産相続争いの末に癌死した従兄の仏前に線香上げる為もあったが)
 その前に、本島に住んでいる宮城晴美に直接面会して、母親の証言と米子の証言について、記述者である晴美に聞きたくて、連絡先を探したのだが、住所も電話番号も見つけられなかった。これを公表しないのは、大江・岩波裁判で被告側に立つ証言をした晴美には、右翼勢力の圧力が掛っているからと想像された。

 沖縄に着いてその翌日に座間味に渡ったのだが、米子がまだ民宿をやっているのなら、宿泊してじっくり話を聞いてみようと思ったのだが、既にやめているようだった。玄関のカギが開いていたので開けて声をかけたが、返事無し。それですぐ近くの民宿に宿をとった。
(続)

慶良間体験者との面談

 私が慶良間を訪ねたのは、これまで三回である。最初は2007年の夏に渡嘉敷島に行った。沖縄は狭いもので、この時、渡嘉敷の港で、当時小六だった姪に出会った。学校の夏休み研修で全学年で来たという。姪は今年琉大を卒業したが、哀しくも就職浪人しているらしい。

 この時は、私は渡嘉敷に関する知識も乏しくて、大して訪問の成果は得られなかった。面積の割に山あり谷ありで、険しい地形だという事が分かった。想像以上に観光客が多いと感じた。「玉砕場」に行ってみたかったが、「ハブに注意」の警告板があったので、単独行の故、降りるのを断念した。

 後に二回は、2008年3月初めごろと2013年5月末の座間味行である。
 2008年の時はその年の初めに、宮平秀幸藤岡信勝と一緒に、那覇でやった記者会見、即ち梅澤隊長は助役ら5人の申し出を断り「決して自決するでない」と言ったとの証言と、野村正次郎村長が忠魂碑前で、「隊長の命令で、自決はせずに解散せよ」との訓示ががあった、との秀幸証言があった会見である。


             宮里米子
        宮里米子 1987年頃 (仲程昌徳・大石芳野「沖縄の現像』より)

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篠原章の産経記事

 大久保潤との共著・『沖縄の不都合な真実』で、沖縄へのヘトスピカーに転じた元沖縄フリークの篠原章は本格的に、体制従属物書きとしての道を歩み始めたようだ。曽野綾子や櫻井よしこ、大久保潤などとは違って、生きる為に、沖縄に的を絞った請負人としてであろう。
 9月25日の産経新聞に、翁長知事を批判するコラム記事を載せている。それが28日の産経のネットニュースにも掲載されている。それを拙ブログにも転載させてもらった。

          9.25産経新聞
               9.25 産経新聞

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安倍晋三は独裁者か?

 安保法制の強行採決、TPPの強行推進、庶民を苦しめる消費税増税と法人税減税、企業の利益を上昇させて底辺の青年を貧困にする派遣法改悪、辺野古基地工事強行等々、民意を無視して数々の悪政を強行突破している安倍内閣の首相・安倍晋三は独裁的権力の持主のように見えるかもしれない。

 法案成立後の、昨日の安倍の記者会見における、彼の態度は達成感にあふれていて、安定感に満ちているよう見えた。だがしかし、言葉の調子は浮薄感に満ちているように私には思えた。

バカ宰相

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国の劣化を象徴するS学会

 安保法案は予想通りに成立した。野党側は相当の抵抗をしていたように見えたが、これはパーフォーマンスに過ぎないと思える。第1党の民主は今も、自民党に「大政奉還」した連中が主流をなしているからヤラセでしかない。本気で法案を阻止する気が有るのは、社民、共産、「生活と山本太郎」だが、合わせても微々たるものである。この国は政治的状況として「翼賛体制」と言ってよい。
 ところで、自民党と手を組んで久しい公明党だが、いよいよ「邪教」としてのS学会の本質をさらけ出したと言うに相応しい。昭和44年に学会は、藤原弘達氏の「創価学会を斬る」出版をめぐっての言論弾圧事件を引き起こしのだが、45年経った今でもその本質は相変わらずのままである。日本社会の底辺に居る階層を引き入れて、その数でもって社会に影響を与え、世にのさばろうとする体質である。

                  10月号目次
                      1971年『諸君!』10月号

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翁長知事はペテン師か?その2

 翁長知事はやっと埋め立て承認の取り消しを表明した。何に意味もなかったように思える「1ヶ月間の集中協議」を経ての、ようやくの取り消し表明だけに、識者の間では、翁長知事は工事を進捗させて、既成事実を積み重ねる為の政府と裏取引をしてるのではないか、疑惑を持つ人が多い。その代表的な識者はえん罪・投獄から復活した植草一秀氏、および私が知っている限りのブログ者では、沖縄フリークらしい「アリの一言」氏がしつこく翁長知事の「謀略性」を告発し続けている。

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翁長知事はペテン師か?

 支持率の低下が止まらない安倍政権であるが、今日総裁選の無投票当選を果たして、安保法案強行採決へ突き進むようである。独裁的な安倍政権が持ちこたえている最大の理由は、アメリカ(国家というより背後に居る軍産共同体)の支えがあるのは言うまでもないが、内的要因としては、株高を維持してきた事が肝心かなめの理由だと思える。
 株高によって金持ち階層に利益を与え、国全体に何となくの好況感をもたらす事が政権の命綱になっていた。株高を維持するため日銀は異次元の金融緩和を行い、市場にジャブジャブ金を流して株価をつり上げる事に血道を上げてきたと思える。が、その株価が徐々に下がってきて、今日430円余下がって7カ月ぶりの安価となったそうである。

            辺野古協議
                  9月7日の最終協議 官邸

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かつての傲慢コラム

 拙ブログにコメントを下さった沖縄のサウスポーさんが、さんげつさんのコメント欄にも初投稿し、曽野綾子の以前のコラムでの発言を紹介して、批判している。
 それは、1998年5月斜体文連載中であった「サンデー毎日」コラム私日記「運命は均される」)に掲載する予定であった「同和問題」に関する曽野の発言である。これによって、コラム論考は掲載中止となり、コラムそのものも連載打ち切りとなった件である。

 「サンデー毎日」編集部は、あまりに事実誤認甚だしい内容なので掲載できなかったのだ。掲載されなかったコラム論考が、なぜ公に知られる事になったかと言えば、曽野は掲載されなかった最終の原稿を含めた全連載を別の出版社から出したからである。
 自分の原稿をボツにして、連載までも打ち切った「サンデー毎日」に対する曽野の怒りがそうさせたに違いない。単行本あとがきで、曽野はこう書いている。
 「戦後の新聞が言論の自由を守ったなどというのは嘘だということを体験として言うことができる。今またひとつ、ここに実例ができただけのことだ。」 ボツになった最終原稿と単行本のあとがきを「運命は均される」(海竜社)から小ブログに転載した。少々長いが問題の部分を引用する。


               東京に同和問題はない
                       単行本『運命は均される』1999年

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プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。
曽野綾子・『ある神話の背景』は沖縄を究極的な軍事基地にする目的を持っています。「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。『ある神話の背景』は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。

HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

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