Latest Entries

5.15雑感

「光陰矢のごとし」とは陳腐な言い方だが、まことに年月の過ぎ行くのはあっと言う間であり、沖縄が日本に復帰してから40年がたってしまっている。「主感的」には20年くらいの感じである。復帰実現まで戦後27年が経っていたのだが、私は戦後4年してから生まれたのでそれまでの23年間が復帰後の40年よりも長いように感じられる。
                                                    国際通り19721.8
                    国際通り 1972.1.8              

 復帰当日はあちこちで集会や式典が行われたようだが、沖縄の町は浮き立つような雰囲気はまったく無かったように覚えている。というより、悲願であった祖国復帰が72.5.15に決定した頃から、なぜだか沖縄全体が喜びに包まれるムードがなくなって行って、白けたままに当日を迎えたと言ってよいだろう。

続きを読む

伊藤秀美氏の本

 当コメント欄に、直々に著者・伊藤秀美氏から著書2冊の紹介があったので、紹介サイトまえがき目次を覗いてみた。我々の関心事と共通する処が多々あるように思ったので、直ぐに注文し数日後に届いたので通読した。

         検証『ある神話の背景』2
                   検証『ある神話の背景』全表紙

 一回読んだだけであるが、こんなにも緻密に『ある神話の背景』と、それの裏付けとする『谷本版陣中日誌』を追求している研究者が居た事に正直びくっりした。ネット上では、おなじみni0615氏の充実した資料庫があるが、現実に出版されたもので曽野綾子・『ある神話の背景』を本格的に批判した単行本は、今回の2書が初めてではないだろうか。

続きを読む

直接命令はなかったと考える

 前回の記事から1ヶ月以上が経ってしまったが、申し訳なくも今その続きを書いている。

 和田氏が延々と、渡嘉敷島の住民自決について「隊長命令」があったとの推測を語っているのだが、いくら論理的・合理的に組み立ててみてもそれは憶測の域を出ず、明確な証拠資料を提示できなければ、曽野綾子らの言う赤松隊長の「自決命令」つまり「軍命」の存在を証明できたとは言えない。無理にそれが在ったと主張する事は、
「私は新らしい資料が何もない以上、感情論をたたかわす気はなかった。(中略) 赤松隊長が命令を出したという歴然たる証拠がない以上、そのように断定することは歴史をねじ曲げるものである。」(「新沖縄文学」42号〈1979〉)
という曽野の傲慢を許す余地を与える。


続きを読む

軍命はあったか、なかったか?

 ちょっと前に、ナイチャーというHNのコメント者から当コメント欄に、「軍命」はなかったのだというしつこい突込みがあった。それに対して、私は言葉による命令は無くとも、「集団自決」は、軍隊に追い込まれた住民の「強制的集団自殺」であり、実質的「軍命」に等しいという意味の反論をした。だが、彼は言葉による狭義の「命令」だけが命令であるとごり押しするだけであった。こういう人間はああ言えばこういうやり方を繰り返すだけのアラシでしかないと判断して、最後の投稿を削除し拒否処置した。
 
 そもそも曽野綾子が、『ある神話の背景』(1971.9月より連載)を書いて沖縄攻撃に乗り出したのは、「住民は自決せよ」との隊長命令が無かったという確信を持ったが故のことであろう。曽野がいう隊長命令とは、言うまでもなく「口頭或いは文書」による明確な自決の命令のことである。

続きを読む

更迭見送り

 どうやら、真部朗沖縄防衛局長の更迭は見送られることなったようだ。私は前回記事で、「防衛局長は更迭する必要ない」と書いたのだが、その通りになりそうである。といっても私が嬉しいのでもない。

 野田政権はしつこく普天間基地の「辺野古移設」を押し進めようとしているのだから、これまで「講話」などを実施して来て、辺野古移設に向けて尽力した真部局長の更迭をやりたくないはずである。また、田中直紀防衛大臣の管理責任をネチネチ攻め立てている野党自民党の小池百合子元防衛相、佐藤チョビ髭参院議員らにとって、「防衛族」として沖縄防衛局長は「同胞」と言ってもよい。小池百合子は政権交代前の2007年に防衛大臣になったのだが、その年に参院選があり、その時にも局長「講話」はあったはずだから、遡って小池も監督責任を問われることになる。この件を政争の具にして、委員会で田中防衛相を攻め立てているが、彼らもまた局長の辞任要求を、とことんまで行いたくなかったに違いない。野田政権も自民党も、対米従属政治集団として同じ穴のムジナ、八百長試合はこれで切り上げということだ。
         沖縄防衛局
                嘉手納町にある沖縄防衛局

続きを読む

防衛局長更迭の要なし

 2月ほど前、前任の田中沖縄防衛局長がレイプ発言騒動で更迭された後、その前任だった真部朗氏がその代わりに防衛局長に再任されたのだが、その真部局長が宜野湾市長選挙に関係する局職員を集めて「講話」を行ったと、共産党の赤嶺衆院議員に国会で追及されて大騒ぎとなり、又もや局長は更迭される見通しとなっている。
               真部沖縄防衛局長
                      真部局長

 だが、このような選挙・住民投票の際の防衛局の策動が、従来から行われていた事は誰でも知っていることであった。。(沖縄タイムス記事) 1997年の「辺野古移設」是か非かの、名護市民投票の際には職員の住民への賛成依頼の戸別訪問、飲み食い供応の凄まじさは大いに問題となった。(陣頭指揮にあたったのは皮肉にも、後に政権中枢の座を追われた、当時沖縄開発庁長官であった鈴木宗男氏であった)

続きを読む

「体当たり」兵器だったという嘘

 前回記事に対する阪神さんのコメントで、マルレの出撃に携った沖縄本島の防衛隊員の証言を紹介してくれている。阪神さんの意図は、マルレの泛水方法の証言を紹介したかったのでしょうが、私が興味引かれることはマルレが何回も出撃・帰還を繰り返していたという証言にある。一元防衛隊員は次のように証言している。

 「…そうしてこの船舶特攻隊は、巧いこというんですな、実際面ではまったく効果ないんですが、大きな法螺を吹いてですね、今日は戦艦を撃沈させたなどといって、朝がたに帰ってくるんですな。……」(沖縄県史9)

 曽野綾子『ある神話の背景』では、陸軍水上特攻艇(マルレ)の事を次のように説明している。
 ……ベニヤ製舟艇に七五馬力の自動車用エンジンを載せ、速力ニ○ノットで、一二〇キロのが爆雷二個を装備し、夜間を狙って敵艦船に体当たりし、爆破沈没させる目的で編成されたものであった。……「三艇を一組として攻撃敵船腹にて爆破せしむるもので、隊員の生還は不可能である」と記されている。……(「集団自決の真実」p42)

 だが、この記述は真実でないと判っていたことである。
 『鉄の暴風』の執筆者・太田良博が、既に昭和四十八年七月琉球新報に連載した『渡嘉敷島の惨劇は果して神話か』(ni0615氏資料)の中で、吉田俊雄(元参謀、海軍中佐)の著書から引用して、次のように書いている。

続きを読む

今も「さまよへる琉球人」

 「さまよへる琉球人」という題の記事の続きを年内で書いてしまおうと思っていたのだが、貧乏ヒマなしの典型から逃れられず、生活の為のなりわいに追われて、手を付けないままに新年も一週が過ぎてしまった。

 「さまよへる琉球人」という小説に関することをこのブログで取り上げる訳は、もち論自分が「琉球人」だからであるが、広津和郎のこの小説が取り沙汰された時期が約90年も前の大正末期のことである事と、現在においても、琉球人(沖縄人)はさまよえる存在であると私は思うからである。
 この小説には、作家をだます人間として、二人の琉球人と一人の内地人が登場するのであるが、何度もだます見返民世(嘉手苅信世)のあっけらかんとした明るい性格にはさほどの不快感を感じなかった。だが、作家の貴重な翻訳本を借りて行って、記念に貰っておきますと書いた葉書を寄こして消える(池宮城積宝)というもう一人の琉球人には不快感を感じたという。Oについて、作家と見返が交わすやり取りが以下のように書かれている。

 『君、Oがこう云つて来たが、あの本は僕の手に一冊しかない本なんだ。君から直ぐ送つて来るやうに云つてくれないか』見返が来た時、自分がそういうと、

続きを読む

「さまよへる琉球人」

 ニセ沖縄人ジャーナリスト・惠隆之介が、雑誌・『正論』2008年3月号掲載の「日本軍は沖縄県民を敵として戦ったのか」という論考の最終部分で、作家・廣津和郎が1926年に発表した小説・『さまよへる琉球人』を持ち出し、
「廣津は、沖縄の県民性を批判し、『絶えず日本本土に被害者意識を持ち続けている』と指摘し、本土社会で信議を守らない沖縄出身ビジネスマンを痛烈に批判していた。」
と書いて、沖縄人をこき下ろす材料にしていた。
 以前、私は小ブログ記事で、惠の言ってることは、廣津和郎の言いたい事をはなはだしく歪曲したアホ論評だと非難しておいた。

 最近古書店で、仲程昌徳が1994(平6)年に書いた『広津和郎 さまよへる琉球人』という題の、小説全編沖縄青年同盟からの「抗議文」、廣津和郎からの「回答文」を収録した解説書を入手した。 

                samayoeru1994.jpg 
             仲程昌徳著「広津和郎 さまよへる琉球人」 

 拙HPに、「抗議文」「回答文」の2文を転載した。「抗議文」、「回答文」を読んだだけでも一目瞭然、「信議を守らない沖縄出身ビジネスマンを痛烈に批判していた。」という、惠の一文は愚にも付かないお粗末論評だとわかるだろう。

続きを読む

石山永一郎氏の論考

 3月に共同通信記者・石山永一郎氏が配信した報道=「沖縄はごまかしとゆすりの名人」、「怠惰でゴーヤーも栽培できない」などの沖縄を誹謗した「メア発言」記事の内容は、すべて捏造であると、メア氏自身が8月に出版した著書・『決断できない日本』で反論していた。これに対し、石山氏は今月発行の雑誌・『世界』1月号で、2011年2月9日ワシントンでメア氏に直接インタビューしたとき、2010年12月3日の米国務省におけるアメリカン大学の学生相手のブリーフィング発言録について質問したら、メア氏はその内容を認めたと書いている。以下はそのやり取りである。

メアさん、アメリカン大学の学生たちを前に国務省で講義をしたとき、こんなことを言ったそうですね」
 そして、事前に丸暗記しておいた学生たち作成の「発言録」の核心部分を英語で伝えた。「和の文化はゆすり」「沖縄はごまかしとゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも栽培できない」などの部分である。
 意外にも、メア氏はあっさりと言った。
 「確かにそのように言いましたよ。でも、それが実情じゃないですか」…


続きを読む

Appendix

プロフィール

キー坊@ウチナー

Author:キー坊@ウチナー
当ブログへようこそ!
沖縄本島中部、巨大な米軍基地を抱える町の生まれ。
齢を重ねるごとに、沖縄戦へのこだわりが強くなります。

「集団自決」は沖縄戦の集約された出来事だと思います。曽野綾子「ある神話の背景」は沖縄への抑圧・差別の集約文書です。
HP・「その『神話』の背景」(文献・資料集)
http://keybow.co

FC2カウンター

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード